栄21型の圧縮比は「7.2」?
 誉エンジンの圧縮比について色々と考えを巡らせているなかで、同じボア×ストロークを持つ栄エンジンについても色々と調べていました。すると、不思議なことに栄21型の圧縮比の情報が意外とあやふやなことに気づきました。ネットで検索してみると、大概のサイトが栄21型の圧縮比を「7.2」としていますが、それって本当なのでしょうか?

 実のところ、私の知る限り戦時中の一次資料は全て栄21型の圧縮比を「7.0」としています。公式の要目表でも、零戦の取扱説明書でも、操縦参考書でも何を見ても「7.0」なのです。ついでに言えば陸軍版のハ115においても、取説をはじめどの資料を見ても同じく「7.0」となっています。

 それでは、この「7.2」という数字の出どころは一体どこなのでしょうか。色々な資料を見てみると、『中島飛行機エンジン史』にたどり着きました。同書の巻末の一覧表を確認すると、なんと栄21型の圧縮比が「7.2」となっているのです。しかしながら、この表は結構乱暴な表で、栄10型の圧縮比が「6.7」であるべきところも同様に「7.2」と記載しているのです。ちなみに、もしかしたらこの表の元になったかもしれない、中島飛行機が終戦後に占領軍に提出したデータが国会図書館デジタルライブラリーで閲覧できます。しかしながら、戦時中の一次資料と比較して考えると、残念ながら、少し信用度の落ちるデータだと感じています。

 結局のところ、栄21型の圧縮比は「7.0」と考えるのが妥当だろうと思います。でも、今回の記事はこれで終わりではありません。まだ続きがあります。誉の圧縮比です。

誉10型、20型の圧縮比は???
 誉10型の圧縮比は、当時の海軍の一次資料でも中島の資料でも「7.0」となっています。栄エンジンと同じボア・ストロークを採用しているわけですから、まず10型では圧縮比も実績のある「7.0」を踏襲したというのはあり得る話です。一方で、戦中の一次資料では誉21型の圧縮比は「8.0」となっています。ただ量産型のエンジンは高圧縮に耐えられず、圧縮比を落としたという話も伝わっています。事実、中島の資料では21型も「7.0」との記載となっています。果たして何が本当なのでしょうか。

 その謎を解くために、まずは取扱説明書にあたってみようと思います。日本航空協会のHPでPDFで公開されており、復刻版も書籍で出版されていますから、一次資料の中では比較的目にしたことのある方も多いと思います。取扱説明書内では10型も21型も圧縮比の値を明言してはいないのですが、誉21型のピストンについて、以下の画像のような説明がなされています。
誉21取説第三節
 つまり、上死点および下死点が3mm上へ持ち上がり、その分燃焼室の容積*が小さくなったことを意味します。
※厳密に言うとピストンが上死点に達した時の内燃室の最小容積。念のため。

 それでは、誉10型の圧縮比が「7.0」というのが正しいものと仮定して、ピストン頂部までの高さを3mm底上げした場合の圧縮比はどの程度になるのか、一度計算してみましょう。

圧縮比(CR)は、燃焼室容積(A)とシリンダー容積(B)の和を燃焼室容積で割ったものです。
すなわち、
CR=(A+B)/A・・・①
で表すことができます。
まずは、圧縮比「7.0」時の燃焼室容積A(立方ミリメートル)を求めてみます。
当然ながら、
CR=7・・・②
誉はボアが130mm、ストロークは150mmですから、
B=65^2×π×150・・・③
①の式を変形して計算しやすくすると、
A=B/(CR-1)・・・④
④に②、③を代入して、
A=65^2×π×150/(7-1)
を電卓に計算してもらうと、
A=331830.724・・・⑤
が得られました。
一方で誉21型では3mmの底上げがあったということは、
65^2×π×3=39819.687・・・⑥
底上げ分の体積である⑥を⑤から引いてあげると、3mm底上げ後の燃焼室容積(A')が出ます。
A'=292011.037
この結果を受けて、改めて圧縮比(CR')の計算を行うと、
CR'=(A'+B)/A'
CR'=7.818
ということで、3mmの底上げをおこなっても圧縮比は「7.8」にしかなりませんでした。
となると、実は誉21型の圧縮比は実は「7.8」だったのでしょうか?

 ここで私はふとある記述を思い出しました。米軍が鹵獲した誉21型の圧縮比は、実測値で「7.17」であったと。鹵獲された誉は量産型ですから、なるほど圧縮比も「8.0」から抑えられていそうです。そして、誉の圧縮比を手っ取り早く下げる方法は、ガリガリ内側を削るのではなくて、誉21型で3mm底上げされたピストンを10型仕様のものに戻すことではないでしょうか。
 となると、燃焼室の形状が誉10型と21型では異なっており、「誉10型の燃焼室形状」+「誉10型のピストン」で圧縮比7.0を、「誉21型の燃焼室形状」+「底上げ3mmのピストン」で圧縮比「8.0」を実現しているのではないかと考えました。そして「誉21型の燃焼室形状」+「誉10型のピストン」で圧縮比を下げ「7.17」としたのが誉21型量産品ではないでしょうか。

 この仮説に基づいて、再度計算をしてみます。
圧縮比が「7.17」で、ボア×シリンダーが130×150mmとすれば、燃焼室容積をX、シリンダー容積をYと置くと、
X=(65^2×π×150)/(7.17-1)
X=322687.900・・・⑦
そして⑦から⑥を引いて、「誉21型の燃焼室形状」かつ「底上げ3mmのピストン」時の燃焼室容積X'を求めると、
X'=282868.213
となりました。
これをもとに再度圧縮比(cr)の計算を行うと、
cr=(X'+Y)/X'
cr=8.038
となり、見事圧縮比「8.0」を得ることが出来ました。

 ところで、「7.17」ってどこかで見たような気がしませんか?そうです。栄21型の圧縮比とされていた「7.2」に非常に近い数字なのです。もしかしたら、誉21型の圧縮比制限後の数値が戦後、機密書類焼却後の中島社内に残っており、占領軍に提出する資料を作成する中で栄21型の圧縮比と混同されたのか、はたまた生産の合理化のために後期型の栄エンジンは誉と共通の圧縮比「7.2」とされていたのでしょうか。

一旦まとめると、私の仮説では以下の表のようになるかと思います。
誉圧縮比表仮説

 さて、本仮説を立証するためには、なるべく製造時期の判明している栄・誉エンジンをかき集めて実際に燃焼室容積を計測してみる必要があります。
 具体的には、⑤から⑦を引いた9142.823立方mmの差を持つ二種類の燃焼室形状に区分できると仮説は立証されたことになるのですが、、、と、ここまで書いて私の今回の考察は終わらざるを得ません。
 なぜなら、そんなことを実際にやれるはずがないからです。ですから、これは一生仮説のままで終わりそうです。

まとめ
 長くなってしまいましたが、今回のまとめです。栄21型の圧縮比は戦中の一次資料を見る限り、「7.0」と考えるのが妥当なようです。戦後の出版物やインターネットサイトは大概「7.2」としていますが、中島の資料が基になっていると思われます。それかいつの間に誰かが実測したんでしょうか?それを私が知らないだけなのかも。

 一方で誉エンジンの圧縮比は一次資料を確認すると10型が「7.0」、21型は「8.0」となっていますが、誉21型の量産型については米軍による実測値も考慮すると「7.2」程度だったのではないかと思われます。そのうえで、燃焼室の形状やピストンには10型用のものと21型用のものが存在していたのではないかと考えていますが、実際に計測をしたわけではないため、仮説の域を出ません。なにかご存じの情報がありましたら、どなたか是非とも教えてください。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければご意見ご感想お待ちしております。