WW2航空機の性能:WarbirdPerformanceBlog

第二次大戦中の日本軍航空機を中心に、その性能を探ります。

2021年05月

はじめに
 前回『Fw190Aの速度性能について』という記事を投稿しましたが、その後コメント欄でソ連鹵獲機の資料を教えてもらったりしたので、少し内容を追加しようと思います。グラフや表をたくさん追加しましたので、多少は分かりやすくなったかなと思います!

おさらい
 さて前回の記事を少しおさらいします。結論は「フォッケウルフ社データは信頼できるものである」というもので、その根拠としては
(1)2400rpm時の性能がフォッケウルフ社のデータと米英鹵獲機のデータとの間でほとんど差がないこと
(2)2700rpm時の英鹵獲機の性能をそのまま信用するには疑問があること
(3)FW社データと米軍鹵獲機のデータとが2400rpm/2700rpm時の両方で似通っていること
を挙げています。
 今回の記事ではそれぞれ(1)~(3)について補足説明を試みようと思っています。

(1)2400rpm時の性能について
 それでは(1)からスタートします。今回新たにソ連の鹵獲したFw190A-4に関する情報を得ることができました。これの出典に関する詳しい情報は不明なのですが、ネットでいろいろと検索したところ、どうやら"Техника воздушного флота"というジャーナルに1944年に掲載されたもののようです。

 これで鹵獲機に関する一次資料は9つになりましたので、前回記事のリストも更新しましょう。
①米陸軍 ”Focke-Wulf190A-3”(1942/8/5)

②米陸軍 “Performanceof Fw190 Fighter”(1942/8/11)

③英空軍 “Report No.55Tactical Trials – FW.190”(1942/8/18以前?)

④英空軍 Fw190Aの性能グラフ、タイトル不明(1943/10/7)

⑤米陸軍 “MemorandumReport on German Fighter – Focke-Wulf 190”(1943/12/6)

⑥英空軍 “F.W.190.A-3(BMW801D)Performance Tests”(1943/12/21)

⑦米陸軍 “Performanceand Handling Characteristics of the Fw-190 Airplane”(1944/5/26)

⑧米海軍 “No.PTR-1107”(1944以降?)

⑨ソ連軍 "ОСОБЕННОСТИ И ОСНОВНЫЕ ЛЕТНЫЕ ДАННЫЕ САМОЛЕТА ФОККЕ-ВУЛЬФ 190 А-4"(1944年?)

鹵獲機データ3
※ちなみに前回記事では資料③の重量を記載するのを忘れていました。申し訳ありません。


 さて、このソ連側の記事よると少なくとも都合4回の飛行が実施されたようで、高度6000mで625km/hという最高速を得ることができたようです。その時のエンジン運転条件は2400rpm、1000mmHgです。これをドイツ式のataに換算すると規定よりも少し高い1.36ataになりますが、単にきりを良くするために1000mmHgと表記しただけのような気もします。ちなみに正規の1.32ataをmmHgにすると971mmHgとなります。以下はテスト時の性能グラフです。なお、重量は3860kgとのことです。
速度グラフ

 ということで、このソ連データ(⑨)と英(⑥)米(⑦)独のデータをグラフ上に重ねてみることにします。
ドイツのデータは輸出型であるFw190Aa-3のフォッケウルフ社の仕様書のようなものを基にしています。頑張って和訳したものを貼ります。(もちろん独データリンクも貼っておきます)
Fw190Aa-3仕様和訳
 さて、肝心のグラフは以下のようになりました。米軍データの1速全開高度が妙に高いことを除いては、概ね同様な線を描いていることと思います。フォッケウルフ社は3%の誤差があり得ることを書いていますから、この場合、最高速度で言えば611km/h以上であれば保証値以内となります。英ソ両方とも十分その範囲内と考えてよいのではないでしょうか。
比較1=2400rpm
 という訳で、総重量約3900kgにおける2400rpm/1.31~1.36ata時の水平最大速度性能は、独・英・米・ソの4か国全ての試験結果に大きな差は無いことが改めて分かりました。

(2)英鹵獲機の2700rpm時の性能に対する疑問点
 続いて(2)の論点に移ります。前回記事では英軍鹵獲機の630km/h周辺の最高速度をそのままFw190Aの性能として見るのは難しいことを説明し、その理由として実際にはエンジン不調により2700rpm/1.42ataの全力運転試験は出来なかったのでは?ということと、たとえ実測値だとしても不審な点が2点あることを書きました。その2点について、改めてグラフを用いながら解説します。
比較4=UK
 緑の線は資料④からの引用で、実線は2400rpmの、点線は2700rpm時の水平最大速度を示しています。さて、1点目の不審点は、実線と点線の間で2速過給機使用時の速度差がほとんど無いという点です。1速時ははっきりとした速度差があるにも関わらずです。この時点で点線のグラフデータは比較検証に使用するには問題のあるデータであることがはっきりしたかと思います。
 一方で、赤点は資料②③⑤⑥の最高速度データを表しています。これらの赤点を見る限り、2速過給機使用時でも速度差がしっかりあることが読み取れます。詳細な各高度のデータが利用できないのですが、もし赤点を参考に速度vs高度グラフを作成したとしたら以下の黄色の点線のようになりそうです。
比較5=UK2
 こうしてみると、全高度帯で緑実線の速度を上回りなんとも妥当なグラフのように見えます。しかしながら、もう2つ目の不審点がここで浮かび上がってきます。全開高度です。
比較2=2700rpm
 上のグラフは、前述の独Fw190Aa-3のデータ、資料④および⑦のデータと部分的な資料②のデータおよび参考としてソ連のFw190A-8のデータを載せています。これらは基本的に2700rpm時の速度データですが、ソ連データのみは詳細不明ですので参考程度にとどめてください。出典はTsAGIのデータですが、実測値なのか推測値なのかも発動機の運転条件も不明なのです。
 さて、このグラフを見てみると、資料②~⑥にかけての2速全開高度(丸で囲った部分)と独・米(・ソ)の2速全開高度に大きな差があることが分かります。この差は一体なぜ生じたのでしょうか。
 その原因を、重量差や空気抵抗の差と考えるのは難しそうです。まず第一に、米英はFw190Aの重量を一貫して3900kg前後と見積もっています。これは1945年においても他の資料を見る限りそのようです。この英軍鹵獲機のみ重量が大幅に増加していると考えることは難しそうです。
 加えて、興味深いのは資料④を除いた英軍鹵獲機の最高速度が独・米データのグラフ線上に乗っているということです。これは5500m付近までは英鹵獲機データと独・米データとはほとんど同速であろうということを示します。そして最高速度の差は全開高度の差によって生じていることも示しています。
 繰り返しになりますが、ここまでの全開高度の差(=結果として速度差)を重量や空気抵抗で説明するのは不可能と考えます。たしかに重量増による最高速度の低下や、飛行機の形状の変化による空気の流れの変化が吸排気に与える影響によって全開高度が低下することはあり得ますが、一気に1000m近い低下が起きるほどとは思えません。例えばスピットファイアMk.IXの500ポンド爆弾の有無による全開高度の差は、約250kgの重量増加と著しい空気抵抗の増加にも関わらず250ft(76m)に留まっています。
 さらに言えば、英・米軍自身も2400rpm/1.32ata時と2700rpm/1.42時に2000ft近い全開高度差があることは認識しているようですから(以下画像参照。資料⑤より)、この異常な低全開高度はなおさら不自然ということになります。
BMW801D鹵獲a
以上のことを踏まえると、
・英軍鹵獲機データと独・米軍データの最高速度の差は全開高度の差にある
・この差の理由を重量や空気抵抗に求めることは難しい
ことが言えそうです。
 この英側と独米側との全開高度の差は、英側が性能推算時に誤った全開高度を計算に用いたからかと思います。もしくは実飛行試験ができたのかもしれませんが、エンジンに問題があり通常よりも低くなったのかもしれません。いずれにしても他国のデータと矛盾する英軍鹵獲機データを実際のFw190Aの性能と捉えるのには無理がありそうです。

(3)FW社データと米軍データの関係性
 最後に、フォッケウルフ社のデータと米軍データ(資料⑦)の関係性について、前回記事の補足を試みようと思います。
 さて、2400rpm(実線)と2700rpm(点線)のグラフを用意しました。一見してわかるのは、なぜか1速過給機時の全開高度が米軍値の方がかなり高いという点です。一方でそれ以外の点では非常に似通った線となっています。
比較6=US
 この1速の全開高度の差は不明ですが、米テスト値の方が500mほど高いので1速全開時の最高速度に大きな差が出ています。Fw190の中には過給機用空気取入口をカウル外に開口したものもあったようで、そのような機体の全開高度はカウル内に開口したものと比べて大幅に向上したようですが、米軍テストで使用された機体はそのようなタイプではなかったようです。いずれにせよ、英軍鹵獲機データとの比較のような1000m近い差ではありません。

 ところで、米軍はドイツ側よりもオクタン価の高い燃料を使用し、それに合わせてエンジンを調整したために通常よりも高馬力を発揮したという話があるようです。それは本当なのでしょうか。
 資料⑦では、ドイツ側で使用されていたと考えられていた140オクタンガソリンを使用したと書かれています(III. N. a.)。そのうえで発動機馬力をFig.4として添付し、それは英国データを基にした推定であることを明記しています(VI. D.)。
 この図を見ると、2700rpm/1.42ata時の馬力はラム圧無しで20000ft弱において1500馬力ちょいになるかと思います。ドイツ側のデータは1440PS@5700mですから、確かに約100馬力ほどの向上があるようです。これについて場合分けしながら少し検証していきましょう。

ア.もし米軍がドイツの使用していた燃料が140オクタンだと考えていたならば、改めて米軍側で特別な調整をする必要はないかと思います。ということは馬力向上は推測計算時の誤りだと考えられます。
イ.「いやいや一回英軍試験時に100オクタン燃料で調整しており、米軍試験時に再度140オクタンに合わせて調整したのよ」という主張も可能かと思います。しかしながら、(2)にて画像を貼った資料⑤の馬力グラフを思い出してください。これは英軍によるデータですが、その2700rpm/1.42ata時の馬力は20000ftで1530馬力となっています。つまり、米軍データとほとんど差が無いことを示しています。すなわち、100オクタン⇒130オクタンへの馬力向上は説明できないことになります。
ウ.「それは違います。英軍試験時から130オクタンを利用していたので、両者に差が無いのです」とも主張できそうです。ですが、資料⑤内ではFw190Aの最高速度を636km/h@5500mとしているのです。同等の馬力で全開高度が約1000m、最高速度に約25km/hの差があるのは非常に不自然です。重量や空気抵抗が原因とは考えられないことは(2)にて既に説明しています。

 以上のア~ウを踏まえて、私はこの馬力向上は単純に推測時の計算の前提条件などに誤りがあったのではと考えます。もしくは、ドイツ側の馬力データは冷却ファンの馬力損失分を含めたうえでの数値だったのかもしれません。そうであれば、英軍値の1530馬力からグラフ内の説明書きにある60~80馬力を引いて1450~1470馬力(仏馬力なら1470~1490馬力くらい)となるので、誤差の範囲内になるかと思います。
 第一、オクタン価を変えただけではレシプロ発動機の馬力は上がりません。点火時期をずらすことによって微妙に馬力向上する可能性はありますが、それで今回のように1530÷1460=5%の馬力向上が得られるのかは私には分かりません。そもそも、独データと米データの速度グラフが1速全開高度を除いてほとんど重なっていると言っても過言でないこと、両者に重量の差がほとんど無いことから、馬力にも大きな差があったとは考えづらいのではないでしょうか。

まとめ
 それではまとめに入りたいと思います。前回記事の補足といいながら結局そこそこの文量になってしまいました。
 まず(1)では独米英ソの試験結果が一致することを明らかにしました。重量が3900kg前後での空冷Fw190Aの2400rpm時の速度性能は630km/h@5700m程度と考えてまず問題ないでしょう。
 (2)では、英軍鹵獲機データを基にしてFw190Aの実戦状態の性能を判断することは不適切であることを説明しました。これは2速全開高度に著しい差が見られることが理由で、重量や空気抵抗ではこの差を説明することはできません。
 最後に(3)においては米軍試験時に馬力が向上したという事実は無いのではないかと推測しました。これは米軍による鹵獲日本機の試験結果を見るときにも必要な視点かと思います。

 ところで、前回の記事でもFw190Aは度重なる重量増加で徐々に性能が低下していったことに触れました。以下の画像はフォッケウルフ社によるFw190A-8の速度性能データです。
Fw190A-8
 総重量4300kgにて、2700rpm/1.42ata時の最高速度は6200mで640km/h少々、同じく2400rpm/1.32ata時は5800mで610km/h少々になるかと思います。もし前線配備機であればこれよりも幾分性能低下している可能性がありますから、A-8型の実戦での2700rpm/1.42ataでの最高速度が620~630km/hであっても全くおかしくはありません。こういった結論は、フォッケウルフ社の資料を丁寧に追っていくだけでも十分導き出せると思います。不確かな英軍鹵獲機のデータを使う必要性は無いかと思いますが、皆様はいかがにお考えになりますか?

 さて、今回も最後までお読み頂きありがとうございました。ご意見・ご感想・異論・反論・矛盾点の指摘など是非是非お待ちしております。

はじめに

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。コロナ禍でなかなか先の見えない世の中ですが、ステイホームの時間を有効に使っていきましょう。

さて、今日は初めてドイツ機について考えてみたいと思います。Fw190と言えば、Bf109と並ぶドイツ軍の誇る戦闘機です。フォッケウルフ社の開発した単発単座の戦闘機で、空冷14気筒のBMW801エンジンを装備し、その重武装と頑丈さで有名です。1941年から実戦に加わると、スピットファイアMk.Vからドーバー海峡の制空権を奪い返すことに成功し、制空戦闘機としての任務に加えてJu87の事実上の後継機として地上攻撃任務にも従事しました。次第に機体性能もパイロットの技量も連合国軍に後れを取ることになってしまいましたが、あらゆる環境下で最期まで戦場を支え続けた本機はまさしくドイツの「軍馬」と呼ぶに相応しいでしょう。

一方でFw190は、その性能という点では、未だに確たる評価を受けていない印象です。非常に高く評価されることもある一方で、その反動なのか対照的な評価がなされることもあるようです。中には、よく知られるフォッケウルフ社のデータは、鹵獲機のテスト結果を考慮すると、実際とは大きくかけ離れているという説もあるようです。

今回の記事ではFw190の空冷型について(厳密に言えばBMW801Dエンジン搭載型について)、最高速度性能の観点から、その実力について少し考えてみたいと思います。

ちなみに先に断っておきますが、本記事はものすごく長くなってしまいました。可能な限りシンプルに読みやすく書いたつもりですが、多少読みづらいかもしれません。ご了承ください。

※本記事はtwitterのフォロワーやコメントを下さる方々の協力で構想・執筆できました。いつも本当にありがとうございます。

 

FW社のデータの検証

 まず結論から言うと、初期のFw190の性能値は実態とは異なる過剰なものだったことは間違いありません。しかしこれはフォッケウルフ社が見栄を張ったとかいう訳ではありません。というのも、空気の圧縮性の計算に関してどうやら誤りがあったようなのです。

190a5-performancetable

http://www.wwiiaircraftperformance.org/fw190/190a5-performancetable.jpg

この画像は、神の如きサイト”WWII Aircraft Performance”内で公開されているものです。というか、本記事で今後出てくる一次資料のほとんどはこのサイトが出典です。フォッケウルフ社作成のこの資料は、『BMW801D搭載の通常戦闘機型Fw190主要性能一覧』とでも訳せるでしょうか。

この画像の中で、カッコ内に表されている欄があると思います。例えばFw190A-5のエンジン回転数が2700回転の時の高度6300mでの最高速度は680km/hとなっています。この速度はカッコで括られていない他の速度と比べてダントツに速いかと思います。この差こそが空気の圧縮性の問題を正確に考慮に入れているかいないかの差なのです。

 欄外の*印に注があります。偉そうにタイトルの訳を書きましたが、実は私はドイツ語はさっぱりなので、この注をインターネットの力を借りて翻訳したところ、『*)括弧内の値は、Fw190A-3からA-5に誤ったパフォーマンスとして与えられました。(空気の圧縮性による対気速度計の誤った表示はまだ考慮されていません!)』なる非常に機械的な訳を得ることができました。(本当にこれであってますでしょうか?)

すなわち、BMW801Dエンジンを搭載し、GM-1のような出力増強装置を使用していない機体で、もし680km/h近い最高速度が示されている場合は、それはおそらく正確なデータではないのです。ちなみにこの空気の圧縮性の問題はなにもフォッケウルフ社に限った問題ではなかったようです。ただし、この辺りの詳しい背景事情はまだよく分かりません。

(参考:http://kurfurst.org/Performance_tests/109F4_Datenblatts/109F4_dblatt_calculated.html)

 もう一度、上の画像に戻ります。カッコ内のデータが誤りだとすれば、カッコの無いデータこそが、フォッケウルフ社の出したFw190Aの「正確な」データということになります。Fw190A-5であればエンジンが毎分2700回転時に656km/h@6300mが、真ん中のFw190A-6であれば651km/h@6300mというのがフォッケウルフ社の考える最高速度ということになります。それでは、これは果たして妥当な数字なのでしょうか?それとも机上の数字に過ぎないのでしょうか?

 

BMW801Dエンジンについて

 本題に入る前に、Fw190Aの性能を知るためにはその搭載発動機であるBMW801エンジンの性能について触れておかなければなりません。既に801D型やら2700回転やらと書いてしまっていますが、ここで説明させてください。

 BMW801エンジンとは、その名の通りBMW社が開発した星形14気筒の空冷エンジンです。もともと爆撃機への搭載用として考えられ、実際にDo217等に装備されましたが、戦闘機であるFw190にも採用されました。最初のFw190A-1およびA-2にはC型が、A-3からA-8にかけては強化されたD型が装備されています。

 今回の考察はこの内BMW801D装備の機体を対象としています。その理由は二つあります。一つはBMW801Cを装備した機体の性能データがそもそも不足しているから、もう一つは連合軍が鹵獲した機体にC型を装備している機体が含まれておらず、独側データとの比較ができないからです。

BMW801D馬力

 これはBMD801Dの性能を表した表です。日本式の表現を使えば「離陸・緊急出力」は「離昇」または「戦闘」出力に、「上昇・戦闘」出力は「公称」出力に相当するでしょうか。Fw190Aの速度性能を見るときは、これがどちらの運転条件で測定されたものなのかしっかりと確認しなければ正確な比較はできません。

 

 もう一点、Fw190Aの性能を見るときに注意すべき箇所があります。それは、使用発動機が運転制限下のものかそうでないかです。実は、誉21型と同じようにBMW801Dエンジンも運用当初は運転制限が課されていました。以下の画像はBMW801エンジンのマニュアルから運転諸元の部分を抜粋し和訳したものです。

BMW801D運転諸元

例えば「離陸・緊急」出力の場合は回転数が2700rpmから2450rpmへ、ブースト圧が1.42ataから1.35ataへそれぞれ抑えられています。具体的な運転制限の理由と対策についてはまだ調べが足りていませんが、おそらく取説内の説明からするとシリンダー温度の過昇が原因と思われます。1942年中はこの制限が続いたものと考えられます。

 

 さらに、BMW801Dエンジンには各種の出力増強装置を取り付けることが出来ました。例えば亜酸化窒素を噴射することでアンチ・ノック性を高めるとともに酸素を発生させて高高度性能を向上させる「GM-1」や、より単純な水メタノール噴射装置「MW50」、さらにもっと単純に燃料を冷却材として噴射する装置(英語圏だと”C-3 injection”と呼んでいる模様。訳すと「C-3燃料噴射」かな?)などが存在しています。実際生産機に広く搭載されたのはこの”C-3 injection”のみのようですが、最大1.42ataだったブースト圧を1.65ataまで向上させています。

 ということで、Fw190Aの性能を見るときは、発動機に関連する事項としては①運転条件、②運転制限、③出力増強装置の3点を考慮する必要がありそうです。

 

米英鹵獲機の性能の検証

 それでは本題に入りましょう。果たしてFw社のデータは現実に即さない過剰なものだったのでしょうか?これを検証するために、連合国側に鹵獲されたFw190Aの性能を用います。もし両者の性能に著しい差が無ければFw社の数値は信頼できるものとなりますし、説明できないような差があるようならば、Fw社のコンプライアンス違反ということになりますね()

 

 さて、いろいろと調べたところ以下のような鹵獲機の性能に関する資料を得ることができました。

①米陸軍 Focke-Wulf190A-3”(1942/8/5)

②米陸軍Performanceof Fw190 Fighter”(1942/8/11)

③英空軍 Report No.55Tactical Trials – FW.190”(1942/8/18以前?)

④英空軍 Fw190Aの性能グラフ、タイトル不明(1943/10/7)

⑤米陸軍MemorandumReport on German Fighter – Focke-Wulf 190”(1943/12/6)

⑥英空軍 F.W.190.A-3(BMW801D)Performance Tests”(1943/12/21)

⑦米陸軍 Performanceand Handling Characteristics of the Fw-190 Airplane”(1944/5/26)

⑧米海軍 “No.PTR-1107”(1944以降?)

 

以上の資料から速度データのみを抜き出して整理すると以下の表のようになります。①~②はFw190A-3、⑥はFw190A-4と推測されます。⑦はFw190G-3です。その他は詳細な型式は不明です。

鹵獲機データ

また、比較の参考としてFw190Aの各型のドイツ側の性能を以下の表に示します。誤解を恐れずに言えば、Fw190A型、F型、G型は外見的には基本同一で、エンジンも-9型を除いて同じです。なお、武装・装備がそれぞれ異なるので重量には差があります。表中に示した機種では、重量の増加に従って徐々に性能が低下していることが分かります。一番右のA-8型では”C-3 Injection”を使用しているようで許容ブースト圧を上昇させており、全開高度は低下しましたが性能の低下を食い止めています。

Fw190各型

まず鹵獲機データの「離陸・緊急」出力に注目してみると、194243(②~⑥)のデータはおおむね390mph@18000ft(630km/h@5500m)となっています。これはドイツ側のデータとは20mphのほど開きがあります。一方で1944年以降の米陸海軍のデータとは非常に一致し、むしろ米軍データの方が良すぎる気さえします。「上昇・戦闘」馬力については、得られたデータの母数が少ないものの±10mph程度の差に収まっており、ドイツ側データと鹵獲機の間に特別矛盾は感じられません。すなわち、離陸・緊急出力データに何らかの謎が隠されているということになります。

 

細かい検証作業へ

結論から言ってしまうと、鹵獲機の低すぎる「離陸・緊急」出力の速度は、誤った推定に基づいた数値ではないかと私は考えています。その理由を説明していきましょう。

鹵獲機データ表中の赤字で書いてあるデータは、資料中に実測値ではなく推測値であることが明言されているものです。なぜ推測値なのかというと、それも資料中に書いてありますが、エンジンが完調でないために離陸・緊急出力での試験ができなかったためです。③~⑤にかけてははっきりと推測値とは書かれていませんが、実測値とも書かれていません。いませんが、資料③の数値については前後の文脈から判断するに99%推測値と思われます。

 ではこれらの推測値の根拠となったものは何かと考えると、①で計測された「運転制限」(de-rated)下での「離陸・緊急」出力時の最高速度ではないでしょうか。少なくとも資料②内では、2450rpm1.35ataという制限が課せられた状態での速度データを基に392mph@17250ftを推定していることがはっきりと書かれています。また、資料⑥の書かれた時期になっても発動機の全力運転が出来なかったのならば、③~⑤においても2700rpmでの飛行試験が出来たかどうか非常に疑わしいのではないでしょうか。

 

 しかしながら、この説もまた推測に過ぎず、いくつか弱い点があります。ひとつは、②~⑥の間に細かい数値の違いがみられることに対する説明が出来ないことです。最小値から最大値まで、速度でいえば8mph、高度では1750ftの差が生じていますが、もし単一のデータを基にしているのであればこうもバリエーションは出ないような気もします。また、資料④や資料⑤が実測値である可能性も否定できません。これに対する反論としては:数値を丸めただけ、計算条件(重量や馬力)に差がある、転写時の誤り、などが思いつきますが決め手になるようなものはありません。

もうひとつの弱い点は、運転制限下とはいえ資料①の実測データがあまりにも低すぎることです。2450rpm1.35ataとなると、非運転制限下の「上昇・戦闘」出力とほとんど同等の運転条件ですから630km/hくらいは出ていても良さそうなのですが、375mph(604km/h)とかなり低い数値となっています。試験に使用されたFw190A-3はブリストル海峡をドーバー海峡と間違えて英ペンブリー基地に間違えて着陸してしまったかの有名なW/Nr.135313で、無傷で入手できたはずですからかなり実戦時に近い性能の測定ができたものと思われます。なお、資料①では燃料の違いの影響はほとんどないと指摘されていますが、英軍による迷彩塗装が速度低下に関係あるかもと触れられています。ただ塗装程度で何十キロも速度低下することはないはずです。もしかしたらこの予想以下の性能に発動機の運転制限が関わっているのかもしれませんがその辺りも不明です。

 

さて、一つ目の弱い点について反論を試みます。細かい数値の差異は置いておいて、もしこれらが実測値であった場合、明らかに不自然な2点あります。まずは全開高度です。ドイツ側資料では「離陸・緊急」出力時の全開高度は6300m付近となっていますが、にかけての鹵獲機データでは5500m前後と低すぎます。これは米鹵獲機のデータとも矛盾します(米データも怪しいところはありますが、、、)

2点目です。資料④を拡大したものを以下に貼りますので見てください。

fw190a-chart-7oct43改
赤字が「上昇・戦闘」出力で青字が「離陸・緊急」出力時の水平最大速度を示すのですが、1000018000ftにかけての速度にほとんど差がありません。これは普通に考えたらあり得ないことです。1速時にはかなりの性能差がありながら2速時にはほとんど性能差が無いというのも奇妙です。

二つ目の弱い点について反論します。確かに運転制限下での性能は予期した以上に低いものでしたが資料④(と⑥)では実際の速度試験の結果をもとに384mph@18000ft(618km/h)を出しています。この試験に使われた機体には発動機の運転制限は無く、「上昇・戦闘」出力で試験が行われていますが資料⑥内の記述より「離陸・緊急」出力での試験はエンジンの状態が悪く実施できなかったようです。この「上昇・戦闘」出力で最高速度618km/hということであればドイツ側の資料との差も鹵獲機ということを考えると充分許容範囲かと思いますし、今回のような検証は悪い方の実測値に注目するよりも、実際にこの性能が発揮できたという良い方の数値に注目すべき性質の検証だと考えています。

(※ちなみに余談ですが、資料⑥では本機をFw190A-3としていますが、実際はおそらくFw190A-4と思われます。というのもこの機体は排気口の開度が調節可能となっていたようですが、これはA-3にはないA-4以降の機能だからです。英軍は194243年にかけて少なくとも4機の飛行可能なFw190Aを保有していたようです。)

 以上のことより、②~⑥にかけての「離陸・緊急」出力時の性能を基にしてFw190Aの速度性能を判断するのは適切ではないのではないかと考えています。

 

米軍データの妥当性

 ここで資料⑦と⑧の妥当性について触れておきましょう。資料⑦はFw190G-3(W/Nr.160016)を使用して試験が行われました。G型は長距離戦闘爆撃機型で各種地上攻撃装備のほか燃料タンクが増設されています。

さて、本機の試験結果はドイツ側のデータと非常に似通った数値を示しており、むしろそれよりも良くなっている感さえあります。アメリカに鹵獲された日本機も日本側データより良い数値を出したと言われますが、それは誤りで単なる計算値に過ぎなかったと考えられます。このFw190についてはどうなのでしょう。

 レポート内をよく見る限り実測値とみて問題なさそうです。理由としては、性能部分の項が”Performance Test”となっていること、ピトー管の位置誤差修正がしっかりとなされていること及びグラフのプロットの仕方です。馬力グラフを見るとドイツ側データよりも馬力が出ているように見えますが、本機の良すぎる性能はエンジンを何かしらいじったからでしょうか?運転条件はドイツ側のものとほぼ同一のようです。いずれにしても信頼度は高めの資料と考えています。

 資料⑧については結構怪しめの資料です。この資料では全開高度が示されておらず、差し当たり一番速い数値を表に入れたのですが、その高度が25000ftと高すぎるのです。全開高度はこれよりもう少し低めの6000m後半代と仮定すると最高速度は680km/hくらいになってしまいそうな勢いです。もしかしたら25000ftの速度は何かの計算ミスかもしれないです。一応20000ftでの速度は401mph(645km/h)となっており、これは非常に妥当な感じがします。25000ftの数値が何かの間違いであるという前提であれば、このデータも検証の選択肢に入れてもよさそうです。

 

結論

 それでは以上の検証を基に結論に入ります。いつの間にかもう6千字近くなってしまいました。もう少しお付き合いください。

 私の結論としては、BMW801Dエンジン装備のFw190A型の最高速度は、フォッケウルフ社作成のものに数値の誇張などは見られず、空気の圧縮性を正確に考慮に入れてありさえすれば、信頼に足るものと考えています。

その理由としては、

・英軍の鹵獲したFw190A-4の「上昇・戦闘」出力時の性能とドイツ側データとの性能差が、鹵獲機であることを考慮に入れれば、10mph以内に収まっており十分に許容範囲内であると考えられるため。

・米軍の鹵獲したFw190G-3の試験結果によると、ドイツ側の性能と非常に似通った性能が発揮できているため

・英軍による鹵獲機の「離陸・緊急」出力性能は運転制限下の機体による性能を基にしていると思われるが、理由は不明であるが本機の性能は通常よりも大きく低下しており、推定の前提として利用するには相応しくないと考えられるため

となります。当然ドイツ側の数値はベストコンディションな整備状態を前提とした数値だと思われますから、実戦状態では幾分性能が低下していることは考慮に入れるべきと考えます。

 なお、日本に輸入されたFw190A-5の性能として611km/h@5180mというものがありますが、これが本当に日本側で測定した実測値なのか不明な上に重量やエンジンの運転条件なども全く不明なため、今回の考察には含めませんでした(ソ連も同様)



 さて、以上で今回の記事は終了となります。長くなってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。「確かにそうかも」や「いやいやそれは違うでしょ」など皆さんのご意見やご感想をお待ちしております。

最後に、冒頭にも書きましたが本記事はツイッターや本ブログで情報を下さった皆さんのお陰で完成しました。本当にありがとうございました。

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