WW2航空機の性能:WarbirdPerformanceBlog

第二次大戦中の日本軍航空機を中心に、その性能を探ります。

カテゴリ: その他

はじめに
 みなさま、ご無沙汰しております。いかがお過ごしでしょうか。私は新たな資料が全然手に入らず、リサーチが全く進んでおりません。
 ということで今回の記事は、資料が手に入らないなかで最近いろいろと試してみて遊んでいることを紹介したいと思います。

最高速度の推算
 このブログといえば二次大戦中の航空機の性能を追い求めています。そして性能の代表的なものが最高速度だと言えます。実測値の資料がなかなか無いならば、計算で推測してしまうのが早いのですが、実際問題として、最高速度の推算にはどのようなデータが必要なのでしょうか?現状手に入る資料のみで推算できるのでしょうか?
 ブログを始めたころは航空力学のド素人だった私ですが、独学で少しずつ勉強したので良かったらちょっとだけ聞いてください。(間違っていたら遠慮なく教えてください。)

最高速度の計算式
 この記事の趣旨ではないので一切の説明は省きますが、飛行機の最高(最小)速度は必要馬力曲線と利用馬力曲線の接点となります。

必要馬力(Pr)の計算式は、
Pr=ρ/150*CdSv^3
で表すことができますが、これを有害抗力と誘導抗力とに分けると
Pr=(CdpminS/150)ρv^3+(2/75πe)(W/b)^2(1/ρv)
と表されます。

いっぽう利用馬力(Pa)は、
Pa=Pη
となります。

すなわち、Pr=Paとなったところが最高(最小)速度となるのです。
PaPr
なお、
Cd:抗力係数
Cdpmin:最小有害抗力係数
P:軸馬力(ps)
S:翼面積(m^2)
W:重量(kg)
b:翼幅(m)
e:飛行機効率
v:速度(m/s)
η:プロペラ効率
ρ:空気密度(kg-s^2/m^4)
ですから、最高速度を求めるにはこれらのデータが必要となります。

すなわち、具体的には
①機体の寸法
②空気密度表
③エンジンの高度別の馬力データ
④風洞実験成績データ
⑤プロペラの実験データ
が必要となってきます。

①と②は簡単に利用できます。③はまだ手に入るほうですが、④や⑤は入手するのは略不可能と思ってよいかと思います。
というわけで、性能の推算は不可能なようです、、、と終わってしまうのはさみしいですから、なんとかできることはないでしょうか。

性能推算と実測値の比較
実は、奥宮・堀越の『零戦』には、一部の機体のCd値と最高速度時のプロペラ効率などが載っています。たとえばキ46-Iの最高速度は292kt@4070mとし、馬力は920×2馬力。そのときのCdは0.0232、プロペラ効率は0.753としています。
これを利用しない手はありません。また、幸いにしてキ46-Iの高度別の最高速度データも残されていますから、各高度の最高速度を計算し、実測値との比較を行ってみましょう。

まず、各高度別の馬力性能が必要となります。残念ながらハ26-Iの馬力グラフを私は見たことがありませんが、幸い同系統の瑞星12/13型の取扱参考書内にグラフがありますので、これを手直しして利用します。詳しくは省略しますが、手直しした結果、ハ26-Iの高度4100mでの馬力を914馬力とします。さらに、各高度での馬力も求めておきます。

続いて、Cdpminを求めます。これは最高速度時のCdから誘導抵抗Cdiを引くことによって求めます。
Cdi=Cl^2/πAe
(Cl:揚力係数、A:アスペクト比)
ですから、飛行機効率を適当にe=0.85として計算し、
Cdpmin=0.0217を得ました。

プロペラ効率は馬力を920馬力から914馬力に変えたので、再計算してη=0.755とします。
本来であればプロペラ効率ηは飛行速度の変化に応じて変わりますが、最高速度時には極端に大きくは変わらないはずので今回は全高度におけるプロペラ効率はη=0.755で統一します。

また、重量はW=4820kg、翼面積S=32.0m^2、翼幅b=14.7mとします。

さて、ここまでデータをそろえたところで1000mごとの最高速度を上記の必要馬力と利用馬力の式に代入して計算し、実測値と比較をしてみると、以下のグラフのようになりました。
Ki46I
 黒の実線が計算値を表し、赤の点線が実測値を表します。いかがでしょう。かなりいい線いっているのではないでしょうか。
 というわけで、文中で5つ挙げた必要なデータのうち、④と⑤についての詳細なデータが分からなくとも、最悪最高速度その時の高度、そして最高速度時のCd値もしくはCdpmin値が分かれば、なんとなく計算することはできそうなことがわかりました。


 この調子で、同様に『零戦』内に記載のあるA6M3/A6M5のCdmin=0.0204を用いて実測値との比較を行ってみます。
A6M3,M5
 キ46のときと同様に、黒の実線が計算値を表し、赤の点線が実測値を表します。最高速度から離れるにつれ、どうしてもズレが大きくなってしまってはいますが、極端な乖離はないかと思います。


 ところが、続けてこのCdmin=0.0204を使ってA6M2の最高速度を計算してみたところ、以下のような結果になりました。
A6M2
 全開高度以下の性能はピッタリだったのですが、それ以上の高度でのズレが許容できないほど大きくなってしまいました。
 この原因として考えられるのは、全開高度以上でのプロペラ効率が著しく低下しているか、もしくは全開高度以上でのエンジン軸馬力が実際は性能表よりも低下しているかのどちらかだと思われます。が、その答えを知る術は残念ながら今のところありません。

最高速度計算まとめ
 といった感じで、詳しいデータが揃わなくても、ある程度のところまで最高速度の計算はできることはわかりました。しかしながら、A6M2の例をみればわかるように、実測値と上手く合わないこともあります。その原因を考えるのも楽しいのですが、現状計算パラメータをうまく修正する方法は分かりません。
 また、今回はたまたま『零戦』内にCd値の記載があったからよかったものの、三菱以外の機体の風洞試験データがどこまで残っているのかも未知数です。最近はコンピュータ・シミュレーションで大戦中の機体のCd値を求めることもできるのでしょうか?もしそうであればかなり可能性は広がりそうな感じがします。
 加えて、大戦中のプロペラのデータというものが一体どの程度残っているのかということについても気になっています。直径やピッチ角は取説に書いてあることが多いのですが、翼型は?幅は?厚さは?といったところはほとんど知られていないのではないかと思います。ひとつ知れば100が分からなくなるといった感じで、奥の深さを思い知らされます。。。

 というわけで今回の記事は「性能データが揃わない最近の自分が試していること」でした。特に中身のある話ではなかったかもしれませんが、最後までお読みいただきましてありがとうございました。

はじめに
 みなさん、こんにちは。もう6月も終わりに近づいてきましたが、梅雨なんだか夏なんだかよくわからない日々が続いていますね。皆さんも熱中症に十分気を付けて日々をお過ごしください。
 さて、今回の記事では「『新鋭機ニツイテ』―ある海軍学生のノートより」と題しまして、偶然手に入れることができたとある海軍学生の航空術の授業のノートから「新鋭機ニツイテ」という項目を抜粋して皆さんと一緒に見ていこうかなと思っています。
 もしかしたら記憶にある方もいらっしゃるかもしれませんが、過去記事『〈考察⑧-2〉紫電の性能について』で一度このノートに触れています。しかし今回は実際のノートのスキャンを用いながら進めていこうと思っています。

「新鋭機ニツイテ」
 この授業はおそらく1944年の11月に行われたものと思われ、零戦、一式陸攻、雷電、紫電、紫電改、彩雲、天山、銀河そして烈風について、その特徴や簡単な諸元を解説したものと推察されます。中には誤りと思われる記述も散見されますが、当時の貴重な情報がありのまま残されているという点で後世の我々にとってとても興味深いものとなっています。
 なお、以下に添付するスキャン画像は記事の構成上一部段組みを直していますが、基本的には「新鋭機ニツイテ」の全文を皆さんと共有しています。それでは早速零戦から見ていくことにしましょう。

零戦
1零戦

 まず最初に「0戦」はA6M1では瑞星を、M2以降は栄を積んでいること、それは振動が原因であることが述べられています。(確か振動問題はプロペラの翅数が問題だったような?)
 さらにその下ではM2~M5の違いが書かれていますが、M3とM4の説明が22型と32型の説明と混同されているようです。その性能はM3が280ノット、M5が300~305ノットとしています。M5は妥当ですがM3が280ノットはちょっと物足りないかな?
 その下では「M5ごく最近は防御力大となる」として、イラスト付きで53型の説明をしています。すなわち栄31型の搭載、胴体下の爆弾懸吊架、防弾装備の追加や武装強化などです。ただし53型は結局量産されることはなく、これらの性能強化は52乙型以降で一部が実用化されることになります。

一式陸攻
2一式陸攻
 お次は一式陸攻です。さすがに各種日付や諸元は正確です。ただし最高速度250~260ノットはやや過剰で、実際のG4M2は240ノット前後であったと思われます。図入りでインテグラルタンクの説明をしているのは非常に興味深く、「火災を起こし易い」ということではっきりと「欠点」と断じられ、それ故にG4M3が開発されていることがよく分かります。

雷電
3雷電
 続いてみんな大好き雷電です。イラストは雷電の特徴をよく捉えていますが、実機の写真なり図面なりを示しながらの授業だったのか、教官の絵が上手かったのかは分かりません。J2M1の最高速度310ノット・上昇時間6000mまで6分16秒という数字やJ2M2の自重2348kg・全備3210kgは一桁レベルで海軍出所の一次資料と同じなので少しびっくりしました。J2M2の最高速度がロケット排出管で320ノット@6000mというのも非常に妥当なところに思われます。(武装が12mm二門になっているのは20mmの誤記かと思います。)
 しかしながら雷電自体に対する評価は非常に辛辣で、視界が悪いこと、速度が出ないこと、空戦性能が悪いことを欠点に挙げ「失敗した機種なり」とされています。当時の海軍の持っていた雷電に対する評価がよく分かります。一方で排気タービン装備のJ2M4に対する期待も少し伺えます。

紫電
4紫電
 紫電に関しては、強風からの発展形であること、脚の伸縮機能が欠点、空戦フラップが特徴であることが要領よくまとめられています。一番の注目ポイントはその速度性能で、一速305ノット・二速325ノットとしています。これは今までどの出版物にも出てきていない数字かと思いますが、過去何度か本ブログで触れているように誉12型装備の機体であれば決してあり得なくない数字だと思っています。できれば海軍か川西作成の一次資料にこの数字を見つけることができればと思っています。上昇力が6000mまで5分40秒というのは雷電なみの良さなのでそこについては少し疑問です。いずれにしても海軍が考えるこの時期(44年11月頃)の紫電の性能はこれくらいだったということかと思います。

紫電改
5紫電改
 紫電の次は当然紫電改です。紫電からの改造点として「①脚小になる」「②胴体内槽を大にした(桁が貫通しないため)」「③20mmを翼内に装備せり」とあり、更に胴体に13mm二門装備や防弾タンク化にも触れています。最高速度は一速が310ノット・二速が329ノットとし、6000mまでの上昇力は紫電と同じ5分40秒としています。紫電改に対するコメントは「局地戦闘機としては成功せるものなり。雷電より優秀」と、期待が感じられます。

彩雲
6彩雲
 実はすべての機体の中で一番文量が多かったのが彩雲でした。本機に関してはなぜか全長や重量が手持ちの取説とはちょっとだけ違います。プロペラがVDM4翅では振動が多くハミルトン・スタンダードの3翅に変更されたこともしっかりと説明されています。個人的には最高速度の項がとっても興味深くて、基本330ノットとしながらも風防改造型は342ノットとしています。そんな話聞いたことないですよね。
 ほかにも揚力係数のグラフを使って前縁スラットの説明をしていたり、外板を厚くして縦通材を減らす彩雲独特な構造を分かりやすくまとめています。

天山
7天山
 一転して天山の説明はシンプルです。最高速度は二速で魚雷装備時は255ノット、なければ280ノットとのことです。確かに海軍一次資料でも天山11型の最高速度は二速で255ノットであることが確認できます。下の方に書いてあるように燃料タンク防弾化の話も進められていたようですが、流星の生産が始まると天山の価値は急速に下がってしまい、結局実施はされなかったようです。

銀河
8銀河
 「何でもやれる飛行機を作らんとして」開発されたのがP1Y1銀河だそうです。乗員は3名で「中攻は7名にて被害多」かったことにも触れられています。性能の3000mで305ノットというのはちょっと怪しめで、別の海軍の一次資料からは2900mで279ノット・5900mで300ノットというデータを見つけることができます。

烈風
9烈風
 ということで最後は烈風です。零戦を大きくしたものという認識のようで、A7M2は「金星を18シリンダーにしたものを積む」と書かれ、ハ43という名称は出てきません。斜め銃装備のA7M3-Jにも触れられています。毎回ですがイラストも特徴をよく捉えていますね。

まとめ
 以上が「新鋭機ニツイテ」の全文になります。いかがだったでしょうか。色々と面白い記述やデータがあったことと思いますし、色々と想像が膨らむことと思います。特に性能面に興味がある自分としては紫電や彩雲の速度がとっても気になっています。
 みなさんもご承知とは思いますが、このノートだけで何かを判断するのは非常に危険です。ですが主となる議論の補足資料としては十分に価値のあるものになるのではないでしょうか。

 今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。このブログを訪れてくださる方々が沢山いるにも関わらずなかなか更新できずに申し訳ありません。毎週とはいかないかと思いますが、これからも少なくとも月に1回は更新していきたいと思っていますので今後ともよろしくお願いいたします。
 よろしければ皆様のご意見やご感想をお聞かせいただけると幸いです。ぜひぜひコメントお待ちしております。

オマケ鰹節
おまけ

happy_new_year
ご挨拶が遅れましたが、新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い致します<(_ _)>
2021年も、日本の軍用機の性能について、皆さんと知識を共有していければと思います。
ブログを始めて1年以上が経過しましたが、三日坊主の自分がここまで続けられているのも読んで頂いている皆様のおかげだと思っています。
過去の記事を読み返すと当時の自分の知識の無さに恥ずかしくて顔から火が出そうですが、自らの戒めに残しておこうと思います。1年後もまた同じセリフが言えるように頑張ります。

さて、もちろん今年も性能の紹介や色々な考察をしていこうと考えていますが、手近に調べられるところは調べつくしたような感があります。これ以上深いところに行くとなると、やはり個人では難しいような気がしています。(実際、個人資格での資料閲覧を断られたところもあります。)
ちなみに私は今年でキ番号でいうと97式戦に負けた川崎製のあの戦闘機の年齢になります。同じく川崎製の五式戦を目指すとするとまだまだ人生先は長いですから、好奇心の続く限り地道に調査を続けていきたいと思います。

そこで、今年の新たな取り組みとして、今までブログの記事として紹介してきた各機の性能データを見やすいようにまとめられないかと考えています。過去記事で雷電のデータシートをお試しで作って紹介したことがありましたが、今回もう少し詳しいものを作ってみました。
URLはこちらです(https://docs.google.com/spreadsheets/d/1wk7ujK0U7r-iveKvArrTqcsKBcd6ZOvKSZCl2igy-ts/edit?usp=sharing)

※ブログ上だとかなり見辛いですが、上記URLから見て頂けるとレイアウトも崩れず見やすいと思います。

主要な機体のデータシートを作成して、どこかホームページを別に作ってそこでまとめて公開できたらいいな~なんて考えています。

という訳で、これからも頑張っていきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願い致します。
最後に、皆様にとって2021年が素敵な年になりますように!!

はじめに
 前回の記事の終わりに予告した通り、今回は日本版戦時緊急出力("War Emergency Power"、"W.E.P.")である「戦闘馬力」について書いてみようと思います。
 そもそも、どうやら戦争後期になって日本も戦闘馬力を導入したらしいことは既に古峰文三氏が指摘していました。例えば「丸」編集部編『最強戦闘機 紫電改』(2010)の124頁にて、『昭和19年に入ると敵新鋭戦闘機との性能差を埋めるために運転時間の制限を緩和して離昇馬力に相当する運転を10分程度の目安で許容する規定が検討され始め』、『昭和19年12月から公認された』と書かれています。
 それでは、具体的にはどのような機種、エンジンでこの戦闘馬力が許容されたのでしょうか?それを知る手掛かりがアジア歴史資料センターにありました。

「戦闘馬力」の詳細
 早速以下の画像を見てください。昭和19年10月26日付の海軍公報(軍極秘)です。ざっと目を通してみてください。
S20No.13164
ポイントとしては、
・現用機を改造によらず性能向上させることが目的
・使用者の意図に応じて10分以内の連続使用が許容される
・適用機種、発動機が定められている
といったところが挙げられるでしょうか。基本的には離昇馬力と同様の運転条件のようですが、アツタ20型のみどういうわけか異なっています。雷電の公称馬力での最高速度を5500mで590km/h程度と仮定すれば、戦闘馬力での速度は4000~5000mで600km/h+αくらいにはなりそうです。
 一方で、紫電や彩雲、一式陸攻などは「実験中につき当分の間現状通り使用のこと」とあります。これはつまり裏を返せば各種機体で戦闘馬力の試験を行った/行っていることを意味し、当然最高速度速度の向上の程度も試験されていると思われます。実際どのくらいの向上が見られたのか非常に気になるところです。
 もうひとつ気になる点があるとすれば、誉10型でも戦闘馬力が許容されていることでしょうか。今までのイメージでは誉発動機は非常にデリケートなものという印象でしたが、少なくとも毎分2900回転、+400mmHgまでは比較的安定して回すことができたひとつの傍証になると思います。

 ところで、防衛研究所内には「栄発動機三一型」の仮取扱説明書が所蔵されています。昭和19年5月付のものなのですが、運転諸元には離昇運転、公称運転に加えて「仮称戦闘馬力公称運転」の欄があり、10分間の使用が許容されています。となると、過去記事「〈考察⑩〉栄31型の馬力性能について」にて表中で栄31型の真の公称出力としたものは「戦闘馬力」使用時の性能で、表中で「栄31甲型」と性能としたものが「公称馬力」の性能と考えてよさそうです。また、栄31型がこのようであるならば陸軍版のハ115IIでの運転条件も気になるところです。一式戦2型と比べて3型で性能向上がほとんど見られないのは、あくまで公称馬力時の運転条件には変更がなかったからなのかもしれません。

まとめ
 それでは今回のまとめです。日本でも1944年から離昇馬力と同等の運転条件で10分間の連続運転を許容する「戦闘馬力」の検討が始まり、実験を経て44年末には正式に導入されたと考えられます。しかしながら、この戦闘馬力で計測されたと思われる速度性能値等は今のところ確認できていません。また、44年10月時点では零戦や雷電での戦闘馬力の使用は認められていますが、紫電などでは認められていませんでした。その後適用範囲が広がったのかどうかについては分かりません。同様に、陸軍の状況についても分かっていません。引き続き調査を続けていきたいと思います。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!!皆様のご意見ご感想もお待ちしております!!

はじめに
 大変ご無沙汰しております。久しぶりの更新になってしまい申し訳ありません。近頃色々と忙しく、投稿が滞ってしまいました。
  さて、今回は色々な書籍などで紹介されている「米軍が鹵獲機をテストしたら日本側のスペックを大きく上回る性能を発揮した」という噂を検証してみたいと思います。過去記事でも何回か触れていますが、この話は基本的に「嘘」と考えてもらって結構かと思います。

疾風の場合
 米軍テスト値の話で一番よく出るのが四式戦闘機「疾風」ではないでしょうか。まずはどんな説が一般に流布しているのか、便利だけどもデマの温床でもあるwikipediaをみてみましょう。
 2020年11月2日時点で「四式戦闘機」の項にて、『アメリカ軍はフィリピンの戦いで鹵獲した飛行第11戦隊所属であった第1446号機(1944年12月に製造された量産機)を使い、戦後の1946年(昭和21年)4月2日から5月10日にかけて、ペンシルベニア州のミドルタウン航空兵站部(Middletown Air Depot)で性能テストを行った。100オクタン/140グレードのガソリンとアメリカ製点火プラグを使用した四式戦は、武装を取り除いた重量7,490 lb (3,397 kg)の状態で(四式戦の正規全備重量は3,890 kg)、高度20,000 ft (6,096 m)において427 mph (687 km/h)を記録した。』との記述があります。非常に具体的に書いてあり、信ぴょう性がありそうな内容です。この部分の出典としてRene J Francillonの"Japanese Aircraft of the Pacific War"(1979)を挙げています。私は1988年版しかもっていないのですが、確かに大体似たようなことが書いてありました。
 では、そのもととなる一次資料は何かと考えると、米陸軍が1946年11月に出したレポート"T-2 Report on Frank-1 (Ki-84), T-2 Serial No.302"が挙げられるでしょう。早くも本レポートp.2では、重量は7940lb.で高度20000ftにて427mphの記述を見つけることが出来ます。しかもご丁寧に"FACTUAL DATA(実際のデータ)"とまで書いてあります。Francillonの重量7490lb.は単純に7940lb.の誤記と考えて問題なさそうです。
 これだけ見ると、戦後のテストで疾風は427mph出したのだと勘違いしそうですが、少し待ってください。これは、1945年3月付けの米軍による疾風のデータシートです。これは"TAIC MANUAL No.1"と呼ばれる日本軍機の性能諸元をまとめたものの一部で、加除式になっており新たな情報が加わった時には古いページを捨てて新しいページを挿入することができるようになっています。
 それでは早速このデータを見ていくと、重量は7940lb.で最高速度は20000ftで427mphとなっています。そうです。戦後に出された疾風のレポートは45年3月時点のデータを流用しただけだったのです。他の数値も見比べてみてください。基本的に同一のはずです。戦後、疾風が高オクタン燃料とアメリカ製点火プラグで高性能を発揮したというのはどうやら嘘だということが分かってもらえるのではないでしょうか。

TAIC MANUALの信ぴょう性
 なら「戦中に鹵獲した機体が427mphだしたのでは?」と思った方、確かにその可能性はあるかもしれません。ただ、残念ながらそうでない可能性の方が高そうです。
 TAIC MANUALの冒頭には色々と説明書きがあるのですが、性能に関しても以下のような記述があります。
TAIC MANUAL注記
 要約すれば「わざわざ書いていない限り性能は計算による推測値ですよ」といったところでしょうか。例えば、零戦52型のデータシートには飛行試験では340mph(547km/h)しか出ませんでしたと書いていながら、最高速度は戦時緊急出力で358mph(576km/h)としています。
 確かに疾風は戦中に鹵獲機による飛行試験が実施されていますが全速飛行を行ったという話は聞いたことが無く(過去記事参照)、TAIC SUMMARY #22は国会図書館でも表紙しか無いようなのでこれが読めればもっとはっきりすると思いますが、少なくとも現時点では427mphが実測値という限りなくゼロに近そうです。

雷電と紫電
 これも過去記事で何度か指摘しているのですが、雷電も紫電も鹵獲機のテストで好成績を発揮したことはありません。
 雷電に関しては、『〈考察⑦〉火星23型の性能について』でも指摘していますが全速飛行試験は実施されておらず、44年12月付の一番初めのデータシートでは日本側の計算値をそのまま使用しただけだと思われます。なお45年5月付のデータでは少し速度が向上しています。
 紫電についても、飛行試験は実施されましたが全速飛行試験は行われていません。1945年7月付の"TAIC SUMMARY #33 GEORGE11"によると、45分間の一度のフライトが実施されるも着陸時に右脚を破損してしまったようです。

その他の噂について
 米軍によるテスト値については、それ以外の機体にも「噂」が残されています。例えば彩雲は戦後375kt(695km/h)を計測したという話がありますし、同じくキ83は762km/hを計測したという伝説が残っています。
 彩雲は日本側のテストでは630~650km/hを記録したことがあるとされ、TAIC MANUALでもその最高速度を396mph(637km/h)と推測しています。ダイブしたとかではない限り700km/h近い速度を発揮したとは考えづらいでしょう。キ83についてもそもそも設計時の速度が700km/h少々なのですから、762km/hというのはかなり過剰に見えます。
 これはただの思い付きなのですが、もしかしたらマイルのノットを取り違えた?なんて可能性もあるかもしれません。375mphは603.5km/hですし、762km/hは411.4ktですが、411.4mphは662km/hになります。これくらいの速度だったら非常に現実味のある数字ではないでしょうか?

まとめ
 最後の与太話はともかくとして、米軍によるテスト値として広まっている数値は、決して実測値ではなく、あくまで計算値であるということが分かって頂けたのではないでしょうか。米軍は日本機の性能をあくまで過剰に評価しており(過少評価するよりはよっぽどマシですが)、それが誤って広まってしまったために、戦後75年が経った今でさえも高性能な日本軍戦闘機の幻影に惑わされてしまっている人は多いと思います。
 本ブログではこれからも日本軍航空機をはじめとして、確かな根拠に基づいた情報を追求していきたいと思っています。

参考HP:WWII Aircraft Performance

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