はじめに
 前回の続きということで、今回は零戦32型/22型(A6M3)の性能について考えていこうと思います。まずは簡単に32型と22型とはどんな機体だったのかを振り返ります。

 零式艦上戦闘機32型は、命名規則の変わる前は零式2号艦上戦闘機、通称「2号零戦」とも呼ばれた零戦21型の後継機です。エンジンは過給機を1段1速式の栄12型から1段2速式の栄21型に換装し、高高度性能が大きく向上。装弾数の少なさが弱点だった20mm機関銃は1門あたり60発から100発に増やされました。それに何と言っても一番の特徴は翼端をスパッと切り取って翼幅を12mから11mに縮めたことでしょう。これは①折り畳み翼を廃止して工作の簡便化を図る②横転性能の向上を図る③弾倉の大型化によって増えた空気抵抗の相殺を図る等の狙いがあったようです。
 これらの改造の結果、多少旋回性能の低下はありましたが全般的に大きく性能が向上しました。但しひとつだけ大きく性能を落としたものがありました。航続性能です。エンジンの換装によって胴体内の燃料タンク容量が減ったのに加え燃費も悪化したため、航続距離が21型の6割程度にまで落ちてしまったのです。丁度戦局はガダルカナル攻防戦の時期で、これが大変な問題となりました。

 零戦22型は、そういった状況下で急遽開発された機体です。航続力回復のために翼内に補助燃料タンクを増設。それによって重量が増加したため、折り畳み式12m翼幅の主翼を復活させました。32型も22型もどちらもA6M3の略符号が与えられており、区別はされていません。

 細かい変更点はもっとありますが、主要なものはこれぐらいかと思います。では、本題の性能についてみていきましょう!

32型=545km/h、22型541km/hは本当か?
 いろんな書籍を見ると32型は高度6000mで294kt(545km/h)、22型は同高度で292kt(541km/h)が最高速度だと書いてあります。普通は「なるほど。32型のほうが主翼が短い分空気抵抗が少ないのでちょっぴり速いんだな」と思いますよね。でもその推理は間違っているかもしれません。
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 上に貼ったのは堀越・奥宮共著『零戦』の昭和28年版です。おそらく色々な出版物のベースになっている資料だと思います。確かに速度性能は32型が294kt、22型が292ktになっているのですが、注目してほしいのは32型の下の方にある註です。「性能は翼幅12米のもの」て書いてあるんですよね。ということは294ktも292ktもどちらも22型の性能ってことになります。これは一体どういうことなのでしょうか。ちなみにこの表記は以下のように版が変わっても残っていますから誤植ではなさそうです。
sonorama

プロトタイプたちの性能
 本当の性能はどんなものだったのでしょう。それを探るために、開発当初にさかのぼってみます。
 零戦21型445号機は翼端を32型のように切断・角型に整形されて試験が行われました。結果は以下の通りです。
   全速  291.5kt(540km/h)@4550m
   上昇  6000mまで7'38"
   出典  杉田親美著『三菱海軍戦闘機設計の真実』国書刊行会
 零戦21型に比べ、予想通り10km/hほど速くなっています。一方で上昇性能はやや下がりました。重量に差がないのなら、翼面積が大きい方が定常上昇には有利です。

 一方で、零戦32型の試験機として、栄21型エンジンを搭載し21型と同様の主翼を使ったものの性能も残されています。以下に紹介すると、
   速度  291.5kt(540km/h)@6000m
   上昇  6000mまで6'47"
   出典  webサイト『零戦再考』(URL:http://www.warbirds.jp/truth/zeke.html)
 奇しくも最高速度は540km/hとエンジン換装前と比べて約10km/hの向上となりました。さらに上昇性能も大きく向上しています。

 まとめると、翼端切断で+10km/h、エンジン換装で+10km/hのスピードアップです。栄21型搭載試験機には主翼下面の弾倉バルジがあったかどうかは分かりませんが、32型は21型に比べて15~20km/h程度の速度向上があるのは間違いないように思えます。

海軍の測定性能
 では、海軍の公式な性能値はどれほどだったのでしょうか?実は資料によってかなりバラバラです。それに32型と22型をはっきり区別しているわけでもなさそうで、どっちの主翼タイプで計測したのか判断がつきません。それでもなんとか分類してみると、
           32型            22型
 最高速度  280kt(519km/h)@3450m   281kt(520km/h)@3250m
       290kt(537km/h)@6150m   292kt(541km/h)@5900m
 上昇時間   3000mまで 3'13"
        4000mまで 4'12"                  4000mまで 4'31"
        5000mまで 5'27"                  5000mまで 5'59"
        6000mまで 7'05"                  6000mまで 7'19"
というようになります。なんと32型の方が遅いということになります。但し、栄21型エンジンには当初かなり取り扱いに苦労したようで、32型試作機の中には高度5645mで286kt(530km/h)というちょっと残念な性能値も残されています。32型の生産が始まってからもエンジン問題は続いていたようですが、最終的に解決に至ったようですので、22型の方が優速なのはエンジンの取り扱いに慣熟したからと見ると納得できるのではないでしょうか。
 ちなみに上で貼った『零戦』のスキャンの32型の上昇時間が7'19"になっていたかと思いますが、これで分かる通り22型の性能ですね。

まとめ
 今回はまとめるのが難しいですが、少なくとも言えるのは、栄21型搭載の零戦は高度6000m付近で540km/h前後を発揮できたのは間違いありません。そして発動機の扱いが安定して以降は22型の主翼で540km/h程度が出せていますので、32型が545km/hを発揮しても何ら不思議はありません。そして『零戦』で書かれている通り12m幅の主翼で545km/hが発揮できるのならば11m幅の32型は550km/h近く出せても全くおかしくないことになりますし、私は実際に出していたと考えます。これは52型初期型の集合排気管装備機の性能から類推することができるのですが、それは次回にしたいと思います。