WW2航空機の性能:WarbirdPerformanceBlog

第二次大戦中の日本軍航空機を中心に、その性能を探ります。

カテゴリ: 考察/Analysis

はじめに
 みなさんご無沙汰しております。今回の記事は、考察というよりも疑問に思ったことがあったのでそのことについて書いてみます。
 というのも、『わが国航空の軌跡 研三・A-26・ガスタービン』という研三の性能に関する、当時の報告書関係を丸載せしたほぼ一次資料ともいえるかなり詳細な資料があるのですが、その第7章における水平最大速度の解析について、ピトー管の位置誤差修正の計算に誤りがあるように思えるのです。そして、結果として699.9km/hという最高速度も過大であったように思えるのです。
 もちろん私の思い過ごしであればよいのですが、読者の皆さんの意見を伺うことができればと思い投稿いたします。
 ただしこの記事は、その議論を行うにあたっての前提条件の説明になり、本番は次回の記事になります。知っているという方は特に読まなくても大丈夫です。

飛行機の様々な速度
 まずは、飛行機の様々な速度の表し方について説明します。

 一般に、航空機の速度の表し方には以下の5種類が存在します。
・IAS (指示対気速度 "Indicated Airspeed"):速度計で読み取った速度。
・CAS (較正対気速度 "Calibrated Airspeed"):IASに計器の誤差(=器差)やピトー管装備位置や飛行姿勢等による誤差(=位置誤差、P.E. "Position Error")を修正したもの。
・EAS (等価対気速度 "Equivalent Airspeed"):CASに対し、空気圧縮性の影響による誤差を補正したもの。
・TAS (真対気速度 "True Airspeed"):EASに対し空気密度の補正をしたもの。空気の流れに対する本当の速度。
・GS (対地速度 "Ground Speed"):TASに対し風の影響を加えたもので、実際の移動速度を表す。

速度換算の流れ

 普段私たちが「この飛行機の最高速度は〇〇km/hだ」、と言っているのはTASを指しますが、その計算にはパイロットが操縦席から直接確認できるIASからCAS、EASという段階を踏む必要があるのです。

 IASからCASへ換算するときに必要となるのが、P.E.の測定試験です。これには、通常のピトー管に加え影響が少ない位置にピトー管を取り付けて計器速度の差を測定する方法や、決められたコースを往復飛行して求めた速度と計器速度とを比較する方法などがあります。P.E.は速度や飛行姿勢によって異なるので、測定はなるべく幅広い速度で、水平飛行時や上昇飛行時など様々な姿勢で行うことが必要となります。

 CASから空気の圧縮性の影響による誤差を補正したものがEASとなります。高速になればなるほど空気の圧縮性の影響が効いてくるため、速度計に表示される速度は実際のものよりも過大に表示されます。M=0.3まではCAS=EASとして問題ないのですが、それ以上の速度では圧縮性の影響を考慮する必要があります。

 TASはEASに空気密度比の補正を加えることによって計算します。というのも、ピトー管を利用した速度計は、気圧760mmHg、大気温度15℃のときの対気速度を表すように設定されているからです。したがって、TASからEASへは以下の式によって計算できます。

(1/2)*ρ0*EAS²=(1/2)*ρ*TAS²
EAS²=TAS²*(ρ/ρ0)
EAS=TAS*√(ρ/ρ0)・・・①

逆にEASからTASを求める場合は、
TAS=EAS/√(ρ/ρ0)・・・②

となるのです。なお、

ρ0・・・標準大気状態における地上の空気密度
ρ・・・飛行高度における空気密度

また、空気密度は気圧と温度の関数ですので、

ρ/ρ0=(p/760)*(288/T)・・・③

p・・・飛行高度における空気圧力(mmHg)
T・・・飛行高度における外気温(K)

と表すこともできます。なぜTASだけ詳しく説明するかというと、次の記事の大事なところで出てくるからです。

飛行試験データの標準状態への換算方法
 今回の話は飛行試験結果の解析の話ですから、当時使われていた試験結果を標準大気状態に換算する方法も説明しておきます。

 水平速度の計測時に、計器速度の外に気圧高度と外気温も測定しておきます。そうすれば、その時のTASは②、及び③式で計算することができます。しかしながら、これはあくまでその時の大気状態における真速度ですので、標準大気状態で表さなければ他機や、同型機の別の日の試験結果との比較はできません。

 そこで当時主に行われたのが、気圧高度と密度高度の中間をとる「ハーフ・アンド・ハーフ」方式です。これは、飛行試験時の気圧と外気温からその時の密度高度を求め、気圧高度と足して2で割った高度を標準高度とするものです。
 気圧高度をZp、密度高度をZρとすると、密度高度は以下の式で表すことができます。

Zρ≒Zp+(測定気温-標準気温)*36.15・・・④

 例えば、気圧高度Zp=3000m、外気温が11℃であったとしたら、④式より、

Zρ=3000+{11-(-4.5)}*36.15≒3560

したがって、標準大気状態において3000+(560/2)=3280mの時の性能とみなすことになります。

以上が前提条件の説明となります。次の記事では、具体的に研三の性能解析の何に疑問があるのか説明していきたいと思います。

はじめに
 さて、前回の記事では今回の議論にかかわる前提条件を説明しましたが、この記事では実際の性能データをもとに論を進めていきたいと思います。

 改めて今回の記事の趣旨ですが、『わが国航空の軌跡 研三・A-26・ガスタービン』という研三の性能に関するかなりほぼ一次資料丸載せの詳細な資料の、その第7章における水平最大速度の解析について、ピトー管の位置誤差修正の計算に誤りがあるようにどうしても思えるのです。結果として699.9km/hという最高速度も過大のように思えてしまって、ぜひ皆さんの意見を聞きたいと思っています。

研三の位置誤差検定試験
 『わが国航空の軌跡 研三・A-26・ガスタービン』第7章によると、1943年12月10日、川崎航空機工業岐阜工場にて基線長3520mの直線コースを設定し、その往復時間を測定することによって位置誤差を測定する試験が行われました。速度を変えながら3往復の飛行が行われ、各計器速度と、往復時間から得られた真速度を標準速度に直したものとを比較し、位置誤差を求めたようです。なお、このときの自記速度計は空気の圧縮性の影響による誤差を修正したものであるとのことです。

オリジナルP.E.
図1
 その結果として『わが国航空の軌跡』に掲載されているピトー管位置誤差グラフに、検定試験時に計測された3回の飛行結果を重ねたものが上図となります。しかしながら、この位置誤差直線が、どうにも飛行試験結果に相関していないように見えます。
オリジナル修正P.E.
図2
 3つの点から回帰直線を作成すると、赤点線のような線を描くことができますが、なぜこのような線にならなかったのでしょう。非常に謎です。

 謎ではありますが、まあそれはいったん置いておいて、ひとまずこの位置誤差線をもとに研三が699.9km/hを計測したときの飛行試験成績を再計算してみます。このときの飛行諸元は以下のようなものとなります。

計器高度:3500m
計器速度:640km/h
外気温:-6℃

※実はこの計器速度は『わが国航空の軌跡』には載っていません。かかみがはら航空宇宙博物館で研三の特別展があったときのパネルで紹介されていたものです。

前回記事の式④より密度高度は3563m、よって修正高度は3532mと計算されますが、『わが国航空の軌跡』ではこれを3527mとしています。式④は概算式なので、5m差ならまあ誤差の範囲でしょう。

続いて、式②をもとに修正TASを求めます。上図より計器640km/h時の位置誤差は約-54.5km/h付近に読むことができますので、

CAS=640-54.5=585.5km/h

研三の速度計は空気圧縮性の誤差を修正してあるとされていますので、CAS≒EASとみなせます。
また、高度3527mにおける空気密度比は約0.7026ですので、

TAS=585.5/√0.7026=698.5km/h

公式の計算とは1.4km/hの違いがありますが、誤差は0.002%なので十分許容範囲と考えて良いでしょう。細かい誤差は位置誤差の読みとりや空気密度比の計算精度によって生じたと思われます。すなわち、上記のような計算をして699.9km/hは得られたとみてほとんど間違いないと考えます。

計算ミス?検定試験時の標準速度について
 ようやくここからが本番の本番です。研三の最高速度は上記のような計算で出されたものだと思われますが、その前提となる位置誤差の計算に間違いがあったのではと疑っています。

 具体的に見てみましょう。冒頭で述べたように、研三の位置誤差測定試験では片道3520mの直線コースを往復する飛行を3回行っているのですが、その一往復目を例にとると、

 計器速度 気圧高度 外気温
往路  510km/h  395m  7℃
復路  500km/h  400m  7℃
往復時間 56.18秒

前回記事④式より、
   修正高度  √ρ/ρ0
往路  297.5m    0.986
復路  302.5m    0.986

この時の真対気速度は、
3520/(56.18/2)*3.6=451.1km/h

続けて、この真対気速度を標準高度300mにおけるEAS(=CAS)に換算し、IASとの差を出すことによってはじめて位置誤差を求めることができます。
この時の計算式は、前記事①式より、EAS=TAS*√(ρ/ρ0)となりますので、

451.1*0.986=444.8km/h(A)

とならなければならないはずです。
しかしながら、『わが国航空の軌跡』では何故か真速度を密度比でかけずに割っており

451.1/0.986=457.5km/h(A')

としているのです。
となると位置誤差は、

(A)  444.8-505= -60.2km/h
(A') 451.1-505= -53.9km/h

となり、6km/h近くの差が生じてしまいます。しかも、2往復目、3往復目の飛行でも同様の計算が行われているのです。
 そこで、①式を用いて3回の飛行時の位置誤差を再計算し、回帰直線で表したものが下図の青線です。なお、比較のために図1の赤線も残しています。
再計算P.E.
図3
 いかがでしょうか。かなりの差が生じていることが見て取れるかと思います。そこで試しに青線を基にして研三の最高速度を再計算してみます。

計器640km/h時の位置誤差は、グラフから-67.5km/h付近となりますので、

CAS=EAS=640-67.5=572.5km/h

よって、

TAS=572.5/√0.7026=683.0km/h

となり、最高速度683km/h@3527mを得ることができました。

 ところでこの数字、何かに似ていませんか?そうです。従来、研三の最高速度の速報値ではないかと言われていた682km/hに限りなく近いのです。これは単なる偶然なのでしょうか?

まとめ
 というわけで結論です。研三の位置誤差検定試験において、TASからEAS(=CAS)を求める計算が誤りだったのではないか?というのが私の今回の疑問です。取り越し苦労であればそれに越したことはないのですが、どなたかこの辺りに詳しい方がいらっしゃいましたら何か教えていただけると幸いです。
 また、試しに位置誤差を再計算した結果得られた最高速度は、従来速報値と言われていた682km/hにかなり近いものとなりました。すなわち、この速報値の方がその後公式の報告書にて報告された数値よりも正しかったかもしれないのです。

 これはただの妄想でしかありませんが、もともと位置誤差を正しく計算していたにも関わらず、報告書作成時にデータをまとめ直しているときに計算ミスが発生し、誤った数値が公式のものとして残ってしまったのかもしれません。

 ちなみに、なぜもともとの位置誤差の直線の傾きが実測された3往復分の飛行データと相関していないのか、というもう一つの疑問も残されています。こうじゃないか?というお考えがある方は、ぜひコメントいただけると嬉しく思います。
 今回も最後までお読みいただきましてどうもありがとうございました。

参考文献
岡村純 編『航空技術の全貌 上』(1953)
新谷春水『航空戦の技術』(1942)
日本航空学術史編集委員会『わが国航空の軌跡研三・A-26・ガスタービン』(1998)
溝口宗彦『飛行機精能試験解説』(1944)

はじめに
 これまで考察⑳では発動機の全開高度の計算に問題があったことを、考察㉑では高度馬力の計算手法の妥当性についてを考えてきました。その結果、日本軍航空発動機の公式の高空性能をそのまま信用するには疑問があることを示すことができたと考えています。
 今回の記事は、この2つの考察の集大成として、なぜ航空機の最高速度計算が、一時は実測値と良く合うようになりながらも次第に全く合わなくなっていったのかを、発動機馬力の観点から考えてみたいと思います。
 それでは早速スタートです!!

当時の計算手法
 基本的に、①機体の抵抗、②発動機馬力、③プロペラ効率が正確に見積もられていれば、航空機の各種性能はかなり高い精度をもって計算することができます。しかしながら、皆さんもご存じかと思いますが、日本軍航空機では最高速度の実測値が計算値と合わないことが次第に問題となっていきました。例えば、雷電21型は火星23型で349ktとの推算がありますが、実態は322ktに過ぎません。これには様々な要因が考えられましたが、「発動機の馬力が出ていない」というのも原因のひとつとして疑われていました。また、烈風の試作においても堀越技師が誉の馬力低下を強く主張し、その結果、烈風改の計画説明書では「発動機が額面通りの性能を発揮できるか疑わしい」として、額面通りの馬力とした場合の性能推算値に加えて、馬力低下を見越した予想値を並べるまでの事態になっています。こういったように、特に大戦後期においては発動機馬力が額面通りでないよいうのは半ば周知の事実であったように思われます。
 いっぽうで開戦前の航空機の性能は、96式陸攻を設計した本庄季郎氏など、計算値と実測値が比較的よく合っていたとの回想が残されています。
 なぜ、次第に実測値と計算値が合わなくなっていったのでしょうか。それには、発動機の工作精度の低下による馬力の減少や、空気取入口の設計が悪いことによる吸気抵抗の増加などが指摘されてきました。機体の抵抗やプロペラ効率の算定が甘かったともいわれます。しかしながら私は、確かにそういった要因もあるでしょうが、そもそも当時の計算に用いられた馬力性能の前提が間違っていたという側面が大きいのではと考えています。

 当時の性能計算書や要目表の推算性能値を見る限り、最高速度の計算にはラム圧を考慮していない発動機馬力性能が用いられていたとみて間違いなさそうです。つまり、たとえば栄12型の公式性能は高度4200mで950馬力となっていますが、その発動機を搭載した航空機の最高速度は高度4200mで950馬力を出している前提で計算されていたということなのです。
 いや、それは当たり前じゃないか?と思う人も多いかと思いますが、それでは正確な性能の計算はできないのです。

ラム圧の影響
 そもそもラム圧とはなんなのでしょう。グーグル先生によるとラム圧とは「車両や航空機が高速で移動する際に、前方の流体(主に空気)が運動エネルギーを失うことで生じる圧力上昇のこと」を指します。皆さんが走行中の自動車に乗っているとして、窓から手を出すと風圧を感じると思います。そして、車の速度が上がれば上がるほどその風圧は大きくなるはずです。飛行機も同じで、速度が大きくなれば大きくなるほど空気取入口に取り込まれる空気の圧力は大きくなっていきます。このラム圧の効果は、性能に良い面もあれば悪い面もあります。

1. 全開高度の上昇
 ラム圧効果による恩恵は、全開高度の上昇です。もしあるエンジンの全開高度がラム圧なしで3000mだったとした場合、ラム圧効果で500m分の空気圧力の上昇があれば全開高度は3500mになります。前回記事で書いたように、航空ピストン発動機はブースト圧一定であれば高度が上がれば上がるほど馬力も増していきますので、全開高度の上昇は大きなメリットとなります。
 ラム圧は空気力ですので、その圧力上昇分Δpは一般的に、

Δp=1/2ρv²・・・①
p:圧力、ρ:空気密度、v:速度

で表すことができます。ただし、現実には吸気管内での流路損失によりこのΔpの全部が利用できるわけではありません。
 ロールスロイスでは、この①の式に空気圧縮性を加味したうえで、実際に利用可能なラム圧はよく設計された空気取入口であればその効率は80%に達するとして、

Δp=0.4ρv²*(1+1/4(v/c)²)・・・②
c:飛行速度vのときの音速
という式を使用していたようです。

上記の式は圧力の上昇分を求めた式ですが、一方でドイツのK.Kollmanは全開高度の上昇分ΔZを求める以下の式を与えています。

ΔZ=0.051v²・・・③
Z:高度(m)、v:飛行速度(m/s)

 これは速度から直接高度を求められるので、この③の式に適当な空気取入口効率をかけてやればよいということになります。
 たとえば、速度が500km/hで空気取入口効率を80%とすれば、全開高度増加分ΔZは、

ΔZ=0.8*0.051*138.9²=-786.9m

となり、約800mの全開高度上昇と考えることができるのです。
 この式は②式よりも計算が簡易で使いやすいですが、あまり高度変化が大きい場合には適していません。ちなみに全開高度の上昇に関する式には、この③の外に東大航空研究所の西脇氏の論文もあります。

 長々と話しましたが、このようにラム圧効果を考慮しないで性能計算をしても正確な数字にはならなさそうだということが分かってもらえたのではないでしょうか。

2. 吸気温度の上昇
 いっぽうで、ラム圧のマイナスの影響は吸気温度の上昇です。こちらも前回記事で述べたように吸気温度の変化は馬力性能に影響を与えます。そして、ラム圧効果に依る空気圧の上昇は空気の圧縮を伴うため、必然的に吸気温度の上昇を招きます。
 吸気温度の上昇は、ラム圧なしのときの全開高度の大気圧とラム圧ありの時の全開高度との大気圧の差をもとに計算するのが最も正確ですが面倒です。
 ロールスロイスでは以下のような簡易的な推定式を使って温度上昇分Δtを求めていたようです。
Δt=(V/100)²・・・④
Δt:上昇温度(℃)、V:飛行速度(mph)

 この式は毎時マイルで計算されているので、毎時キロメートルならば以下の式に書き換えられます。

Δt=(V'/161)²・・・⑤
V':飛行速度(km/h)

 たとえば、時速500km/h時の吸気管内の温度上昇は、

Δt=(500/161)²=9.64℃

となり、10℃弱の温度上昇と推定することが可能です。
 10℃弱の温度上昇となると、軍用機に使用されるような大馬力発動機においては決して無視できない馬力差を生じるとみて良いでしょう。

吸気運動量抵抗の影響
 ここまではラム圧の発動機性能に対する影響を見てきましたが、もうひとつ発動機馬力に影響のあるもので、性能計算時に考慮されていなかったのでは?と考えられるものがあります。それが吸気運動量抵抗です。
 私は物理学は高校1年生以来なので詳しく説明してと言われても困るのですが、粟野やロールスロイスが言うには、吸気を機速まで加速させる際のMomentumも考えなければならないのだそうです。(ここで言っているのは冷却空気が空冷発動機の冷却フィンや液冷発動機のラジエーターを通過するために発生する抵抗ではない。26/1/27追記)
 この場合の吸入空気抵抗Siは、以下の式によって求めることができます。

Si=G/g*v・・・⑥
Si:吸入空気抵抗(kg)、G:空気流量(kg/s)、g:重力加速度(m/s²)

これを馬力に直せば、

HPsi=(Si*v)/(75η)・・・⑦
HPsi:吸気抵抗馬力(PS)、η:プロペラ効率

 この吸気運動量抵抗は、従来であれば機体抵抗もしくは冷却抵抗のうちに含まれていたと考えられます。しかしながら、大馬力発動機になればなるほどこの抵抗は大きくなるため、機体抵抗に含めるにはふさわしくないでしょう。(※ロールスロイスの式は省略)

実例検証:二式戦闘機一型を例に
 それでは、ここまでの議論の妥当性を、実際の戦闘機の性能を例に挙げながら検証してみたいと思います。
 ここでは、キ-44I、二式戦闘機一型のデータを用います。本機の性能計算書はまだ未見ではありますが、木村技術少佐のノートに部分的な情報が残っています。
これによると、
 ・Cdmin=0.024
 ・η=0.78
 ・HP=1260PS
 ・Vmax=602km/h
 ・Z=3700m
 ・S=15m²
 ・W=2343kg

この条件でいったんCdminを無視してCdを計算すると0.244となります。となるとCdi=0.004となりますが、この値はあまりにも小さすぎるような気がします。どうやらD4Y3の性能計算書を見ても迎角が小さい領域ではCdiの求め方が一般的なCdi=Cl²/π*AR*eではないようなのですが、とりあえずそこは置いておいて、Cdmin=0.024とし、誘導抗力係数はCdi=Cl²/π*AR*eで求めるものとして計算していきます。

 また、実測値は幸い審査時のものが残っていますので、そのデータを使用します。すなわち、
 ・Vmax=583.5km/h
 ・Z=3870m
 ・W=2550kg

 つまり、計算値と実測値に20km/h近い性能差があったことになります。

 それでは、最小有害抵抗係数Cdminおよびプロペラ効率ηを計算そのままとし、発動機馬力を①ラム圧および②吸気運動量抵抗を考慮したものに変えた場合どのようになるのかを見てみましょう。

 まず発動機の全開高度から考えます。キ-44Iに搭載されたハ-41の公式スペック上の公称馬力は以下となります。

 ・1120PS@0m/2450rpm/+150mmHg
 ・1260PS@3700m/2450rpm/+150mmHg

 これは考察㉑で紹介したような計算式で計算された性能と考えられますので、考察⑳の方法(R0=Rzとする)を用いて全開高度を再計算すると全開高度は3315mとなります。
 考察㉑の渡部式を使用(ただしR0=Rzとする)して計算した場合(青線)と、公式スペックの性能を計算した場合(黒線)を比較すると、以下のようなグラフとなります。
従来式vs全開高度修正

 続いて、ラム圧の影響を考えます。実測値データより3870m-3315m=555mがラム圧による全開高度上昇分と考えられます。(ちなみに、③の式を用いて空気取入口効率を求めると、41.4%となります。)

 海面高度上での速度を495km/h、高度3870mでの速度を583km/hとすると、⑤式より吸入温度の上昇はそれぞれ9.5℃と13.1℃となります。考察㉑では温度に関して、発動機馬力は吸入絶対温度の平方根に逆比例することを紹介しました。そこで海面高度と3870mの時の馬力をそれぞれ計算してみると、

・海面高度時:1120*√(288/(288+9.5)=1102馬力
・3870m時:1270*√(263/(263+13.1)=1239馬力

すなわち、20~30馬力の馬力低下が起こっていることが分かります。
(※3870m時の計算に使っている1270馬力はラム圧で全開高度が上がりながらも吸気温度は変わっていないときの数字。)

この結果をグラフに表すと以下のようになります。(なお、全開高度以上は適当です。)
ラムなしvsラムあり

 続けて吸気運動量抵抗を考えます。
粟野式を用いて空気流量を計算し、海面高度上では0.86kg/s、3870mでは0.95kg/sを得ました。
ηは常に78%で一定と仮定すると(厳密にはそうではないがここでは大した影響はない)、

・海面高度時:Si=12.1kg  HPsi=28馬力
・3870m時: Si=15.6kg  HPsi=43馬力

を得ることができました。
吸気温度上昇の影響と合わせて考えると、
・海面高度での馬力は公式スペックの1120馬力から1102-28=1074馬力に、
・公称高度での馬力は3700mで1260馬力ではなく3870mで1239-43=1196馬力となります。

この結果をまたまたグラフで表示するとこのようになります。(全開高度以上は適当です)
従来式vs実際の推定馬力
 いかがでしょうか?全高度にわたって推定される実際の馬力が公式スペック(従来式)を下回っていることが分かると思います。
 この「1196PS@3870m」を用いて性能を再計算すると、Cdmin=0.024、η=0.78のとき最高速度は587km/hと推算されます。実測値とは約3km/hの差となり、かなり正確さを増したかと思います。

 逆説的に言えば、性能計算に用いられた風洞試験に基づく抵抗やプロペラ効率は、発動機馬力と比較するとかなり信頼性の高い数値であったと考えられるのではないでしょうか。

なぜ計算が合わなくなっていったのか?
 ではなぜ一時は性能計算と実測値が合い、それが乖離していったのでしょうか。それは、発動機の高高度化、大馬力化によるものが大きかったと考えられます。

高高度化の影響
 考察⑳で指摘したように、過給機圧力比の修正計算は、高度が高くなれば高くなるほど従来式と正しいと考えられる式の差が大きくなっていきます。逆に言えば、低高度であればその差はあまり顕在化しづらかったといえます。これにラム圧による全開高度上昇が加わればなおさらです。例えば全開高度1500mとされる発動機のラム圧ゼロ時の実際の全開高度が1300mだったとして、これにラム圧が加わって全開高度1600mになればそこまで計算と実態に差は生じなさそうに思えます。いっぽう、全開高度6000mとされる発動機のラム圧ゼロでの実際の全開高度が5000mであってラム圧込みでも全開高度が5500mに過ぎなかったなら計算値と実測値に大きな影響を及ぼすでしょう。

大馬力化の影響
 また、発動機の大馬力化の観点からも考えてみましょう。発動機の大馬力化は飛行機の高速化に繋がります。飛行機の高速化はラム圧の増加に繋がりますので、全開高度がますます高まることにもなりますが、吸入温度がさらに高まることにも繋がります。時速300km/h程度の時代と600km/hの時代では吸入管温度の上昇にも大きな差が出るでしょう。
 また、⑥式から明らかなように高速化は吸気運動量抵抗の増加にも寄与します。加えて、発動機の馬力の増加は空気流量の増加を意味します。すなわち、発動機の馬力増加に繋がる排気量、回転数、ブースト圧、圧縮比の増加や吸気温度の低下は、運動量抵抗の増加にも直結するのです。

 参考までに、小馬力、低高度、低速の飛行機の例として、九八式直協機の実測性能を参考に公式のハ-13甲の馬力性能と推定される実際の馬力性能を計算してみました。
九八式直協
 黒線が従来式(推定公式スペック)、青線がラム圧なしでの新推定式(渡部式、なおR0=Rz)、赤線がラム圧および吸気運動量抵抗を考慮した馬力性能となります。
 性能計算に用いられたと考えられる従来式の黒線と、今回記事に基づく赤線を比較すると、低高度で5馬力程度、4000m以上では10馬力程度の差になっているかと思います。高高度では実測値が計算値を下回ったものと推定されますが、全開高度以下で見れば実測値と計算値に大きな差はなかったものと考えられます。
 ちなみにハ-41の結果とハ-13甲の結果を同じ縮尺で比較すると以下のグラフのようになります。ハ-41と比較すると馬力も小さく全開高度も低いハ-13甲では吸気温度および運動量抵抗の影響はあってないようなものに感じられます。
 ハ41vsハ13甲

その他の要因、論点
 というわけで、ここまでは発動機馬力の観点から速度性能の計算値と実測値の乖離について考えてきました。これからの話は余談なので読み飛ばしてもらっても結構ですが、発動機馬力以外にも計算値と実測値の差の原因と考えられるものはありそうです。

 例えば、層流翼の抵抗は風洞試験と実物とで大きく異なっていたものと推測できます。もし仮に風洞試験で0.007であった翼型があったとしても、実態は0.01程度だったろうと思います。よって、紫電の計算値と実測値の速度差は馬力だけではなく抵抗にも大きな原因があったろうと思われます。

 また、冷却抵抗の推定がどこまで正しかったかも検証する必要性がありそうです。空冷発動機は、前面の開口部から冷却空気が各気筒を通って後方に抜けていきますが、その際の空気流路の内部抵抗を考慮しなければなりません。日本機の場合、風洞試験模型の発動機部分(液冷機の場合は冷却器部分)に金網を発動機の代用として置いて試験していたようです。例えばキ100であれば複列なので2重に金網を張って試験し、最小有害抵抗係数Cd=0.0180を得ています。これに様々な付加抵抗を足して実機の最小有害抵抗係数を算出します。ただ、冷却鰭と金網の面積との関係が冷却馬力にどう影響するのかちゃんとした理論があったのかは疑問ですし、金網だけでは導風板の設計の良し悪しを反映することはできないでしょう。
 また、中村勝治氏の手記によると中島飛行機においてはこの冷却抵抗について1942年ごろからようやくちゃんと考えられるようになってきたとの話ですし、愛知航空機の実測値から抵抗値を分析した資料でも冷却抵抗の項が見当たらない場合があるので、案外冷却抵抗が全く考慮されていなかった可能性もありそうです。

 ちなみにロケット排気管の影響は、これを備えた機体の場合ちゃんと計算されています。
愛知航空機の性能計算書では、ハインケルの式としてロケット排気管による推力Tr(kg)を下記のように計算しています。

Tr=(2*10^-3)*Ne^1.8*Vs*(((Pi-Pz)/760)+0.4)・・・⑧
Ne:発動機回転数(rps)、Vs:排気量(L)、Pi:吸入圧力(mmHg)、Pz:背圧(mmHg)

この計算で得た推力の50~80%を有効な排気推力として速度計算に組み入れていましたが、これの理論的な裏付けが分かりませんし、どこまで正確なのかもなんとも判断できない状況です。これについても調べてみないとですね。

 プロペラ関係の話になると、まだまだ勉強不足、調査不足で分かっていないことが多いです。プロペラ効率に対する胴体形状の影響はどこまで厳密に考慮されていたのか、プロペラ効率への空気圧縮性の影響の見立てはどこまで正確だったのか、などなど、知りたいことはたくさんあります。
 今回の記事に関連するところでいうと、ラム圧の計算で速度vは機速を用いていますが、本来であればプロペラ後流を考慮しなければならないはずだよな、とは思っています。最高速度時はほとんど影響ないかもしれませんが、全力上昇時などは後流速度にそれなりに差が出るはずだと思っています。
 また、プロペラ後流速度は一様ではなくプロペラ中心からの位置によって異なっているはずですので、空気取入口の位置をカウル内、カウルリップ、カウル外のどこに持ってくるかというのも非常に重要なはずです。ですので、単純にvを機速で処理してよいはずはないと考えています。

まとめ
 余談部分が長くなってしまいましたが、今回の記事は以上となります。
 簡単にまとめてみると、日本軍航空機の最高速度の性能計算値と実測値が、戦前は比較的よく一致していたのが次第に一致しなくなっていったのは、性能計算に使用された発動機馬力がラム圧と吸気運動量抵抗を考慮していなかったことが大きいのではないかと考えました。
 これは、発動機馬力も最高速度も小さく、全開高度が低いうちはあまり影響がなかったものの、発動機の大馬力化、高高度化によって顕在化した問題であったと考えています。この実例として、二式戦闘機と九八式直協機の性能を取り上げてみました。
 当然、発動機馬力以外にも抵抗やプロペラで検討すべき部分はあるでしょうが、それは今後の課題としたいと思います。皆様もなにかご存じのデータや「こうじゃないか」というお考えがあればお聞かせ願えると幸いです。今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

参考文献
粟野誠一『航空発動機の性能推定法』航空研究所報告(1944)
粟野誠一「研三発動機の地上及び高空性能」『研三・A-26・ガスタービン』(1998)
中村勝治『「連山」設計製作報告』知られざる軍用機開発(上)(1999)
西脇仁一『動圧利用による発動機の性能』(1942)
渡部一郎『航空ピストン発動機の高空性能』日本航空学会誌(1954)
Campbell "Cylinder Cooling and Drag of Radial Engine Installations" (1938)
Hooker, Reed, Yarker "The Performance of a Supercharged Aero Engine" (1997)

はじめに
 前々回の記事『〈考察⑳〉日本陸海軍航空発動機全開高度の計算値と実測値の乖離について』では、日本陸海軍の航空機スーパーチャージャーの地上性能から求めた高空性能の補正式に問題があり、結果として全開高度が実態とかけ離れた高すぎる数値になっていた、という説を示しました。
 今回の記事ではその関連として、高空馬力の計算式について当時どのような式が用いられていたのかを紹介し、続いてその式が果たして妥当なものであったのかどうかについて考えてみたいと思います。

ブースト一定時の馬力について
 一般的に、遠心式過給機を備えた航空発動機の馬力は、ブースト圧力が一定である場合、地上から規定の全開高度まで緩やかに右肩上がりとなり、全開高度以上ではブースト圧が維持できないため急激に減少していきます。
 下に示したのは栄12型の馬力曲線です(零戦の取説より)。左が地上性能を、右が高度性能を表していますが、それぞれの回転数において高度0mから全開高度にかけて馬力が増えていっていることが見て取れるかと思います。
栄12
  ところで、なぜブースト圧が一定にも関わらず高度が上がるにつれて馬力も増えるのでしょうか。これには、背圧の低下と大気温度の低下の二つの要素が影響しています。ですので、地上馬力から高空馬力を推定するには、①背圧の影響と②温度の影響とを正しく計算してあげなければなりません。

当時使われていた計算式
 それでは当時、いったいどのような計算式が使われていたのでしょうか。前回の考察記事の参考文献にも挙げた、渡部一郎『航空ピストン発動機の高空性能』という論文では様々な式が紹介されています。結論から言えば、「イギリスの式」として紹介されている計算式が、少なくとも1930年代の間は日本で用いられていたものと私は考えています。
イギリスの式
すなわち、背圧に関しては35mmHg低下するごとに馬力が1%上昇し、温度に関しては吸入絶対温度の平方根に逆比例するという実験式を採用していたようなのです。
※圧力比の補正はブースト圧一定の場合は加味する必要なし。

 『発動機馬力曲線作製法』(横須賀海軍航空隊、昭和13年5月)という資料があります。この資料は先ほど示した栄12型の図のような馬力曲線の作成法をまとめたものですが、この資料を見ると下の画像たちのように「イギリスの式」が使われていたことが分かるのです。(圧力比の補正式は前回の記事でも紹介しましたね。)
haiatsu
ondo
atsuryokuhi

 さて、先ほど私はこの式は少なくとも1930年代の間は使われていた、と述べました。その根拠についても説明します。
 以下の表は、海軍の発動機(一部例外あり)を試験日順に並べ、海軍の要目表に載っている地上馬力と高度馬力、そして「イギリスの式」を使って地上馬力から計算した高度馬力を並べたものです。そして、馬力は通常四捨五入してキリの良い数字で表されますから、計算した馬力を四捨五入して公式の高度馬力と一致すれば「〇」を、一致しなければ「×」を、あと少しで一致するものは「△」をつけています。(表はいつものように別タブでご覧ください。)
35mm修正式
 結果を見ていただくと、1934年(昭和9年)から1939年(昭和14年)までは例外なく「〇」になっています。しかしながら、40年代に入ると徐々に一致しなくなってきます。すなわち、次第に何か別の式に取って代わられたと思われます。

 ちなみに「光2型の計算高度馬力は730馬力だから、四捨五入しても740馬力にならないじゃないか」と思われる方もいるかもしれませんが、地上馬力も四捨五入されているはずなので、地上馬力を704馬力とすれば計算高度馬力は735馬力になり、これも「〇」に含めています。
 また、「△」は上記のような四捨五入計算をして1馬力足りなかったものに対しついています。当時の計算精度から、1馬力程度の誤差は生じ得たと考えて「△」としています。

「イギリスの式」の妥当性
 ここまで、高空馬力の計算は「イギリスの式」で行われ、次第に別の式に取って代わられたと思われることを説明してきました。では、どんな式がそのあと使われたのでしょうか。残念ながら、現時点ではその答えをつかむことはできていません。試しに、前回記事で紹介した永野論文の背圧修正式で計算してみたのですが、どうやら違うようです。
 しかしながら、何らかの問題があってこの「イギリスの式」は使われなくなったのは間違いないでしょう。その問題とは何だったのでしょうか。

 まず背圧の補正式に関してですが、どんな圧縮比でどんなブースト圧の発動機でも背圧が35mmHg減少する毎に1%馬力が上昇するというのはかなり乱暴な話であると言わざるを得ません。圧縮比も過給圧も小さく、馬力も500馬力程度の時代においてはこの計算式でも大きな誤差を生まなかったのかもしれませんが、1000馬力を超えるような発動機に対してはもはや不適でしょう。

 また温度の補正式についても「吸入温度=大気温度」として計算しているようですが、これは無過給発動機の話であれば分かりますが、過給機付き発動機であれば過給機出口の温度で考えなければならないと考えます。また、メタノール噴射が標準装備となりつつあった大戦後期の発動機であればその影響も無視できないはずです。
 結局のところ、この「イギリスの式」は小馬力発動機にのみ適用できる簡易的な式と見なさざるを得ないと思います。

 かといって、田中・平尾式や粟野式のような今まで発表されてきた式のどれが正しいのか判断できるような知識は私にはありませんし、ましてや自身で理論的に導出できるはずもありません。
 さしあたっては、戦後、JIS規格制定時に設定された渡部式を用いるのが一番妥当なのではないでしょうか。
渡部式
 ちなみに『航空ピストン発動機の高空性能』では上式の詳しい導出方法は省略されていますが、参考文献に挙げた英語の論文で詳しく論証されています。(ただし、論の大詰めで「1.5」という係数がどこからともなく現れるなどちょっと怪しいところもあります。)

「イギリスの式」と渡部式の比較
 最後に、それぞれ「イギリスの式」と渡部式で計算した場合、どの程度の差が出るのかを試しに確認してみてこの記事の終わりとしたいと思います。

 栄12型の性能は、はじめに馬力曲線で示したように、公称運転(+150mmHg、2500rpm)時に地上830PS、4200mで950PSとされています。
 全開高度は4200mのまま変わらないと仮定し、吸入温度=大気温度として渡部式を計算すると、なんと栄12型の高度馬力は949PSと「イギリスの式」と一致しました。
 しかしながら、上述のように吸入温度は過給機出口温度で考えるべきだと思いますので、粟野による推定式を用いて(ただし過給機圧力比補正式はイギリス式、η0ad=0.65として仮定)計算してみると、地上での吸入温度が367K(79℃)、全開高度での吸入温度が340K(52℃)となり、それを元に再計算すると、高度馬力は938PSと約10馬力少ない結果となりました。※ただし前回記事で紹介したようにR0=Rzとすれば、949PSのままとなります。

まとめ
 というわけで、今回の記事では日本軍航空発動機の高空馬力推定がどのような計算で行われていたか、そしてその式の妥当性について考えてみました。
 当初は「イギリスの式」使われ、40年代に入ると次第に他の方法に変わっていったものと推測されますが、他の方法というのがどのような式だったのかは今のところ分かりません。十分な高空試験設備や、飛行しながら測定できるトルクメーターは当時の日本では整備途上にあったかと思いますので、実測値というわけではないと思います。

 「イギリスの式」に変わる妥当な式にはどんなものがあるか、と問われれば、戦後に設定された渡部式になるかと思います。ただしこの式は、渡部氏の言うように従来の結果と合うように係数を調整した準理論式といえるものなので、どこまで信用してよいかは正直疑問が残るところではあります。

もし何かこのあたりの事情にお詳しい方がいらっしゃいましたら、ぜひコメント欄で教えていただけたらと思います。
今回もお読みいただきありがとうございました。<(_ _)>

参考文献
粟野誠一『航空発動機の性能推定法』航空研究所報告(1944)
永野治『航空発動機の性能解析と高空性能推算法』日本航空学会誌(1939)
渡部一郎『航空ピストン発動機の高空性能』日本航空学会誌(1954)
渡部一郎、渡辺剛男、安藤亨 "Derivation of Formula for the Altitude Performance Characteristics of Aviation Piston Engine fitted with Mechanically driven Supercharger"(1955)

はじめに
 かつて『〈考察⑭-2〉誉発動機搭載機の全開高度を比較する:公称高度と全開高度の差について』という記事で、地上運転の結果から計算された公称高度と、実際に規定ブースト圧に達する飛行高度とに差があることについて書きました。「公称高度」と「全開高度」の語句の定義が今になってはあまり良くなかったと思いますが、当該記事の中でその原因を、
①計算方法が間違っている
②空気吸入管・空気取入口の設計が悪い
の2つに求め、どちらも正しそうだという結論を述べました。

 ただ、その後いろいろと調べていく中で、おそらく全開高度の差の原因の大部分は説①、すなわち計算方法が正しくなかったことによるものではないかと思うようになりました。今日の記事では、なぜそう思うに至ったかを説明してみたいと思います。

計算値と実測値の乖離:金星発動機の例
 早速ですが、以下の表は金星40型~60型を装備した飛行機の、計算上の公称高度(ラム圧なし)と実飛行時におけるスロットル全開に達する飛行高度(ラム圧効果あり)の差を示したものです。
全開高度比較(金星)

 見てわかる通り、公称高度が高くなるにつれて計算値と実測値の差が大きくなっていることが分かります。金星50型の2速時に至っては、実測値が計算値を超えている例は一つもありません。ラム圧ありの実測全開高度がラム圧なしの計算値を下回るというのは普通に考えたらあり得ないことです。
 あくまでこれは極端な例であるものの、ほかの発動機においてもこのような傾向は大きく変わりません。では、この公称高度はどのように計算されたものなのでしょうか。

全開高度の計算方法
 当時の計算方法は、地上試験で過給機の圧力比を求めそれをもとに温度の低い高空での圧力比を計算していたと思われます。高空状態を再現できる実験施設があればそんなことはせずに済むのですが、どうやら当時の日本には限られた性能の高空試験設備しかなかったようで、大馬力・高公称高度の発動機の性能は計算に拠るしかなかったと考えられます。

 ところで、過給機の性能は「圧力比」で表されます。これは、過給機に取り入れられた空気と過給機から出てきた空気の圧力の比を示したもので、例えば高度5000mでの圧力比が2.0の過給機があったとしたら、その時のブースト圧は405mmHg×2.0=810mmHgすなわち+50mmHgとなります。(※ここでは吸入管内での圧力損失を考慮しないものとする)

 そして、この圧力比は理論的には吸入温度によって変化します。温度が低ければ低いほど過給機の効率が良くなり、高ければ高いほど悪化します。なので、言ってしまえば暑い日よりも寒い日のほうが全開高度は高くなるといえます。

 具体的な温度による補正式はいくつか知られています。もっとも代表的なのが、Brooksによる、
Rz/R0=1+0.00063R0^2(t0-tz)・・・(1)

というものでしょう。これは1930年代前半に発表されたかなり古い時期の式ですが、国内外で広く用いられました。
 なお、Rzはある高度z(m)での圧力比を示し、R0は地上での圧力比を示しています。同じくtzは高度z(m)での吸入空気温度(℃)を示し、t0は地上での温度を示しています。

 戦中の日本国内でもっぱら用いられたのは、海軍の永野治によって発表された、以下の式です。
永野式
主要な陸海軍の航空発動機はほとんどこの式に拠っていたはずです。(画像は論文から。添字を他と揃えるためにいじっています。)

 ところが、これらの式はまだまだ発動機の馬力も全開高度も低い時期に発表されたものであって、完全なものとは言い難かったようです。

東大航空研究所の粟野誠一によってより合理的な式として発表されたのが以下の式です。なお、Tは絶対温度(K)を示しています。

(Rz-1)/(R0-1)=T0/Tz・・・(4)

また、ロールスロイス社内では以下のような圧力比補正式が用いられていました。

Rz/R0=1+0.002(t0-tz)・・・(5)

 一方で戦時中、計算値と実測値の全開高度の差を調べるために中島飛行機や三菱重工によって行われた飛行実験によって衝撃的な結果が得られます。それが、地上で計測した圧力比と全開高度での圧力比がほとんど同一だったというものです。すなわち、

R0=Ra・・・(6)

この実験こそが、前回記事で紹介した中島飛行機の高空性能試験法の改正案のもととなったと考えられます。

 ここまで紹介した5者の補正式をグラフで表したものが以下となります。
圧力比比較
これは地上の圧力比を2.0としたときの各高度における圧力比の増加具合を表したものです。Brooks式と永野式が6000mまで同じような線を描き、粟野式とロールスロイス式が7000m付近までほとんど重なりあっていることが見て取れます。また、中島式以外が低高度ではあまり差がないことも見て取れます。こうして見ると、Brooks式と永野式は4000mを超える高度では明らかに正確性を欠き、粟野式とロールスロイス式は妥当そうな印象を受けます。

ちなみにグラフ上のダイヤマークは規定ブースト圧を+200mmHgとしたときの全開高度です。
それぞれ、
・Brooks     6185m
・永野      6215m
・粟野      6035m
・ロールスロイス 6030m
・中島      5475m
となります。

衝撃の実験データ
 ところで、上で紹介した中島と三菱の実験結果とは具体的にどういったものだったのでしょうか。その原文は未だに見つけることができていませんが、浅野彌祐「航空ピストン発動機の全開高度」『機械の研究』8巻第2号(1956)に実験結果の表が掲載されています。(著者は元中島飛行機の技師で、戦後は千葉大学工学部の教授を務めた方です。)
全開高度実験結果
個人的にはかなり衝撃的な内容となっています。(ちなみに備考欄は私が追記したものです。)
例えば栄12型の全開高度は計算では4200mでしたが実測値は3400mに、誉11型は約5700mが約4600mになっています。
 興味深いのは火星20型の結果で、2つの実測値は共に1速が1600m前後、2速が4100m前後となっています。海軍による公式スペックでは火星21型や22型の公称高度が1速2100m、2速5500mとなっていながら火星23型では1300m、4100mとなっていることは皆さんご存じかと思いますが、その公称高度の大幅な低下はこの実験結果の影響を受けたものと考えてよいのではないでしょうか。

 また、誉21型の2900RPM、+250mmHg時の全開高度も示されています。かつて私は全開高度から搭載された誉発動機の型式を推定する記事を書いたことがありますが、この実験結果を鑑みるに、いったんその説は振り出しに戻らざるをえなさそうです。

なぜ圧力比が変化しないのか?
 上記の表中に示されている実測値は、空気取入口の末端、気化器直前の壁に孔をあけ、ここから通常の機体備え付けの高度計とは別の高度計に導いてその部分の絶対圧を読みとり、それを標準大気高度で表したものです。つまり、ラム圧効果なしでの全開高度とほとんど同じと考えてよいと思います。
 浅野は「航空ピストン発動機の全開高度」内では圧力比が変化しなかった理由にまでは言及していませんが、別の論文「燃料の気化による遠心過給機圧力比の変化について」において、燃料の気化具合が原因ではないかと述べています。すなわち、低空では燃料が十分に気化するために吸入空気温度が下げられるが、高度が上がるにつれて燃料の蒸発が悪くなるため、気温低下による圧力比の上昇を打ち消しているのではないかという考えです。
 この説は吸気管内に空気しか流れない定時燃料噴射式のエンジンの圧力比の変化を調べることによって確かめられそうですが、残念ながらそういった実飛行データは残されていないようです。上記の実験データにはポート噴射式である金星62型も含まれていますが、このエンジンは水メタノール噴射が行われており、もし噴射位置が過給機の前であったとするならばこの燃料の気化と同じ理屈が適用されると思われます。

実験した発動機以外の全開高度の推定
 続いて、実際に実験した発動機以外の全開高度をどのように推定したら良いかを考えてみます。この実験では、圧力比の高度(=温度)変化による影響が無かったことが実験的に確かめられたとしています。
 そこで、当時圧力比修正の計算に使われていたのは永野式ですから、計算値の全開高度から(3)式を使って地上圧力比を求め、その地上圧力比をそのまま使用して全開高度を求める方法が使えそうです。

例えば金星50型の2速全開高度はブースト圧+200mmHgで6200mです。
つまり圧力比Rzは
Rz=960/344=2.79

となります。このRz=2.79を(3)式に代入してあげると、R0=2.46が得られます。このときの全開高度は約5300mとなりますので、推算値6200mからは900mマイナスということになりそうです。

ちなみに、この永野式を使ってRzからR0を推定する方法で今回の実験に使われた発動機のR0を求め、実測値のRzとの比を計算してグラフに表したものが以下となります。
データがかなり散ってはいますが、おおむね横ばいで、高度が上がるにつれて若干右下がり傾向かなという感じです。サンプル数が少なくデータも散っているため、あまり信用はしないでくださいね。
相関関係

「より正確な」発動機性能グラフ
 最後に、実験結果をもとにして「より正確な」発動機の性能グラフを作成して終わりにしようと思います。ここでは誉12型の全開高度を1速約2200m、2速約5300mとし、GaggとFarrarの式を用いて各高度の2900RPM、+250mmHg時の馬力性能を求めました。濃い実線がその性能です(W.P.はWarbirdPerformanceの意)。ちなみに濃い点線はフルスロットル時の全開高度以下の性能で、薄い点線は従来の推定性能(=海軍の公式スペック)です。
誉12
GaggとFarrarの式は非常にシンプルながらよく実測値と合うことが認められているので今回の計算に使用しました。機会があればこのブログでも紹介したいと思います。
詳しく知りたい方は、
Gagg, Farrar "Altitude Performance of Aircraft Engines Equipped with Gear-Driven Superchargers" SAE Journal (1934)
Pierce "Altitude and the Aircraft Engine" SAE Journal (1940)
を読んでみてください。
日本語の方がよいという方は、
浅野彌祐『アメリカの航空発動機性能曲線作製法』内燃機関(1943)
をご覧ください。

まとめ
 というわけで今回は、戦時中の日本陸海軍の航空発動機の全開高度が計算値と実測時に大きな乖離があったことについて、その原因は過給機圧力比の補正計算式に不備があったことであるという考えをご紹介しました。
 ただし、なぜ飛行試験では圧力比の変化がほとんど見られなかったかについては、まだまだ議論の余地がありそうです。例えば、吸入管内での圧力損失の影響を考えてみる必要や、燃料の気化と温度の関係について調べてみる必要がありそうです。
 また、今回はこの実験結果のみから「より正確な」全開高度を求めてみましたが、空気取入口のラム圧効率の観点からも見てみる必要があると考えています。今回は金星50型の2速全開高度を約5300mと見積もりましたが、実は最高速度時の空気取入口の効率から計算してみると、もう少し低くなって5000m弱くらいまで下がるのではないかと推測しています。この空気取入口に関する考察はまだまだ皆さんにお見せできるほどのものではありませんが、記事になっていないところでも色々考えているということで(笑)

ということで、今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
疑問やご感想などありましたら遠慮なくコメントくださいますと励みになります。
引き続きよろしくお願いいたします。<(_ _)>

参考文献
浅野彌祐『アメリカの航空発動機性能曲線作製法』内燃機関(1943)
浅野彌祐『燃料の気化による遠心過給機圧力比の変化について』日本機械学会誌(1954)
浅野彌祐『航空ピストン発動機の全開高度』機械の研究(1956)
粟野誠一『遠心型過給機圧力比の温度修正式に就て』航空研究所彙報(1941)
粟野誠一『航空発動機の性能推定法』航空研究所報告(1944)
永野治『航空発動機の性能解析と高空性能推算法』日本航空学会誌(1939)
渡部一郎『航空ピストン発動機の高空性能』日本航空学会誌(1954)
Gagg, Farrar "Altitude Performance of Aircraft Engines Equipped with Gear-Driven Superchargers" SAE Journal (1934)
Hooker, Reed, Yarker "The Performance of a Supercharged Aero Engine" (1997)
Pierce "Altitude and the Aircraft Engine" SAE Journal (1940)

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