はじめに
 かつて『〈考察⑭-2〉誉発動機搭載機の全開高度を比較する:公称高度と全開高度の差について』という記事で、地上運転の結果から計算された公称高度と、実際に規定ブースト圧に達する飛行高度とに差があることについて書きました。「公称高度」と「全開高度」の語句の定義が今になってはあまり良くなかったと思いますが、当該記事の中でその原因を、
①計算方法が間違っている
②空気吸入管・空気取入口の設計が悪い
の2つに求め、どちらも正しそうだという結論を述べました。

 ただ、その後いろいろと調べていく中で、おそらく全開高度の差の原因の大部分は説①、すなわち計算方法が正しくなかったことによるものではないかと思うようになりました。今日の記事では、なぜそう思うに至ったかを説明してみたいと思います。

計算値と実測値の乖離:金星発動機の例
 早速ですが、以下の表は金星40型~60型を装備した飛行機の、計算上の公称高度(ラム圧なし)と実飛行時におけるスロットル全開に達する飛行高度(ラム圧効果あり)の差を示したものです。
全開高度比較(金星)

 見てわかる通り、公称高度が高くなるにつれて計算値と実測値の差が大きくなっていることが分かります。金星50型の2速時に至っては、実測値が計算値を超えている例は一つもありません。ラム圧ありの実測全開高度がラム圧なしの計算値を下回るというのは普通に考えたらあり得ないことです。
 あくまでこれは極端な例であるものの、ほかの発動機においてもこのような傾向は大きく変わりません。では、この公称高度はどのように計算されたものなのでしょうか。

全開高度の計算方法
 当時の計算方法は、地上試験で過給機の圧力比を求めそれをもとに温度の低い高空での圧力比を計算していたと思われます。高空状態を再現できる実験施設があればそんなことはせずに済むのですが、どうやら当時の日本には限られた性能の高空試験設備しかなかったようで、大馬力・高公称高度の発動機の性能は計算に拠るしかなかったと考えられます。

 ところで、過給機の性能は「圧力比」で表されます。これは、過給機に取り入れられた空気と過給機から出てきた空気の圧力の比を示したもので、例えば高度5000mでの圧力比が2.0の過給機があったとしたら、その時のブースト圧は405mmHg×2.0=810mmHgすなわち+50mmHgとなります。(※ここでは吸入管内での圧力損失を考慮しないものとする)

 そして、この圧力比は理論的には吸入温度によって変化します。温度が低ければ低いほど過給機の効率が良くなり、高ければ高いほど悪化します。なので、言ってしまえば暑い日よりも寒い日のほうが全開高度は高くなるといえます。

 具体的な温度による補正式はいくつか知られています。もっとも代表的なのが、Brooksによる、
Rz/R0=1+0.00063R0^2(t0-tz)・・・(1)

というものでしょう。これは1930年代前半に発表されたかなり古い時期の式ですが、国内外で広く用いられました。
 なお、Rzはある高度z(m)での圧力比を示し、R0は地上での圧力比を示しています。同じくtzは高度z(m)での吸入空気温度(℃)を示し、t0は地上での温度を示しています。

 戦中の日本国内でもっぱら用いられたのは、海軍の永野治によって発表された、以下の式です。
永野式
主要な陸海軍の航空発動機はほとんどこの式に拠っていたはずです。(画像は論文から。添字を他と揃えるためにいじっています。)

 ところが、これらの式はまだまだ発動機の馬力も全開高度も低い時期に発表されたものであって、完全なものとは言い難かったようです。

東大航空研究所の粟野誠一によってより合理的な式として発表されたのが以下の式です。なお、Tは絶対温度(K)を示しています。

(Rz-1)/(R0-1)=T0/Tz・・・(4)

また、ロールスロイス社内では以下のような圧力比補正式が用いられていました。

Rz/R0=1+0.002(t0-tz)・・・(5)

 一方で戦時中、計算値と実測値の全開高度の差を調べるために中島飛行機や三菱重工によって行われた飛行実験によって衝撃的な結果が得られます。それが、地上で計測した圧力比と全開高度での圧力比がほとんど同一だったというものです。すなわち、

R0=Ra・・・(6)

この実験こそが、前回記事で紹介した中島飛行機の高空性能試験法の改正案のもととなったと考えられます。

 ここまで紹介した5者の補正式をグラフで表したものが以下となります。
圧力比比較
これは地上の圧力比を2.0としたときの各高度における圧力比の増加具合を表したものです。Brooks式と永野式が6000mまで同じような線を描き、粟野式とロールスロイス式が7000m付近までほとんど重なりあっていることが見て取れます。また、中島式以外が低高度ではあまり差がないことも見て取れます。こうして見ると、Brooks式と永野式は4000mを超える高度では明らかに正確性を欠き、粟野式とロールスロイス式は妥当そうな印象を受けます。

ちなみにグラフ上のダイヤマークは規定ブースト圧を+200mmHgとしたときの全開高度です。
それぞれ、
・Brooks     6185m
・永野      6215m
・粟野      6035m
・ロールスロイス 6030m
・中島      5475m
となります。

衝撃の実験データ
 ところで、上で紹介した中島と三菱の実験結果とは具体的にどういったものだったのでしょうか。その原文は未だに見つけることができていませんが、浅野彌祐「航空ピストン発動機の全開高度」『機械の研究』8巻第2号(1956)に実験結果の表が掲載されています。(著者は元中島飛行機の技師で、戦後は千葉大学工学部の教授を務めた方です。)
全開高度実験結果
個人的にはかなり衝撃的な内容となっています。(ちなみに備考欄は私が追記したものです。)
例えば栄12型の全開高度は計算では4200mでしたが実測値は3400mに、誉11型は約5700mが約4600mになっています。
 興味深いのは火星20型の結果で、2つの実測値は共に1速が1600m前後、2速が4100m前後となっています。海軍による公式スペックでは火星21型や22型の公称高度が1速2100m、2速5500mとなっていながら火星23型では1300m、4100mとなっていることは皆さんご存じかと思いますが、その公称高度の大幅な低下はこの実験結果の影響を受けたものと考えてよいのではないでしょうか。

 また、誉21型の2900RPM、+250mmHg時の全開高度も示されています。かつて私は全開高度から搭載された誉発動機の型式を推定する記事を書いたことがありますが、この実験結果を鑑みるに、いったんその説は振り出しに戻らざるをえなさそうです。

なぜ圧力比が変化しないのか?
 上記の表中に示されている実測値は、空気取入口の末端、気化器直前の壁に孔をあけ、ここから通常の機体備え付けの高度計とは別の高度計に導いてその部分の絶対圧を読みとり、それを標準大気高度で表したものです。つまり、ラム圧効果なしでの全開高度とほとんど同じと考えてよいと思います。
 浅野は「航空ピストン発動機の全開高度」内では圧力比が変化しなかった理由にまでは言及していませんが、別の論文「燃料の気化による遠心過給機圧力比の変化について」において、燃料の気化具合が原因ではないかと述べています。すなわち、低空では燃料が十分に気化するために吸入空気温度が下げられるが、高度が上がるにつれて燃料の蒸発が悪くなるため、気温低下による圧力比の上昇を打ち消しているのではないかという考えです。
 この説は吸気管内に空気しか流れない定時燃料噴射式のエンジンの圧力比の変化を調べることによって確かめられそうですが、残念ながらそういった実飛行データは残されていないようです。上記の実験データにはポート噴射式である金星62型も含まれていますが、このエンジンは水メタノール噴射が行われており、もし噴射位置が過給機の前であったとするならばこの燃料の気化と同じ理屈が適用されると思われます。

実験した発動機以外の全開高度の推定
 続いて、実際に実験した発動機以外の全開高度をどのように推定したら良いかを考えてみます。この実験では、圧力比の高度(=温度)変化による影響が無かったことが実験的に確かめられたとしています。
 そこで、当時圧力比修正の計算に使われていたのは永野式ですから、計算値の全開高度から(3)式を使って地上圧力比を求め、その地上圧力比をそのまま使用して全開高度を求める方法が使えそうです。

例えば金星50型の2速全開高度はブースト圧+200mmHgで6200mです。
つまり圧力比Rzは
Rz=960/344=2.79

となります。このRz=2.79を(3)式に代入してあげると、R0=2.46が得られます。このときの全開高度は約5300mとなりますので、推算値6200mからは900mマイナスということになりそうです。

ちなみに、この永野式を使ってRzからR0を推定する方法で今回の実験に使われた発動機のR0を求め、実測値のRzとの比を計算してグラフに表したものが以下となります。
データがかなり散ってはいますが、おおむね横ばいで、高度が上がるにつれて若干右下がり傾向かなという感じです。サンプル数が少なくデータも散っているため、あまり信用はしないでくださいね。
相関関係

「より正確な」発動機性能グラフ
 最後に、実験結果をもとにして「より正確な」発動機の性能グラフを作成して終わりにしようと思います。ここでは誉12型の全開高度を1速約2200m、2速約5300mとし、GaggとFarrarの式を用いて各高度の2900RPM、+250mmHg時の馬力性能を求めました。濃い実線がその性能です(W.P.はWarbirdPerformanceの意)。ちなみに濃い点線はフルスロットル時の全開高度以下の性能で、薄い点線は従来の推定性能(=海軍の公式スペック)です。
誉12
GaggとFarrarの式は非常にシンプルながらよく実測値と合うことが認められているので今回の計算に使用しました。機会があればこのブログでも紹介したいと思います。
詳しく知りたい方は、
Gagg, Farrar "Altitude Performance of Aircraft Engines Equipped with Gear-Driven Superchargers" SAE Journal (1934)
Pierce "Altitude and the Aircraft Engine" SAE Journal (1940)
を読んでみてください。
日本語の方がよいという方は、
浅野彌祐『アメリカの航空発動機性能曲線作製法』内燃機関(1943)
をご覧ください。

まとめ
 というわけで今回は、戦時中の日本陸海軍の航空発動機の全開高度が計算値と実測時に大きな乖離があったことについて、その原因は過給機圧力比の補正計算式に不備があったことであるという考えをご紹介しました。
 ただし、なぜ飛行試験では圧力比の変化がほとんど見られなかったかについては、まだまだ議論の余地がありそうです。例えば、吸入管内での圧力損失の影響を考えてみる必要や、燃料の気化と温度の関係について調べてみる必要がありそうです。
 また、今回はこの実験結果のみから「より正確な」全開高度を求めてみましたが、空気取入口のラム圧効率の観点からも見てみる必要があると考えています。今回は金星50型の2速全開高度を約5300mと見積もりましたが、実は最高速度時の空気取入口の効率から計算してみると、もう少し低くなって5000m弱くらいまで下がるのではないかと推測しています。この空気取入口に関する考察はまだまだ皆さんにお見せできるほどのものではありませんが、記事になっていないところでも色々考えているということで(笑)

ということで、今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
疑問やご感想などありましたら遠慮なくコメントくださいますと励みになります。
引き続きよろしくお願いいたします。<(_ _)>

参考文献
浅野彌祐『アメリカの航空発動機性能曲線作製法』内燃機関(1943)
浅野彌祐『燃料の気化による遠心過給機圧力比の変化について』日本機械学会誌(1954)
浅野彌祐『航空ピストン発動機の全開高度』機械の研究(1956)
粟野誠一『遠心型過給機圧力比の温度修正式に就て』航空研究所彙報(1941)
粟野誠一『航空発動機の性能推定法』航空研究所報告(1944)
永野治『航空発動機の性能解析と高空性能推算法』日本航空学会誌(1939)
渡部一郎『航空ピストン発動機の高空性能』日本航空学会誌(1954)
Gagg, Farrar "Altitude Performance of Aircraft Engines Equipped with Gear-Driven Superchargers" SAE Journal (1934)
Hooker, Reed, Yarker "The Performance of a Supercharged Aero Engine" (1997)
Pierce "Altitude and the Aircraft Engine" SAE Journal (1940)