前回『Fw190Aの速度性能について』という記事を投稿しましたが、その後コメント欄でソ連鹵獲機の資料を教えてもらったりしたので、少し内容を追加しようと思います。グラフや表をたくさん追加しましたので、多少は分かりやすくなったかなと思います!
おさらい
さて前回の記事を少しおさらいします。結論は「フォッケウルフ社データは信頼できるものである」というもので、その根拠としては
(1)2400rpm時の性能がフォッケウルフ社のデータと米英鹵獲機のデータとの間でほとんど差がないこと
(2)2700rpm時の英鹵獲機の性能をそのまま信用するには疑問があること
(3)FW社データと米軍鹵獲機のデータとが2400rpm/2700rpm時の両方で似通っていること
を挙げています。
今回の記事ではそれぞれ(1)~(3)について補足説明を試みようと思っています。
(1)2400rpm時の性能について
それでは(1)からスタートします。今回新たにソ連の鹵獲したFw190A-4に関する情報を得ることができました。これの出典に関する詳しい情報は不明なのですが、ネットでいろいろと検索したところ、どうやら"Техника воздушного флота"というジャーナルに1944年に掲載されたもののようです。
これで鹵獲機に関する一次資料は9つになりましたので、前回記事のリストも更新しましょう。
①米陸軍 ”Focke-Wulf190A-3”(1942/8/5)
②米陸軍 “Performanceof Fw190 Fighter”(1942/8/11)
③英空軍 “Report No.55Tactical Trials – FW.190”(1942/8/18以前?)
④英空軍 Fw190Aの性能グラフ、タイトル不明(1943/10/7)
⑤米陸軍 “MemorandumReport on German Fighter – Focke-Wulf 190”(1943/12/6)
⑥英空軍 “F.W.190.A-3(BMW801D)Performance Tests”(1943/12/21)
⑦米陸軍 “Performanceand Handling Characteristics of the Fw-190 Airplane”(1944/5/26)
⑧米海軍 “No.PTR-1107”(1944以降?)
⑨ソ連軍 "ОСОБЕННОСТИ И ОСНОВНЫЕ ЛЕТНЫЕ ДАННЫЕ САМОЛЕТА ФОККЕ-ВУЛЬФ 190 А-4"(1944年?)
さて、このソ連側の記事よると少なくとも都合4回の飛行が実施されたようで、高度6000mで625km/hという最高速を得ることができたようです。その時のエンジン運転条件は2400rpm、1000mmHgです。これをドイツ式のataに換算すると規定よりも少し高い1.36ataになりますが、単にきりを良くするために1000mmHgと表記しただけのような気もします。ちなみに正規の1.32ataをmmHgにすると971mmHgとなります。以下はテスト時の性能グラフです。なお、重量は3860kgとのことです。
ということで、このソ連データ(⑨)と英(⑥)米(⑦)独のデータをグラフ上に重ねてみることにします。
ドイツのデータは輸出型であるFw190Aa-3のフォッケウルフ社の仕様書のようなものを基にしています。頑張って和訳したものを貼ります。(もちろん独データのリンクも貼っておきます)
さて、肝心のグラフは以下のようになりました。米軍データの1速全開高度が妙に高いことを除いては、概ね同様な線を描いていることと思います。フォッケウルフ社は3%の誤差があり得ることを書いていますから、この場合、最高速度で言えば611km/h以上であれば保証値以内となります。英ソ両方とも十分その範囲内と考えてよいのではないでしょうか。
という訳で、総重量約3900kgにおける2400rpm/1.31~1.36ata時の水平最大速度性能は、独・英・米・ソの4か国全ての試験結果に大きな差は無いことが改めて分かりました。
(2)英鹵獲機の2700rpm時の性能に対する疑問点
続いて(2)の論点に移ります。前回記事では英軍鹵獲機の630km/h周辺の最高速度をそのままFw190Aの性能として見るのは難しいことを説明し、その理由として実際にはエンジン不調により2700rpm/1.42ataの全力運転試験は出来なかったのでは?ということと、たとえ実測値だとしても不審な点が2点あることを書きました。その2点について、改めてグラフを用いながら解説します。
緑の線は資料④からの引用で、実線は2400rpmの、点線は2700rpm時の水平最大速度を示しています。さて、1点目の不審点は、実線と点線の間で2速過給機使用時の速度差がほとんど無いという点です。1速時ははっきりとした速度差があるにも関わらずです。この時点で点線のグラフデータは比較検証に使用するには問題のあるデータであることがはっきりしたかと思います。
一方で、赤点は資料②③⑤⑥の最高速度データを表しています。これらの赤点を見る限り、2速過給機使用時でも速度差がしっかりあることが読み取れます。詳細な各高度のデータが利用できないのですが、もし赤点を参考に速度vs高度グラフを作成したとしたら以下の黄色の点線のようになりそうです。
こうしてみると、全高度帯で緑実線の速度を上回りなんとも妥当なグラフのように見えます。しかしながら、もう2つ目の不審点がここで浮かび上がってきます。全開高度です。
上のグラフは、前述の独Fw190Aa-3のデータ、資料④および⑦のデータと部分的な資料②のデータおよび参考としてソ連のFw190A-8のデータを載せています。これらは基本的に2700rpm時の速度データですが、ソ連データのみは詳細不明ですので参考程度にとどめてください。出典はTsAGIのデータですが、実測値なのか推測値なのかも発動機の運転条件も不明なのです。
さて、このグラフを見てみると、資料②~⑥にかけての2速全開高度(丸で囲った部分)と独・米(・ソ)の2速全開高度に大きな差があることが分かります。この差は一体なぜ生じたのでしょうか。
その原因を、重量差や空気抵抗の差と考えるのは難しそうです。まず第一に、米英はFw190Aの重量を一貫して3900kg前後と見積もっています。これは1945年においても他の資料を見る限りそのようです。この英軍鹵獲機のみ重量が大幅に増加していると考えることは難しそうです。
加えて、興味深いのは資料④を除いた英軍鹵獲機の最高速度が独・米データのグラフ線上に乗っているということです。これは5500m付近までは英鹵獲機データと独・米データとはほとんど同速であろうということを示します。そして最高速度の差は全開高度の差によって生じていることも示しています。
繰り返しになりますが、ここまでの全開高度の差(=結果として速度差)を重量や空気抵抗で説明するのは不可能と考えます。たしかに重量増による最高速度の低下や、飛行機の形状の変化による空気の流れの変化が吸排気に与える影響によって全開高度が低下することはあり得ますが、一気に1000m近い低下が起きるほどとは思えません。例えばスピットファイアMk.IXの500ポンド爆弾の有無による全開高度の差は、約250kgの重量増加と著しい空気抵抗の増加にも関わらず250ft(76m)に留まっています。
さらに言えば、英・米軍自身も2400rpm/1.32ata時と2700rpm/1.42時に2000ft近い全開高度差があることは認識しているようですから(以下画像参照。資料⑤より)、この異常な低全開高度はなおさら不自然ということになります。
以上のことを踏まえると、
・英軍鹵獲機データと独・米軍データの最高速度の差は全開高度の差にある
・この差の理由を重量や空気抵抗に求めることは難しい
ことが言えそうです。
この英側と独米側との全開高度の差は、英側が性能推算時に誤った全開高度を計算に用いたからかと思います。もしくは実飛行試験ができたのかもしれませんが、エンジンに問題があり通常よりも低くなったのかもしれません。いずれにしても他国のデータと矛盾する英軍鹵獲機データを実際のFw190Aの性能と捉えるのには無理がありそうです。
(3)FW社データと米軍データの関係性
最後に、フォッケウルフ社のデータと米軍データ(資料⑦)の関係性について、前回記事の補足を試みようと思います。
さて、2400rpm(実線)と2700rpm(点線)のグラフを用意しました。一見してわかるのは、なぜか1速過給機時の全開高度が米軍値の方がかなり高いという点です。一方でそれ以外の点では非常に似通った線となっています。
この1速の全開高度の差は不明ですが、米テスト値の方が500mほど高いので1速全開時の最高速度に大きな差が出ています。Fw190の中には過給機用空気取入口をカウル外に開口したものもあったようで、そのような機体の全開高度はカウル内に開口したものと比べて大幅に向上したようですが、米軍テストで使用された機体はそのようなタイプではなかったようです。いずれにせよ、英軍鹵獲機データとの比較のような1000m近い差ではありません。
ところで、米軍はドイツ側よりもオクタン価の高い燃料を使用し、それに合わせてエンジンを調整したために通常よりも高馬力を発揮したという話があるようです。それは本当なのでしょうか。
資料⑦では、ドイツ側で使用されていたと考えられていた140オクタンガソリンを使用したと書かれています(III. N. a.)。そのうえで発動機馬力をFig.4として添付し、それは英国データを基にした推定であることを明記しています(VI. D.)。
この図を見ると、2700rpm/1.42ata時の馬力はラム圧無しで20000ft弱において1500馬力ちょいになるかと思います。ドイツ側のデータは1440PS@5700mですから、確かに約100馬力ほどの向上があるようです。これについて場合分けしながら少し検証していきましょう。
ア.もし米軍がドイツの使用していた燃料が140オクタンだと考えていたならば、改めて米軍側で特別な調整をする必要はないかと思います。ということは馬力向上は推測計算時の誤りだと考えられます。
イ.「いやいや一回英軍試験時に100オクタン燃料で調整しており、米軍試験時に再度140オクタンに合わせて調整したのよ」という主張も可能かと思います。しかしながら、(2)にて画像を貼った資料⑤の馬力グラフを思い出してください。これは英軍によるデータですが、その2700rpm/1.42ata時の馬力は20000ftで1530馬力となっています。つまり、米軍データとほとんど差が無いことを示しています。すなわち、100オクタン⇒130オクタンへの馬力向上は説明できないことになります。
ウ.「それは違います。英軍試験時から130オクタンを利用していたので、両者に差が無いのです」とも主張できそうです。ですが、資料⑤内ではFw190Aの最高速度を636km/h@5500mとしているのです。同等の馬力で全開高度が約1000m、最高速度に約25km/hの差があるのは非常に不自然です。重量や空気抵抗が原因とは考えられないことは(2)にて既に説明しています。
以上のア~ウを踏まえて、私はこの馬力向上は単純に推測時の計算の前提条件などに誤りがあったのではと考えます。もしくは、ドイツ側の馬力データは冷却ファンの馬力損失分を含めたうえでの数値だったのかもしれません。そうであれば、英軍値の1530馬力からグラフ内の説明書きにある60~80馬力を引いて1450~1470馬力(仏馬力なら1470~1490馬力くらい)となるので、誤差の範囲内になるかと思います。
第一、オクタン価を変えただけではレシプロ発動機の馬力は上がりません。点火時期をずらすことによって微妙に馬力向上する可能性はありますが、それで今回のように1530÷1460=5%の馬力向上が得られるのかは私には分かりません。そもそも、独データと米データの速度グラフが1速全開高度を除いてほとんど重なっていると言っても過言でないこと、両者に重量の差がほとんど無いことから、馬力にも大きな差があったとは考えづらいのではないでしょうか。
まとめ
それではまとめに入りたいと思います。前回記事の補足といいながら結局そこそこの文量になってしまいました。
まず(1)では独米英ソの試験結果が一致することを明らかにしました。重量が3900kg前後での空冷Fw190Aの2400rpm時の速度性能は630km/h@5700m程度と考えてまず問題ないでしょう。
(2)では、英軍鹵獲機データを基にしてFw190Aの実戦状態の性能を判断することは不適切であることを説明しました。これは2速全開高度に著しい差が見られることが理由で、重量や空気抵抗ではこの差を説明することはできません。
最後に(3)においては米軍試験時に馬力が向上したという事実は無いのではないかと推測しました。これは米軍による鹵獲日本機の試験結果を見るときにも必要な視点かと思います。
ところで、前回の記事でもFw190Aは度重なる重量増加で徐々に性能が低下していったことに触れました。以下の画像はフォッケウルフ社によるFw190A-8の速度性能データです。
総重量4300kgにて、2700rpm/1.42ata時の最高速度は6200mで640km/h少々、同じく2400rpm/1.32ata時は5800mで610km/h少々になるかと思います。もし前線配備機であればこれよりも幾分性能低下している可能性がありますから、A-8型の実戦での2700rpm/1.42ataでの最高速度が620~630km/hであっても全くおかしくはありません。こういった結論は、フォッケウルフ社の資料を丁寧に追っていくだけでも十分導き出せると思います。不確かな英軍鹵獲機のデータを使う必要性は無いかと思いますが、皆様はいかがにお考えになりますか?
さて、今回も最後までお読み頂きありがとうございました。ご意見・ご感想・異論・反論・矛盾点の指摘など是非是非お待ちしております。