はじめに
これまで考察⑳では発動機の全開高度の計算に問題があったことを、考察㉑では高度馬力の計算手法の妥当性についてを考えてきました。その結果、日本軍航空発動機の公式の高空性能をそのまま信用するには疑問があることを示すことができたと考えています。
今回の記事は、この2つの考察の集大成として、なぜ航空機の最高速度計算が、一時は実測値と良く合うようになりながらも次第に全く合わなくなっていったのかを、発動機馬力の観点から考えてみたいと思います。
それでは早速スタートです!!
当時の計算手法
基本的に、①機体の抵抗、②発動機馬力、③プロペラ効率が正確に見積もられていれば、航空機の各種性能はかなり高い精度をもって計算することができます。しかしながら、皆さんもご存じかと思いますが、日本軍航空機では最高速度の実測値が計算値と合わないことが次第に問題となっていきました。例えば、雷電21型は火星23型で349ktとの推算がありますが、実態は322ktに過ぎません。これには様々な要因が考えられましたが、「発動機の馬力が出ていない」というのも原因のひとつとして疑われていました。また、烈風の試作においても堀越技師が誉の馬力低下を強く主張し、その結果、烈風改の計画説明書では「発動機が額面通りの性能を発揮できるか疑わしい」として、額面通りの馬力とした場合の性能推算値に加えて、馬力低下を見越した予想値を並べるまでの事態になっています。こういったように、特に大戦後期においては発動機馬力が額面通りでないよいうのは半ば周知の事実であったように思われます。
いっぽうで開戦前の航空機の性能は、96式陸攻を設計した本庄季郎氏など、計算値と実測値が比較的よく合っていたとの回想が残されています。
なぜ、次第に実測値と計算値が合わなくなっていったのでしょうか。それには、発動機の工作精度の低下による馬力の減少や、空気取入口の設計が悪いことによる吸気抵抗の増加などが指摘されてきました。機体の抵抗やプロペラ効率の算定が甘かったともいわれます。しかしながら私は、確かにそういった要因もあるでしょうが、そもそも当時の計算に用いられた馬力性能の前提が間違っていたという側面が大きいのではと考えています。
当時の性能計算書や要目表の推算性能値を見る限り、最高速度の計算にはラム圧を考慮していない発動機馬力性能が用いられていたとみて間違いなさそうです。つまり、たとえば栄12型の公式性能は高度4200mで950馬力となっていますが、その発動機を搭載した航空機の最高速度は高度4200mで950馬力を出している前提で計算されていたということなのです。
いや、それは当たり前じゃないか?と思う人も多いかと思いますが、それでは正確な性能の計算はできないのです。
ラム圧の影響
そもそもラム圧とはなんなのでしょう。グーグル先生によるとラム圧とは「車両や航空機が高速で移動する際に、前方の流体(主に空気)が運動エネルギーを失うことで生じる圧力上昇のこと」を指します。皆さんが走行中の自動車に乗っているとして、窓から手を出すと風圧を感じると思います。そして、車の速度が上がれば上がるほどその風圧は大きくなるはずです。飛行機も同じで、速度が大きくなれば大きくなるほど空気取入口に取り込まれる空気の圧力は大きくなっていきます。このラム圧の効果は、性能に良い面もあれば悪い面もあります。
1. 全開高度の上昇
ラム圧効果による恩恵は、全開高度の上昇です。もしあるエンジンの全開高度がラム圧なしで3000mだったとした場合、ラム圧効果で500m分の空気圧力の上昇があれば全開高度は3500mになります。前回記事で書いたように、航空ピストン発動機はブースト圧一定であれば高度が上がれば上がるほど馬力も増していきますので、全開高度の上昇は大きなメリットとなります。
ラム圧は空気力ですので、その圧力上昇分Δpは一般的に、
ロールスロイスでは、この①の式に空気圧縮性を加味したうえで、実際に利用可能なラム圧はよく設計された空気取入口であればその効率は80%に達するとして、
上記の式は圧力の上昇分を求めた式ですが、一方でドイツのK.Kollmanは全開高度の上昇分ΔZを求める以下の式を与えています。
たとえば、速度が500km/hで空気取入口効率を80%とすれば、全開高度増加分ΔZは、
長々と話しましたが、このようにラム圧効果を考慮しないで性能計算をしても正確な数字にはならなさそうだということが分かってもらえたのではないでしょうか。
2. 吸気温度の上昇
いっぽうで、ラム圧のマイナスの影響は吸気温度の上昇です。こちらも前回記事で述べたように吸気温度の変化は馬力性能に影響を与えます。そして、ラム圧効果に依る空気圧の上昇は空気の圧縮を伴うため、必然的に吸気温度の上昇を招きます。
吸気温度の上昇は、ラム圧なしのときの全開高度の大気圧とラム圧ありの時の全開高度との大気圧の差をもとに計算するのが最も正確ですが面倒です。
ロールスロイスでは以下のような簡易的な推定式を使って温度上昇分Δtを求めていたようです。
たとえば、時速500km/h時の吸気管内の温度上昇は、
となり、10℃弱の温度上昇と推定することが可能です。
10℃弱の温度上昇となると、軍用機に使用されるような大馬力発動機においては決して無視できない馬力差を生じるとみて良いでしょう。
吸気運動量抵抗の影響
ここまではラム圧の発動機性能に対する影響を見てきましたが、もうひとつ発動機馬力に影響のあるもので、性能計算時に考慮されていなかったのでは?と考えられるものがあります。それが吸気運動量抵抗です。
私は物理学は高校1年生以来なので詳しく説明してと言われても困るのですが、粟野やロールスロイスが言うには、吸気を機速まで加速させる際のMomentumも考えなければならないのだそうです。(ここで言っているのは冷却空気が空冷発動機の冷却フィンや液冷発動機のラジエーターを通過するために発生する抵抗ではない。26/1/27追記)
この場合の吸入空気抵抗Siは、以下の式によって求めることができます。
これを馬力に直せば、
この吸気運動量抵抗は、従来であれば機体抵抗もしくは冷却抵抗のうちに含まれていたと考えられます。しかしながら、大馬力発動機になればなるほどこの抵抗は大きくなるため、機体抵抗に含めるにはふさわしくないでしょう。(※ロールスロイスの式は省略)
実例検証:二式戦闘機一型を例に
それでは、ここまでの議論の妥当性を、実際の戦闘機の性能を例に挙げながら検証してみたいと思います。
ここでは、キ-44I、二式戦闘機一型のデータを用います。本機の性能計算書はまだ未見ではありますが、木村技術少佐のノートに部分的な情報が残っています。
これによると、
続いて、ラム圧の影響を考えます。実測値データより3870m-3315m=555mがラム圧による全開高度上昇分と考えられます。(ちなみに、③の式を用いて空気取入口効率を求めると、41.4%となります。)
海面高度上での速度を495km/h、高度3870mでの速度を583km/hとすると、⑤式より吸入温度の上昇はそれぞれ9.5℃と13.1℃となります。考察㉑では温度に関して、発動機馬力は吸入絶対温度の平方根に逆比例することを紹介しました。そこで海面高度と3870mの時の馬力をそれぞれ計算してみると、
・海面高度時:1120*√(288/(288+9.5)=1102馬力
・3870m時:1270*√(263/(263+13.1)=1239馬力
すなわち、20~30馬力の馬力低下が起こっていることが分かります。
(※3870m時の計算に使っている1270馬力はラム圧で全開高度が上がりながらも吸気温度は変わっていないときの数字。)
この結果をグラフに表すと以下のようになります。(なお、全開高度以上は適当です。)
続けて吸気運動量抵抗を考えます。
粟野式を用いて空気流量を計算し、海面高度上では0.86kg/s、3870mでは0.95kg/sを得ました。
ηは常に78%で一定と仮定すると(厳密にはそうではないがここでは大した影響はない)、
・海面高度時:Si=12.1kg HPsi=28馬力
・3870m時: Si=15.6kg HPsi=43馬力
を得ることができました。
吸気温度上昇の影響と合わせて考えると、
・海面高度での馬力は公式スペックの1120馬力から1102-28=1074馬力に、
・公称高度での馬力は3700mで1260馬力ではなく3870mで1239-43=1196馬力となります。
この結果をまたまたグラフで表示するとこのようになります。(全開高度以上は適当です)
いかがでしょうか?全高度にわたって推定される実際の馬力が公式スペック(従来式)を下回っていることが分かると思います。
この「1196PS@3870m」を用いて性能を再計算すると、Cdmin=0.024、η=0.78のとき最高速度は587km/hと推算されます。実測値とは約3km/hの差となり、かなり正確さを増したかと思います。
逆説的に言えば、性能計算に用いられた風洞試験に基づく抵抗やプロペラ効率は、発動機馬力と比較するとかなり信頼性の高い数値であったと考えられるのではないでしょうか。
なぜ計算が合わなくなっていったのか?
ではなぜ一時は性能計算と実測値が合い、それが乖離していったのでしょうか。それは、発動機の高高度化、大馬力化によるものが大きかったと考えられます。
高高度化の影響
考察⑳で指摘したように、過給機圧力比の修正計算は、高度が高くなれば高くなるほど従来式と正しいと考えられる式の差が大きくなっていきます。逆に言えば、低高度であればその差はあまり顕在化しづらかったといえます。これにラム圧による全開高度上昇が加わればなおさらです。例えば全開高度1500mとされる発動機のラム圧ゼロ時の実際の全開高度が1300mだったとして、これにラム圧が加わって全開高度1600mになればそこまで計算と実態に差は生じなさそうに思えます。いっぽう、全開高度6000mとされる発動機のラム圧ゼロでの実際の全開高度が5000mであってラム圧込みでも全開高度が5500mに過ぎなかったなら計算値と実測値に大きな影響を及ぼすでしょう。
大馬力化の影響
また、発動機の大馬力化の観点からも考えてみましょう。発動機の大馬力化は飛行機の高速化に繋がります。飛行機の高速化はラム圧の増加に繋がりますので、全開高度がますます高まることにもなりますが、吸入温度がさらに高まることにも繋がります。時速300km/h程度の時代と600km/hの時代では吸入管温度の上昇にも大きな差が出るでしょう。
また、⑥式から明らかなように高速化は吸気運動量抵抗の増加にも寄与します。加えて、発動機の馬力の増加は空気流量の増加を意味します。すなわち、発動機の馬力増加に繋がる排気量、回転数、ブースト圧、圧縮比の増加や吸気温度の低下は、運動量抵抗の増加にも直結するのです。
参考までに、小馬力、低高度、低速の飛行機の例として、九八式直協機の実測性能を参考に公式のハ-13甲の馬力性能と推定される実際の馬力性能を計算してみました。
黒線が従来式(推定公式スペック)、青線がラム圧なしでの新推定式(渡部式、なおR0=Rz)、赤線がラム圧および吸気運動量抵抗を考慮した馬力性能となります。
性能計算に用いられたと考えられる従来式の黒線と、今回記事に基づく赤線を比較すると、低高度で5馬力程度、4000m以上では10馬力程度の差になっているかと思います。高高度では実測値が計算値を下回ったものと推定されますが、全開高度以下で見れば実測値と計算値に大きな差はなかったものと考えられます。
ちなみにハ-41の結果とハ-13甲の結果を同じ縮尺で比較すると以下のグラフのようになります。ハ-41と比較すると馬力も小さく全開高度も低いハ-13甲では吸気温度および運動量抵抗の影響はあってないようなものに感じられます。
その他の要因、論点
というわけで、ここまでは発動機馬力の観点から速度性能の計算値と実測値の乖離について考えてきました。これからの話は余談なので読み飛ばしてもらっても結構ですが、発動機馬力以外にも計算値と実測値の差の原因と考えられるものはありそうです。
例えば、層流翼の抵抗は風洞試験と実物とで大きく異なっていたものと推測できます。もし仮に風洞試験で0.007であった翼型があったとしても、実態は0.01程度だったろうと思います。よって、紫電の計算値と実測値の速度差は馬力だけではなく抵抗にも大きな原因があったろうと思われます。
また、冷却抵抗の推定がどこまで正しかったかも検証する必要性がありそうです。空冷発動機は、前面の開口部から冷却空気が各気筒を通って後方に抜けていきますが、その際の空気流路の内部抵抗を考慮しなければなりません。日本機の場合、風洞試験模型の発動機部分(液冷機の場合は冷却器部分)に金網を発動機の代用として置いて試験していたようです。例えばキ100であれば複列なので2重に金網を張って試験し、最小有害抵抗係数Cd=0.0180を得ています。これに様々な付加抵抗を足して実機の最小有害抵抗係数を算出します。ただ、冷却鰭と金網の面積との関係が冷却馬力にどう影響するのかちゃんとした理論があったのかは疑問ですし、金網だけでは導風板の設計の良し悪しを反映することはできないでしょう。
また、中村勝治氏の手記によると中島飛行機においてはこの冷却抵抗について1942年ごろからようやくちゃんと考えられるようになってきたとの話ですし、愛知航空機の実測値から抵抗値を分析した資料でも冷却抵抗の項が見当たらない場合があるので、案外冷却抵抗が全く考慮されていなかった可能性もありそうです。
ちなみにロケット排気管の影響は、これを備えた機体の場合ちゃんと計算されています。
愛知航空機の性能計算書では、ハインケルの式としてロケット排気管による推力Tr(kg)を下記のように計算しています。
この計算で得た推力の50~80%を有効な排気推力として速度計算に組み入れていましたが、これの理論的な裏付けが分かりませんし、どこまで正確なのかもなんとも判断できない状況です。これについても調べてみないとですね。
プロペラ関係の話になると、まだまだ勉強不足、調査不足で分かっていないことが多いです。プロペラ効率に対する胴体形状の影響はどこまで厳密に考慮されていたのか、プロペラ効率への空気圧縮性の影響の見立てはどこまで正確だったのか、などなど、知りたいことはたくさんあります。
今回の記事に関連するところでいうと、ラム圧の計算で速度vは機速を用いていますが、本来であればプロペラ後流を考慮しなければならないはずだよな、とは思っています。最高速度時はほとんど影響ないかもしれませんが、全力上昇時などは後流速度にそれなりに差が出るはずだと思っています。
また、プロペラ後流速度は一様ではなくプロペラ中心からの位置によって異なっているはずですので、空気取入口の位置をカウル内、カウルリップ、カウル外のどこに持ってくるかというのも非常に重要なはずです。ですので、単純にvを機速で処理してよいはずはないと考えています。
まとめ
余談部分が長くなってしまいましたが、今回の記事は以上となります。
簡単にまとめてみると、日本軍航空機の最高速度の性能計算値と実測値が、戦前は比較的よく一致していたのが次第に一致しなくなっていったのは、性能計算に使用された発動機馬力がラム圧と吸気運動量抵抗を考慮していなかったことが大きいのではないかと考えました。
これは、発動機馬力も最高速度も小さく、全開高度が低いうちはあまり影響がなかったものの、発動機の大馬力化、高高度化によって顕在化した問題であったと考えています。この実例として、二式戦闘機と九八式直協機の性能を取り上げてみました。
当然、発動機馬力以外にも抵抗やプロペラで検討すべき部分はあるでしょうが、それは今後の課題としたいと思います。皆様もなにかご存じのデータや「こうじゃないか」というお考えがあればお聞かせ願えると幸いです。今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
参考文献
粟野誠一『航空発動機の性能推定法』航空研究所報告(1944)
粟野誠一「研三発動機の地上及び高空性能」『研三・A-26・ガスタービン』(1998)
中村勝治『「連山」設計製作報告』知られざる軍用機開発(上)(1999)
西脇仁一『動圧利用による発動機の性能』(1942)
渡部一郎『航空ピストン発動機の高空性能』日本航空学会誌(1954)
Campbell "Cylinder Cooling and Drag of Radial Engine Installations" (1938)
Hooker, Reed, Yarker "The Performance of a Supercharged Aero Engine" (1997)
これまで考察⑳では発動機の全開高度の計算に問題があったことを、考察㉑では高度馬力の計算手法の妥当性についてを考えてきました。その結果、日本軍航空発動機の公式の高空性能をそのまま信用するには疑問があることを示すことができたと考えています。
今回の記事は、この2つの考察の集大成として、なぜ航空機の最高速度計算が、一時は実測値と良く合うようになりながらも次第に全く合わなくなっていったのかを、発動機馬力の観点から考えてみたいと思います。
それでは早速スタートです!!
当時の計算手法
基本的に、①機体の抵抗、②発動機馬力、③プロペラ効率が正確に見積もられていれば、航空機の各種性能はかなり高い精度をもって計算することができます。しかしながら、皆さんもご存じかと思いますが、日本軍航空機では最高速度の実測値が計算値と合わないことが次第に問題となっていきました。例えば、雷電21型は火星23型で349ktとの推算がありますが、実態は322ktに過ぎません。これには様々な要因が考えられましたが、「発動機の馬力が出ていない」というのも原因のひとつとして疑われていました。また、烈風の試作においても堀越技師が誉の馬力低下を強く主張し、その結果、烈風改の計画説明書では「発動機が額面通りの性能を発揮できるか疑わしい」として、額面通りの馬力とした場合の性能推算値に加えて、馬力低下を見越した予想値を並べるまでの事態になっています。こういったように、特に大戦後期においては発動機馬力が額面通りでないよいうのは半ば周知の事実であったように思われます。
いっぽうで開戦前の航空機の性能は、96式陸攻を設計した本庄季郎氏など、計算値と実測値が比較的よく合っていたとの回想が残されています。
なぜ、次第に実測値と計算値が合わなくなっていったのでしょうか。それには、発動機の工作精度の低下による馬力の減少や、空気取入口の設計が悪いことによる吸気抵抗の増加などが指摘されてきました。機体の抵抗やプロペラ効率の算定が甘かったともいわれます。しかしながら私は、確かにそういった要因もあるでしょうが、そもそも当時の計算に用いられた馬力性能の前提が間違っていたという側面が大きいのではと考えています。
当時の性能計算書や要目表の推算性能値を見る限り、最高速度の計算にはラム圧を考慮していない発動機馬力性能が用いられていたとみて間違いなさそうです。つまり、たとえば栄12型の公式性能は高度4200mで950馬力となっていますが、その発動機を搭載した航空機の最高速度は高度4200mで950馬力を出している前提で計算されていたということなのです。
いや、それは当たり前じゃないか?と思う人も多いかと思いますが、それでは正確な性能の計算はできないのです。
ラム圧の影響
そもそもラム圧とはなんなのでしょう。グーグル先生によるとラム圧とは「車両や航空機が高速で移動する際に、前方の流体(主に空気)が運動エネルギーを失うことで生じる圧力上昇のこと」を指します。皆さんが走行中の自動車に乗っているとして、窓から手を出すと風圧を感じると思います。そして、車の速度が上がれば上がるほどその風圧は大きくなるはずです。飛行機も同じで、速度が大きくなれば大きくなるほど空気取入口に取り込まれる空気の圧力は大きくなっていきます。このラム圧の効果は、性能に良い面もあれば悪い面もあります。
1. 全開高度の上昇
ラム圧効果による恩恵は、全開高度の上昇です。もしあるエンジンの全開高度がラム圧なしで3000mだったとした場合、ラム圧効果で500m分の空気圧力の上昇があれば全開高度は3500mになります。前回記事で書いたように、航空ピストン発動機はブースト圧一定であれば高度が上がれば上がるほど馬力も増していきますので、全開高度の上昇は大きなメリットとなります。
ラム圧は空気力ですので、その圧力上昇分Δpは一般的に、
Δp=1/2ρv²・・・①
p:圧力、ρ:空気密度、v:速度
で表すことができます。ただし、現実には吸気管内での流路損失によりこのΔpの全部が利用できるわけではありません。p:圧力、ρ:空気密度、v:速度
ロールスロイスでは、この①の式に空気圧縮性を加味したうえで、実際に利用可能なラム圧はよく設計された空気取入口であればその効率は80%に達するとして、
Δp=0.4ρv²*(1+1/4(v/c)²)・・・②
c:飛行速度vのときの音速
という式を使用していたようです。c:飛行速度vのときの音速
上記の式は圧力の上昇分を求めた式ですが、一方でドイツのK.Kollmanは全開高度の上昇分ΔZを求める以下の式を与えています。
ΔZ=0.051v²・・・③
Z:高度(m)、v:飛行速度(m/s)
これは速度から直接高度を求められるので、この③の式に適当な空気取入口効率をかけてやればよいということになります。Z:高度(m)、v:飛行速度(m/s)
たとえば、速度が500km/hで空気取入口効率を80%とすれば、全開高度増加分ΔZは、
ΔZ=0.8*0.051*138.9²=-786.9m
となり、約800mの全開高度上昇と考えることができるのです。
この式は②式よりも計算が簡易で使いやすいですが、あまり高度変化が大きい場合には適していません。ちなみに全開高度の上昇に関する式には、この③の外に東大航空研究所の西脇氏の論文もあります。となり、約800mの全開高度上昇と考えることができるのです。
長々と話しましたが、このようにラム圧効果を考慮しないで性能計算をしても正確な数字にはならなさそうだということが分かってもらえたのではないでしょうか。
2. 吸気温度の上昇
いっぽうで、ラム圧のマイナスの影響は吸気温度の上昇です。こちらも前回記事で述べたように吸気温度の変化は馬力性能に影響を与えます。そして、ラム圧効果に依る空気圧の上昇は空気の圧縮を伴うため、必然的に吸気温度の上昇を招きます。
吸気温度の上昇は、ラム圧なしのときの全開高度の大気圧とラム圧ありの時の全開高度との大気圧の差をもとに計算するのが最も正確ですが面倒です。
ロールスロイスでは以下のような簡易的な推定式を使って温度上昇分Δtを求めていたようです。
Δt=(V/100)²・・・④
Δt:上昇温度(℃)、V:飛行速度(mph)
この式は毎時マイルで計算されているので、毎時キロメートルならば以下の式に書き換えられます。
Δt=(V'/161)²・・・⑤
V':飛行速度(km/h)
V':飛行速度(km/h)
たとえば、時速500km/h時の吸気管内の温度上昇は、
Δt=(500/161)²=9.64℃
となり、10℃弱の温度上昇と推定することが可能です。
10℃弱の温度上昇となると、軍用機に使用されるような大馬力発動機においては決して無視できない馬力差を生じるとみて良いでしょう。
吸気運動量抵抗の影響
ここまではラム圧の発動機性能に対する影響を見てきましたが、もうひとつ発動機馬力に影響のあるもので、性能計算時に考慮されていなかったのでは?と考えられるものがあります。それが吸気運動量抵抗です。
私は物理学は高校1年生以来なので詳しく説明してと言われても困るのですが、粟野やロールスロイスが言うには、吸気を機速まで加速させる際のMomentumも考えなければならないのだそうです。(ここで言っているのは冷却空気が空冷発動機の冷却フィンや液冷発動機のラジエーターを通過するために発生する抵抗ではない。26/1/27追記)
この場合の吸入空気抵抗Siは、以下の式によって求めることができます。
Si=G/g*v・・・⑥
Si:吸入空気抵抗(kg)、G:空気流量(kg/s)、g:重力加速度(m/s²)
これを馬力に直せば、
HPsi=(Si*v)/(75η)・・・⑦
HPsi:吸気抵抗馬力(PS)、η:プロペラ効率
この吸気運動量抵抗は、従来であれば機体抵抗もしくは冷却抵抗のうちに含まれていたと考えられます。しかしながら、大馬力発動機になればなるほどこの抵抗は大きくなるため、機体抵抗に含めるにはふさわしくないでしょう。(※ロールスロイスの式は省略)
実例検証:二式戦闘機一型を例に
それでは、ここまでの議論の妥当性を、実際の戦闘機の性能を例に挙げながら検証してみたいと思います。
ここでは、キ-44I、二式戦闘機一型のデータを用います。本機の性能計算書はまだ未見ではありますが、木村技術少佐のノートに部分的な情報が残っています。
これによると、
・Cdmin=0.024
・η=0.78
・HP=1260PS
・HP=1260PS
・Vmax=602km/h
・Z=3700m
・S=15m²
・S=15m²
・W=2343kg
この条件でいったんCdminを無視してCdを計算すると0.244となります。となるとCdi=0.004となりますが、この値はあまりにも小さすぎるような気がします。どうやらD4Y3の性能計算書を見ても迎角が小さい領域ではCdiの求め方が一般的なCdi=Cl²/π*AR*eではないようなのですが、とりあえずそこは置いておいて、Cdmin=0.024とし、誘導抗力係数はCdi=Cl²/π*AR*eで求めるものとして計算していきます。
また、実測値は幸い審査時のものが残っていますので、そのデータを使用します。すなわち、
・Vmax=583.5km/h
・Z=3870m
・W=2550kg
つまり、計算値と実測値に20km/h近い性能差があったことになります。
それでは、最小有害抵抗係数Cdminおよびプロペラ効率ηを計算そのままとし、発動機馬力を①ラム圧および②吸気運動量抵抗を考慮したものに変えた場合どのようになるのかを見てみましょう。
まず発動機の全開高度から考えます。キ-44Iに搭載されたハ-41の公式スペック上の公称馬力は以下となります。
・1120PS@0m/2450rpm/+150mmHg
・1260PS@3700m/2450rpm/+150mmHg
これは考察㉑で紹介したような計算式で計算された性能と考えられますので、考察⑳の方法(R0=Rzとする)を用いて全開高度を再計算すると全開高度は3315mとなります。
考察㉑の渡部式を使用(ただしR0=Rzとする)して計算した場合(青線)と、公式スペックの性能を計算した場合(黒線)を比較すると、以下のようなグラフとなります。
この条件でいったんCdminを無視してCdを計算すると0.244となります。となるとCdi=0.004となりますが、この値はあまりにも小さすぎるような気がします。どうやらD4Y3の性能計算書を見ても迎角が小さい領域ではCdiの求め方が一般的なCdi=Cl²/π*AR*eではないようなのですが、とりあえずそこは置いておいて、Cdmin=0.024とし、誘導抗力係数はCdi=Cl²/π*AR*eで求めるものとして計算していきます。
また、実測値は幸い審査時のものが残っていますので、そのデータを使用します。すなわち、
・Vmax=583.5km/h
・Z=3870m
・W=2550kg
つまり、計算値と実測値に20km/h近い性能差があったことになります。
それでは、最小有害抵抗係数Cdminおよびプロペラ効率ηを計算そのままとし、発動機馬力を①ラム圧および②吸気運動量抵抗を考慮したものに変えた場合どのようになるのかを見てみましょう。
まず発動機の全開高度から考えます。キ-44Iに搭載されたハ-41の公式スペック上の公称馬力は以下となります。
・1120PS@0m/2450rpm/+150mmHg
・1260PS@3700m/2450rpm/+150mmHg
これは考察㉑で紹介したような計算式で計算された性能と考えられますので、考察⑳の方法(R0=Rzとする)を用いて全開高度を再計算すると全開高度は3315mとなります。
考察㉑の渡部式を使用(ただしR0=Rzとする)して計算した場合(青線)と、公式スペックの性能を計算した場合(黒線)を比較すると、以下のようなグラフとなります。
続いて、ラム圧の影響を考えます。実測値データより3870m-3315m=555mがラム圧による全開高度上昇分と考えられます。(ちなみに、③の式を用いて空気取入口効率を求めると、41.4%となります。)
海面高度上での速度を495km/h、高度3870mでの速度を583km/hとすると、⑤式より吸入温度の上昇はそれぞれ9.5℃と13.1℃となります。考察㉑では温度に関して、発動機馬力は吸入絶対温度の平方根に逆比例することを紹介しました。そこで海面高度と3870mの時の馬力をそれぞれ計算してみると、
・海面高度時:1120*√(288/(288+9.5)=1102馬力
・3870m時:1270*√(263/(263+13.1)=1239馬力
すなわち、20~30馬力の馬力低下が起こっていることが分かります。
(※3870m時の計算に使っている1270馬力はラム圧で全開高度が上がりながらも吸気温度は変わっていないときの数字。)
この結果をグラフに表すと以下のようになります。(なお、全開高度以上は適当です。)
続けて吸気運動量抵抗を考えます。
粟野式を用いて空気流量を計算し、海面高度上では0.86kg/s、3870mでは0.95kg/sを得ました。
ηは常に78%で一定と仮定すると(厳密にはそうではないがここでは大した影響はない)、
・海面高度時:Si=12.1kg HPsi=28馬力
・3870m時: Si=15.6kg HPsi=43馬力
を得ることができました。
吸気温度上昇の影響と合わせて考えると、
・海面高度での馬力は公式スペックの1120馬力から1102-28=1074馬力に、
・公称高度での馬力は3700mで1260馬力ではなく3870mで1239-43=1196馬力となります。
この結果をまたまたグラフで表示するとこのようになります。(全開高度以上は適当です)
いかがでしょうか?全高度にわたって推定される実際の馬力が公式スペック(従来式)を下回っていることが分かると思います。
この「1196PS@3870m」を用いて性能を再計算すると、Cdmin=0.024、η=0.78のとき最高速度は587km/hと推算されます。実測値とは約3km/hの差となり、かなり正確さを増したかと思います。
逆説的に言えば、性能計算に用いられた風洞試験に基づく抵抗やプロペラ効率は、発動機馬力と比較するとかなり信頼性の高い数値であったと考えられるのではないでしょうか。
なぜ計算が合わなくなっていったのか?
ではなぜ一時は性能計算と実測値が合い、それが乖離していったのでしょうか。それは、発動機の高高度化、大馬力化によるものが大きかったと考えられます。
高高度化の影響
考察⑳で指摘したように、過給機圧力比の修正計算は、高度が高くなれば高くなるほど従来式と正しいと考えられる式の差が大きくなっていきます。逆に言えば、低高度であればその差はあまり顕在化しづらかったといえます。これにラム圧による全開高度上昇が加わればなおさらです。例えば全開高度1500mとされる発動機のラム圧ゼロ時の実際の全開高度が1300mだったとして、これにラム圧が加わって全開高度1600mになればそこまで計算と実態に差は生じなさそうに思えます。いっぽう、全開高度6000mとされる発動機のラム圧ゼロでの実際の全開高度が5000mであってラム圧込みでも全開高度が5500mに過ぎなかったなら計算値と実測値に大きな影響を及ぼすでしょう。
大馬力化の影響
また、発動機の大馬力化の観点からも考えてみましょう。発動機の大馬力化は飛行機の高速化に繋がります。飛行機の高速化はラム圧の増加に繋がりますので、全開高度がますます高まることにもなりますが、吸入温度がさらに高まることにも繋がります。時速300km/h程度の時代と600km/hの時代では吸入管温度の上昇にも大きな差が出るでしょう。
また、⑥式から明らかなように高速化は吸気運動量抵抗の増加にも寄与します。加えて、発動機の馬力の増加は空気流量の増加を意味します。すなわち、発動機の馬力増加に繋がる排気量、回転数、ブースト圧、圧縮比の増加や吸気温度の低下は、運動量抵抗の増加にも直結するのです。
参考までに、小馬力、低高度、低速の飛行機の例として、九八式直協機の実測性能を参考に公式のハ-13甲の馬力性能と推定される実際の馬力性能を計算してみました。
黒線が従来式(推定公式スペック)、青線がラム圧なしでの新推定式(渡部式、なおR0=Rz)、赤線がラム圧および吸気運動量抵抗を考慮した馬力性能となります。
性能計算に用いられたと考えられる従来式の黒線と、今回記事に基づく赤線を比較すると、低高度で5馬力程度、4000m以上では10馬力程度の差になっているかと思います。高高度では実測値が計算値を下回ったものと推定されますが、全開高度以下で見れば実測値と計算値に大きな差はなかったものと考えられます。
ちなみにハ-41の結果とハ-13甲の結果を同じ縮尺で比較すると以下のグラフのようになります。ハ-41と比較すると馬力も小さく全開高度も低いハ-13甲では吸気温度および運動量抵抗の影響はあってないようなものに感じられます。
その他の要因、論点
というわけで、ここまでは発動機馬力の観点から速度性能の計算値と実測値の乖離について考えてきました。これからの話は余談なので読み飛ばしてもらっても結構ですが、発動機馬力以外にも計算値と実測値の差の原因と考えられるものはありそうです。
例えば、層流翼の抵抗は風洞試験と実物とで大きく異なっていたものと推測できます。もし仮に風洞試験で0.007であった翼型があったとしても、実態は0.01程度だったろうと思います。よって、紫電の計算値と実測値の速度差は馬力だけではなく抵抗にも大きな原因があったろうと思われます。
また、冷却抵抗の推定がどこまで正しかったかも検証する必要性がありそうです。空冷発動機は、前面の開口部から冷却空気が各気筒を通って後方に抜けていきますが、その際の空気流路の内部抵抗を考慮しなければなりません。日本機の場合、風洞試験模型の発動機部分(液冷機の場合は冷却器部分)に金網を発動機の代用として置いて試験していたようです。例えばキ100であれば複列なので2重に金網を張って試験し、最小有害抵抗係数Cd=0.0180を得ています。これに様々な付加抵抗を足して実機の最小有害抵抗係数を算出します。ただ、冷却鰭と金網の面積との関係が冷却馬力にどう影響するのかちゃんとした理論があったのかは疑問ですし、金網だけでは導風板の設計の良し悪しを反映することはできないでしょう。
また、中村勝治氏の手記によると中島飛行機においてはこの冷却抵抗について1942年ごろからようやくちゃんと考えられるようになってきたとの話ですし、愛知航空機の実測値から抵抗値を分析した資料でも冷却抵抗の項が見当たらない場合があるので、案外冷却抵抗が全く考慮されていなかった可能性もありそうです。
ちなみにロケット排気管の影響は、これを備えた機体の場合ちゃんと計算されています。
愛知航空機の性能計算書では、ハインケルの式としてロケット排気管による推力Tr(kg)を下記のように計算しています。
Tr=(2*10^-3)*Ne^1.8*Vs*(((Pi-Pz)/760)+0.4)・・・⑧
Ne:発動機回転数(rps)、Vs:排気量(L)、Pi:吸入圧力(mmHg)、Pz:背圧(mmHg)
この計算で得た推力の50~80%を有効な排気推力として速度計算に組み入れていましたが、これの理論的な裏付けが分かりませんし、どこまで正確なのかもなんとも判断できない状況です。これについても調べてみないとですね。
プロペラ関係の話になると、まだまだ勉強不足、調査不足で分かっていないことが多いです。プロペラ効率に対する胴体形状の影響はどこまで厳密に考慮されていたのか、プロペラ効率への空気圧縮性の影響の見立てはどこまで正確だったのか、などなど、知りたいことはたくさんあります。
今回の記事に関連するところでいうと、ラム圧の計算で速度vは機速を用いていますが、本来であればプロペラ後流を考慮しなければならないはずだよな、とは思っています。最高速度時はほとんど影響ないかもしれませんが、全力上昇時などは後流速度にそれなりに差が出るはずだと思っています。
また、プロペラ後流速度は一様ではなくプロペラ中心からの位置によって異なっているはずですので、空気取入口の位置をカウル内、カウルリップ、カウル外のどこに持ってくるかというのも非常に重要なはずです。ですので、単純にvを機速で処理してよいはずはないと考えています。
まとめ
余談部分が長くなってしまいましたが、今回の記事は以上となります。
簡単にまとめてみると、日本軍航空機の最高速度の性能計算値と実測値が、戦前は比較的よく一致していたのが次第に一致しなくなっていったのは、性能計算に使用された発動機馬力がラム圧と吸気運動量抵抗を考慮していなかったことが大きいのではないかと考えました。
これは、発動機馬力も最高速度も小さく、全開高度が低いうちはあまり影響がなかったものの、発動機の大馬力化、高高度化によって顕在化した問題であったと考えています。この実例として、二式戦闘機と九八式直協機の性能を取り上げてみました。
当然、発動機馬力以外にも抵抗やプロペラで検討すべき部分はあるでしょうが、それは今後の課題としたいと思います。皆様もなにかご存じのデータや「こうじゃないか」というお考えがあればお聞かせ願えると幸いです。今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
参考文献
粟野誠一『航空発動機の性能推定法』航空研究所報告(1944)
粟野誠一「研三発動機の地上及び高空性能」『研三・A-26・ガスタービン』(1998)
中村勝治『「連山」設計製作報告』知られざる軍用機開発(上)(1999)
西脇仁一『動圧利用による発動機の性能』(1942)
渡部一郎『航空ピストン発動機の高空性能』日本航空学会誌(1954)
Campbell "Cylinder Cooling and Drag of Radial Engine Installations" (1938)
Hooker, Reed, Yarker "The Performance of a Supercharged Aero Engine" (1997)





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