はじめに
みなさま、こんにちは。今回の記事は趣向を変えて中華人民共和国(以下中国)が開発した第4世代戦闘機であるJ-10について紹介しようと思います。というのも、今年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻によって中国による台湾侵攻が現実的な問題であるということを再認識し、最近の私は人民解放軍空軍(以下中国空軍)についていろいろと調べてみています。まだまだ十分な情報があるとは言えない中国の軍用機について今回情報を皆さんと調べた結果を共有し、中国軍に対する適切な理解に少しでも繋がってくれれば良いなと考えています。(もし何か間違っていたら遠慮なく教えてください!!)
概要
冒頭でも説明しましたが、J-10は中国の成都飛機設計研究所が設計し、成都飛機公司が製造する第4世代戦闘機です。愛称は「猛竜(Vigorous Dragon)」で、NATOコードネームは「ファイアバード(Firebird)」とされています。クロースカップルドデルタ翼形式の単発機で、単座型だけでなく転換訓練用の複座機も用意されています。
中国はロシアのSu-27「フランカー」系統の機体を輸入・国産化していますが、双発・大型であるフランカーを補うため、ハイ・ロー・ミックス的な考え方ではローを担当するのが本機となります。J-10は、現代の戦闘機の例に漏れず空戦だけでなく対地攻撃能力も備えた多用途戦闘機で、ちょうど西側のF-16に相当する戦闘機だと考えることができます。また、中国空軍のアクロバット飛行隊である「八一飛行表演隊」の機体にも採用されており比較的露出度の高い機体ともいえます。
正確な生産数は不明ですが、令和3年版の防衛白書ではその配備数を488機と推定しており、まさしく中国空軍の主戦力といえるでしょう。
開発経緯
そもそもJ-10は、当時の主力であったJ-7戦闘機の後継機として、「10号工程」の名のもとに1986年にその開発が進められました。設計にあたったのは成都飛機設計研究所(611研究所)で、製造は成都飛機公司が担いました。
建国当初から中国の航空技術はそのほとんどをソ連からのものに頼っていましたが、60年代に入って決定的となった中ソ対立の結果、中国はアメリカをはじめとした西側諸国と接近を強め、70年代に入ると続々と西側諸国と国交を正常化しながらその最新の軍事技術の導入を図っていきました。たとえばイギリスとはロールスロイス社「スぺイ」エンジンのライセンス生産の契約を結び、J-7の改良型「スーパー7」の開発にはアメリカのグラマン社が参加することになりました。J-10に関しても西側のエンジンおよびアビオニクスの導入が考えられていました。
しかしながら、1989年に起きたかの有名な民主派虐殺事件である天安門事件の発生によって中国と西側諸国との関係は一気に悪化し、西側諸国は中国への軍事技術協力から一気に手を引きます。それによって最新のエンジン、アビオニクスの搭載等が不可能となったJ-10についても計画の実現にあたって大きな困難があったものと想像されますが、皮肉なことに関係を修復したロシア製のものを搭載することによってこの問題をクリアし、無事1997年6月2日に試作1号機がロールアウト、翌98年3月23日には初飛行に成功しています。なお、本機の設計には当時アメリカの圧力で開発中止となったイスラエルの「ラビ」戦闘機の影響を受けているともいわれています。
J-10は2003年に人民解放軍空軍に納入されて運用試験評価が行われ、04年4月13日には初期作戦能力を獲得したとされています。これによって量産が開始されましたが、この最初の本格量産型はJ-10Aと称されています。このJ-10A以降も改良は続けられており、2022年現在の最新型であるJ-10CはAESAレーダーを装備していたりHMDによってオフボアサイト機能を持っていたりとF-16Vに比肩しうる第4.5世代戦闘機へと進化しています。以下に、J-10Aの簡単な諸元を紹介しておきます。
J-10A
全長 16.43m
翼幅 9.75m
全高 5.43m
翼面積 33.1m^2
空虚重量 9,750kg
最大離陸重量 18,600kg
最大速度 M1.8
エンジン AL-31FN×1 (7,850kg/AB12,500kg)
※データには諸説あり
設計
ここでは、最初の量産型であるJ-10Aを中心にその設計を見ていくことにします。
【全体】
先に説明したように、J-10は水平尾翼を持たず、デルタ翼とカナード翼を組み合わせたクロースカップルドデルタ翼形式の航空機ですが、安定性の確保のためにベントラルフィンも2枚装備しています。
胴体設計にはブレンデッド・ウイング・ボディの概念が取り入れられており、操縦面においては意図的に緩和された安定性を4重のフライバイワイヤによる飛行制御システムで管理しています。
また、エンジンはロシア製のAL-31FNを1基搭載しており、アフターバーナー時には12,500kgの推力を発生させることができます。空気取入口は機首下面に開口しており、高迎角時でも効率的に空気を取り入れることができるようになっています。
無尾翼デルタ機はエンジン推力に劣る機体が翼面積を確保しながら高速性能を得るために採用される形式で、カナード翼は無尾翼デルタ機の欠点である離着陸性能の悪さを大幅に改善することができます。J-10のエンジン推力はF-16の搭載するF100やF110エンジンと比較しても極端な推力差はなく、両機の間には重量差もあまり無いため、翼面積の大きい分J-10の方が小回りは効くかもしれません。
【機首】
J-10Aは、国産の1473型パルスドップラーレーダーを搭載しており、その探知距離は約100km程度と推測されています。レドームは黒く塗られ、機首先端にはピトー管が備え付けられています。
下の写真は複座機のJ-10ASですが、J-10Aも機首右側に空中給油用のプローブを装備しています。これは試作型・低率初期生産型にはなかったものです。カナードは主翼よりも高い位置に重ならない形で装備されています。
コクピットはグラス化されておりHOTAS概念も採用、フライバイワイヤによる飛行制御と、十分に第4世代戦闘機の基準を満たしています。
エンジンの空気取入口はF-16と同様に機首下面に備えられていますが、その形状はF-16と異なり角型となっています。内部は二次元可変式となっており、最大速度は資料によってばらつきがあるもののM2.0前後となっています。
【主翼】
デルタ翼はその翼端がやや円く整形されており、ラファールやグリペンのような翼端ランチャーは装備できません。翼面積は33.1㎡から39.0㎡まで複数の情報が存在しており、どれが正解か確定はできない状況です。
下の写真のように前縁にはフラップが装備されており、カナード、フラッペロン(エレボン)とこの3つを組み合わせて高迎角時でも必要な運動性能を確保していると考えられます。
【尾部】
水平尾翼はありませんが、垂直尾翼およびベントラルフィンは装備されています。垂直尾翼付け根にはドラッグシュートが格納されています。
【エンジン】
ロシアのサトゥールン社製「AL-31FN」1基がJ-10の動力源となっています。AL-31シリーズはSu-27系統に採用されている大出力ターボファンエンジンで、FN型はJ-10搭載に合わせて補器類の位置が変更されています。ドライ時には7,850kg、アフターバーナー時には12,500kgの推力を発揮することができ、アメリカのF100やF110と同クラスのエンジンだといえます。
当初の計画では西側のエンジンを搭載する予定であり、さらに並行してWS-10という国産エンジンも開発されていたものの、西側との関係悪化とロシアとの関係修復の結果AL-31FNの搭載で落ち着きました。ですが、もし天安門事件がなかったとしてもアメリカが10トン級の軍用エンジンを同盟国でもない中国に供給してくれたかどうかは疑問で、結果だけで見ればこれがJ-10にとって最良な選択だったのかもしれません。
【武装】
J-10は、各主翼に3か所ずつ、胴体中心線上に1か所および胴体各側面に前後1か所ずつ(=計4か所)の総計11か所のハードポイントを持ちます。なお、J-10Aは途中から主翼中央のハードポイントにミサイルを2基搭載できる並列パイロンを装備できるようになっており、その場合のハードポイント数は13となります。
J-10Aが装備できるミサイルは、対空ミサイルに関してはイスラエルのパイソン3を国産化した短距離赤外線誘導ミサイルであるPL-8と最新のPL-10、イタリアのアスピーデを基にしたセミアクティブレーダー誘導ミサイルPL-11およびアクティブレーダー誘導ミサイルであるPL-12の4種類です。対地目標に対してはYJ-7ミサイル等が装備できるという情報があるようです。主としてミサイルは主翼ハードポイントに、増槽は主翼内側および胴体中心線上のハードポイントに搭載されます。
また、胴体側面前方のハードポイントにはKL-700A ECMポッドやK/JDC01Aレーザー目標指示ポッドが装備可能となっており、その場合は自由落下爆弾だけでなくレーザー誘導爆弾も使用可能です。もちろんロケット弾なども搭載できます。
また、固定武装としてソ連が開発した23mm機関砲であるGSh-23をインテーク下部に装備しています。
各型
★J-10/J-10S
量産前の試作型です。なおS型の「S」は双座(Shuāngzuò、複座の意)であることを意味しています。
★J-10A/J-10AS
最初の本格量産型。空中給油能力が付与され、アビオニクスが強化されたタイプで、PL-12ミサイルの搭載が可能となっています。
★J-10AH/J-10SH
人民解放軍海軍航空兵(中国海軍航空隊)向けのJ-10Aで、「H」はそのまま海(hǎi)を意味しています。
★J-10AY/J-10SY
中国空軍のアクロバット飛行隊である「八一飛行表演隊」用の機体で、スモーク発生装置等が追加されています。
★J-10B
最初の大規模な能力向上型。全体として電子戦能力を強化しつつ部分的にステルス性も向上させており、第4.5世代戦闘機にふさわしい機体に変貌しています。初号機は2008年12月に初飛行に成功していますが、完成形はあくまでJ-10Cであったようでその生産数は50機程度にとどまるものと考えられています。
主な改修点としては、レーダーをパッシブフェイズドアレイレーダーに換装し、風防の前にIRSTを追加、さらに空気取入口をDSI(Diverterless Supersonic Inlet)に変更しています。
上の写真の手前2機がJ-10B、奥の1機がJ-10ASと考えられますが、空気取入口の形状が全く異なっていることが見て取れると思います。DSIは固定式ではあるものの構造が単純(形状は複雑ですが)で軽量化でき、かつエンジンブレードを隠してくれるためステルス性の向上にも寄与します。
また、正面のレーダー反射面積を低減させるためにレーダーの取り付けに際して角度がつけられており、それに合わせて機首形状が変更されていることにも気づいてもらえるかと思います。機首のピトー管も移設されています。さらに、風防の直前にはIRSTが標準装備として追加されていることも写真から判別できます。ちなみにHUDも大型化されています。
そのほか細かい変更点を挙げれば、垂直尾翼が少し高くなり、上部には細長い長方形のものが追加されています。これは通信用およびECM用のアンテナとのことですが真偽は不明です。
加えて、カナード直前および尾部垂直尾翼付け根に涙滴型のフェアリングが追加されていますが、これはレーダー警報装置か何らかの電子対抗装置と思われます。そのほかアンテナがいくつか追加されたり形状が変更されていたりします。ちなみにベントラルフィンも大型化されています。
エンジンは改良型であるAL-31FN-M1を搭載しており、推力がやや向上したのに加えFADEC機能が追加されたものと思われます。なお試作機には国産のWS-10Aエンジンも搭載されてテストされていたようですが、量産機には採用されなかった模様です。
★J-10C
2022年現在運用中のJ-10のなかで最新のタイプがこのJ-10Cです。J-10Bの完成度を高めたともいえる本型式は、レーダーをパッシブ式のものからアクティブ式のフェイズドアレイレーダーであるKLJ-7Aに換装し、最新式のアクティブレーダー誘導ミサイルであるPL-15の搭載能力を獲得しました。
2013年12月に初飛行が行われ、2016年には中国空軍での運用が始まっています。生産数は2020年の時点で既に200機に迫っているとの報道があります(*1)。
外見上のJ-10Bとの差異は少ないですが、スパイン上の垂直尾翼付け根のやや前にPL-15ミサイルとの中間誘導データリンク用のアンテナが追加されていること、尾部にあった涙滴型のアンテナが垂直尾翼上部に移設されていることが挙げられます。
また、HMDの使用も可能で、その場合はPL-10の能力を最大限活かすことができます。
エンジンはJ-10Bから引き続いてAL-31FN-M1(-M3との情報あり)を搭載していましたが、途中生産型から国産のWS-10Bエンジンを搭載している模様です。中国は、今まで国産エンジンは双発機に限定して採用していましたが、これで単発機にも搭載されることとなり信頼性が向上していることを伺わせます。
(*1)https://www.zaobao.com.sg/realtime/china/story20200516-1053779
★J-10CE
パキスタン向けのJ-10Cです。2022年3月に初めて6機が納入され、最終的には25機を購入する予定とのことです。
しかしながら中国空軍向けのJ-10Cに付いている背部のアンテナが無くなっており、能力がダウングレードされている可能性はありそうです。ちなみに空中給油プローブもオミットされているようです。エンジンはノズルの形状からWS-10系統のものが搭載されているものと推察されます。
まとめ
J-10は、中国にとってソ連機の影響から離れて設計し、完成した初めての戦闘機といえます。その開発には紆余曲折あったものの、度重なるアップグレードを経て第4.5世代戦闘機としてじゅうぶんな能力を備えているとみなすことができるでしょう。
電子装備に関しては、正確な情報を得ることは難しく、その能力を正しく把握することはできないものの、最新のJ-10CについてはAESAレーダーを装備し、IRSTを備え、各種電子戦装備を持ち、PGMを搭載可能ということは間違いありません。
飛行性能に関しては、軽量な機体に大推力のエンジンを搭載しており、翼面積も大きいことから決して侮れないものを持っていることと思います。
もしJ-10の欠点を挙げるとするならば、単発機故の航続力の短さや、そのために増槽にハードポイントを取られてしまうこと、またステルス性能の不足があるかもしれませんが、あくまで本機は補助的な役割の戦闘機であって上記の欠点はフランカー系統の機体やJ-20でじゅうぶんにカバーし得る問題です。
J-10は中国空軍の「量」はもちろん「質」の部分もしっかりと担保し得る非常に優秀な補助戦闘機であるとみなすことができるでしょう。
※今回の記事に使用した写真は出典の明記が無い限りはwikipediaの著作権フリーのものおよび中国国防部ウェブサイト(http://www.mod.gov.cn/)より引用しています。
みなさま、こんにちは。今回の記事は趣向を変えて中華人民共和国(以下中国)が開発した第4世代戦闘機であるJ-10について紹介しようと思います。というのも、今年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻によって中国による台湾侵攻が現実的な問題であるということを再認識し、最近の私は人民解放軍空軍(以下中国空軍)についていろいろと調べてみています。まだまだ十分な情報があるとは言えない中国の軍用機について今回情報を皆さんと調べた結果を共有し、中国軍に対する適切な理解に少しでも繋がってくれれば良いなと考えています。(もし何か間違っていたら遠慮なく教えてください!!)
概要
冒頭でも説明しましたが、J-10は中国の成都飛機設計研究所が設計し、成都飛機公司が製造する第4世代戦闘機です。愛称は「猛竜(Vigorous Dragon)」で、NATOコードネームは「ファイアバード(Firebird)」とされています。クロースカップルドデルタ翼形式の単発機で、単座型だけでなく転換訓練用の複座機も用意されています。
中国はロシアのSu-27「フランカー」系統の機体を輸入・国産化していますが、双発・大型であるフランカーを補うため、ハイ・ロー・ミックス的な考え方ではローを担当するのが本機となります。J-10は、現代の戦闘機の例に漏れず空戦だけでなく対地攻撃能力も備えた多用途戦闘機で、ちょうど西側のF-16に相当する戦闘機だと考えることができます。また、中国空軍のアクロバット飛行隊である「八一飛行表演隊」の機体にも採用されており比較的露出度の高い機体ともいえます。
正確な生産数は不明ですが、令和3年版の防衛白書ではその配備数を488機と推定しており、まさしく中国空軍の主戦力といえるでしょう。
開発経緯
そもそもJ-10は、当時の主力であったJ-7戦闘機の後継機として、「10号工程」の名のもとに1986年にその開発が進められました。設計にあたったのは成都飛機設計研究所(611研究所)で、製造は成都飛機公司が担いました。
建国当初から中国の航空技術はそのほとんどをソ連からのものに頼っていましたが、60年代に入って決定的となった中ソ対立の結果、中国はアメリカをはじめとした西側諸国と接近を強め、70年代に入ると続々と西側諸国と国交を正常化しながらその最新の軍事技術の導入を図っていきました。たとえばイギリスとはロールスロイス社「スぺイ」エンジンのライセンス生産の契約を結び、J-7の改良型「スーパー7」の開発にはアメリカのグラマン社が参加することになりました。J-10に関しても西側のエンジンおよびアビオニクスの導入が考えられていました。
しかしながら、1989年に起きたかの有名な民主派虐殺事件である天安門事件の発生によって中国と西側諸国との関係は一気に悪化し、西側諸国は中国への軍事技術協力から一気に手を引きます。それによって最新のエンジン、アビオニクスの搭載等が不可能となったJ-10についても計画の実現にあたって大きな困難があったものと想像されますが、皮肉なことに関係を修復したロシア製のものを搭載することによってこの問題をクリアし、無事1997年6月2日に試作1号機がロールアウト、翌98年3月23日には初飛行に成功しています。なお、本機の設計には当時アメリカの圧力で開発中止となったイスラエルの「ラビ」戦闘機の影響を受けているともいわれています。
J-10は2003年に人民解放軍空軍に納入されて運用試験評価が行われ、04年4月13日には初期作戦能力を獲得したとされています。これによって量産が開始されましたが、この最初の本格量産型はJ-10Aと称されています。このJ-10A以降も改良は続けられており、2022年現在の最新型であるJ-10CはAESAレーダーを装備していたりHMDによってオフボアサイト機能を持っていたりとF-16Vに比肩しうる第4.5世代戦闘機へと進化しています。以下に、J-10Aの簡単な諸元を紹介しておきます。
J-10A
全長 16.43m
翼幅 9.75m
全高 5.43m
翼面積 33.1m^2
空虚重量 9,750kg
最大離陸重量 18,600kg
最大速度 M1.8
エンジン AL-31FN×1 (7,850kg/AB12,500kg)
※データには諸説あり
設計
ここでは、最初の量産型であるJ-10Aを中心にその設計を見ていくことにします。
【全体】
先に説明したように、J-10は水平尾翼を持たず、デルタ翼とカナード翼を組み合わせたクロースカップルドデルタ翼形式の航空機ですが、安定性の確保のためにベントラルフィンも2枚装備しています。
胴体設計にはブレンデッド・ウイング・ボディの概念が取り入れられており、操縦面においては意図的に緩和された安定性を4重のフライバイワイヤによる飛行制御システムで管理しています。
また、エンジンはロシア製のAL-31FNを1基搭載しており、アフターバーナー時には12,500kgの推力を発生させることができます。空気取入口は機首下面に開口しており、高迎角時でも効率的に空気を取り入れることができるようになっています。
無尾翼デルタ機はエンジン推力に劣る機体が翼面積を確保しながら高速性能を得るために採用される形式で、カナード翼は無尾翼デルタ機の欠点である離着陸性能の悪さを大幅に改善することができます。J-10のエンジン推力はF-16の搭載するF100やF110エンジンと比較しても極端な推力差はなく、両機の間には重量差もあまり無いため、翼面積の大きい分J-10の方が小回りは効くかもしれません。
【機首】
J-10Aは、国産の1473型パルスドップラーレーダーを搭載しており、その探知距離は約100km程度と推測されています。レドームは黒く塗られ、機首先端にはピトー管が備え付けられています。
下の写真は複座機のJ-10ASですが、J-10Aも機首右側に空中給油用のプローブを装備しています。これは試作型・低率初期生産型にはなかったものです。カナードは主翼よりも高い位置に重ならない形で装備されています。
コクピットはグラス化されておりHOTAS概念も採用、フライバイワイヤによる飛行制御と、十分に第4世代戦闘機の基準を満たしています。
エンジンの空気取入口はF-16と同様に機首下面に備えられていますが、その形状はF-16と異なり角型となっています。内部は二次元可変式となっており、最大速度は資料によってばらつきがあるもののM2.0前後となっています。
【主翼】
デルタ翼はその翼端がやや円く整形されており、ラファールやグリペンのような翼端ランチャーは装備できません。翼面積は33.1㎡から39.0㎡まで複数の情報が存在しており、どれが正解か確定はできない状況です。
下の写真のように前縁にはフラップが装備されており、カナード、フラッペロン(エレボン)とこの3つを組み合わせて高迎角時でも必要な運動性能を確保していると考えられます。
【尾部】
水平尾翼はありませんが、垂直尾翼およびベントラルフィンは装備されています。垂直尾翼付け根にはドラッグシュートが格納されています。
【エンジン】
ロシアのサトゥールン社製「AL-31FN」1基がJ-10の動力源となっています。AL-31シリーズはSu-27系統に採用されている大出力ターボファンエンジンで、FN型はJ-10搭載に合わせて補器類の位置が変更されています。ドライ時には7,850kg、アフターバーナー時には12,500kgの推力を発揮することができ、アメリカのF100やF110と同クラスのエンジンだといえます。
当初の計画では西側のエンジンを搭載する予定であり、さらに並行してWS-10という国産エンジンも開発されていたものの、西側との関係悪化とロシアとの関係修復の結果AL-31FNの搭載で落ち着きました。ですが、もし天安門事件がなかったとしてもアメリカが10トン級の軍用エンジンを同盟国でもない中国に供給してくれたかどうかは疑問で、結果だけで見ればこれがJ-10にとって最良な選択だったのかもしれません。
【武装】
J-10は、各主翼に3か所ずつ、胴体中心線上に1か所および胴体各側面に前後1か所ずつ(=計4か所)の総計11か所のハードポイントを持ちます。なお、J-10Aは途中から主翼中央のハードポイントにミサイルを2基搭載できる並列パイロンを装備できるようになっており、その場合のハードポイント数は13となります。
J-10Aが装備できるミサイルは、対空ミサイルに関してはイスラエルのパイソン3を国産化した短距離赤外線誘導ミサイルであるPL-8と最新のPL-10、イタリアのアスピーデを基にしたセミアクティブレーダー誘導ミサイルPL-11およびアクティブレーダー誘導ミサイルであるPL-12の4種類です。対地目標に対してはYJ-7ミサイル等が装備できるという情報があるようです。主としてミサイルは主翼ハードポイントに、増槽は主翼内側および胴体中心線上のハードポイントに搭載されます。
また、胴体側面前方のハードポイントにはKL-700A ECMポッドやK/JDC01Aレーザー目標指示ポッドが装備可能となっており、その場合は自由落下爆弾だけでなくレーザー誘導爆弾も使用可能です。もちろんロケット弾なども搭載できます。
また、固定武装としてソ連が開発した23mm機関砲であるGSh-23をインテーク下部に装備しています。
各型
★J-10/J-10S
量産前の試作型です。なおS型の「S」は双座(Shuāngzuò、複座の意)であることを意味しています。
★J-10A/J-10AS
最初の本格量産型。空中給油能力が付与され、アビオニクスが強化されたタイプで、PL-12ミサイルの搭載が可能となっています。
★J-10AH/J-10SH
人民解放軍海軍航空兵(中国海軍航空隊)向けのJ-10Aで、「H」はそのまま海(hǎi)を意味しています。
★J-10AY/J-10SY
中国空軍のアクロバット飛行隊である「八一飛行表演隊」用の機体で、スモーク発生装置等が追加されています。
★J-10B
最初の大規模な能力向上型。全体として電子戦能力を強化しつつ部分的にステルス性も向上させており、第4.5世代戦闘機にふさわしい機体に変貌しています。初号機は2008年12月に初飛行に成功していますが、完成形はあくまでJ-10Cであったようでその生産数は50機程度にとどまるものと考えられています。
主な改修点としては、レーダーをパッシブフェイズドアレイレーダーに換装し、風防の前にIRSTを追加、さらに空気取入口をDSI(Diverterless Supersonic Inlet)に変更しています。
上の写真の手前2機がJ-10B、奥の1機がJ-10ASと考えられますが、空気取入口の形状が全く異なっていることが見て取れると思います。DSIは固定式ではあるものの構造が単純(形状は複雑ですが)で軽量化でき、かつエンジンブレードを隠してくれるためステルス性の向上にも寄与します。
また、正面のレーダー反射面積を低減させるためにレーダーの取り付けに際して角度がつけられており、それに合わせて機首形状が変更されていることにも気づいてもらえるかと思います。機首のピトー管も移設されています。さらに、風防の直前にはIRSTが標準装備として追加されていることも写真から判別できます。ちなみにHUDも大型化されています。
そのほか細かい変更点を挙げれば、垂直尾翼が少し高くなり、上部には細長い長方形のものが追加されています。これは通信用およびECM用のアンテナとのことですが真偽は不明です。
加えて、カナード直前および尾部垂直尾翼付け根に涙滴型のフェアリングが追加されていますが、これはレーダー警報装置か何らかの電子対抗装置と思われます。そのほかアンテナがいくつか追加されたり形状が変更されていたりします。ちなみにベントラルフィンも大型化されています。
エンジンは改良型であるAL-31FN-M1を搭載しており、推力がやや向上したのに加えFADEC機能が追加されたものと思われます。なお試作機には国産のWS-10Aエンジンも搭載されてテストされていたようですが、量産機には採用されなかった模様です。
★J-10C
2022年現在運用中のJ-10のなかで最新のタイプがこのJ-10Cです。J-10Bの完成度を高めたともいえる本型式は、レーダーをパッシブ式のものからアクティブ式のフェイズドアレイレーダーであるKLJ-7Aに換装し、最新式のアクティブレーダー誘導ミサイルであるPL-15の搭載能力を獲得しました。
2013年12月に初飛行が行われ、2016年には中国空軍での運用が始まっています。生産数は2020年の時点で既に200機に迫っているとの報道があります(*1)。
外見上のJ-10Bとの差異は少ないですが、スパイン上の垂直尾翼付け根のやや前にPL-15ミサイルとの中間誘導データリンク用のアンテナが追加されていること、尾部にあった涙滴型のアンテナが垂直尾翼上部に移設されていることが挙げられます。
また、HMDの使用も可能で、その場合はPL-10の能力を最大限活かすことができます。
エンジンはJ-10Bから引き続いてAL-31FN-M1(-M3との情報あり)を搭載していましたが、途中生産型から国産のWS-10Bエンジンを搭載している模様です。中国は、今まで国産エンジンは双発機に限定して採用していましたが、これで単発機にも搭載されることとなり信頼性が向上していることを伺わせます。
(*1)https://www.zaobao.com.sg/realtime/china/story20200516-1053779
★J-10CE
パキスタン向けのJ-10Cです。2022年3月に初めて6機が納入され、最終的には25機を購入する予定とのことです。
しかしながら中国空軍向けのJ-10Cに付いている背部のアンテナが無くなっており、能力がダウングレードされている可能性はありそうです。ちなみに空中給油プローブもオミットされているようです。エンジンはノズルの形状からWS-10系統のものが搭載されているものと推察されます。
出典:https://timesofislamabad.com/13-Mar-2022/pakistan-s-new-j-10ce-fighters-outclass-us-f-16-and-indian-rafales-report
まとめ
J-10は、中国にとってソ連機の影響から離れて設計し、完成した初めての戦闘機といえます。その開発には紆余曲折あったものの、度重なるアップグレードを経て第4.5世代戦闘機としてじゅうぶんな能力を備えているとみなすことができるでしょう。
電子装備に関しては、正確な情報を得ることは難しく、その能力を正しく把握することはできないものの、最新のJ-10CについてはAESAレーダーを装備し、IRSTを備え、各種電子戦装備を持ち、PGMを搭載可能ということは間違いありません。
飛行性能に関しては、軽量な機体に大推力のエンジンを搭載しており、翼面積も大きいことから決して侮れないものを持っていることと思います。
もしJ-10の欠点を挙げるとするならば、単発機故の航続力の短さや、そのために増槽にハードポイントを取られてしまうこと、またステルス性能の不足があるかもしれませんが、あくまで本機は補助的な役割の戦闘機であって上記の欠点はフランカー系統の機体やJ-20でじゅうぶんにカバーし得る問題です。
J-10は中国空軍の「量」はもちろん「質」の部分もしっかりと担保し得る非常に優秀な補助戦闘機であるとみなすことができるでしょう。
※今回の記事に使用した写真は出典の明記が無い限りはwikipediaの著作権フリーのものおよび中国国防部ウェブサイト(http://www.mod.gov.cn/)より引用しています。