はじめに
 英国の誇る傑作戦闘機「スピットファイア」は、戦前に登場した戦闘機でありながら、その優秀な基本設計のおかげで、エンジンの強化のみで終戦まで戦い続けたまさに伝説です。スピットファイアはその戦歴の長さから、数多くのバリエーションが生まれています。
 突然ですが、皆さんはどのタイプが一番好きでしょうか?2段過給機を備えたMk.IXでしょうか。それとも零戦とオーストラリア上空で戦いを繰り広げたMk.Vでしょうか。もしかしたら、バトル・オブ・ブリテン(BOB)を戦ったMk.Iが一番の人気かもしれません。
 ところで、量産開始時のMk.IとBOB時のMk.Iとでは、同じ型式名を持つものの、その性能には大きな違いがあります。実を言うと、時代が下るにつれ最高速度は低下してしまいます。ですが、それは度重なる「改良」の結果なのです。今回の記事では、スピットファイアMk.I(と、ついでにMk.II)の性能の変遷を追ってみたいと思います。

3つの視点
 早速ですが、スピットファイアMk.Iの性能の変化を見るには、おそらく3つの視点があると考えています。ひとつは「プロペラの改良」、もうひとつは「実用性の向上と、それに伴う空気抵抗の増加」、最後が「オクタン価の向上」です。それでは、これらに関してひとつずつみていくことにしましょう。

1.プロペラの改良
 まずは、「プロペラの改良」についてです。実は、当初Mk.Iのプロペラは木製2翅の固定ピッチのものでした。固定ピッチのプロペラは構造が単純かつ軽量というメリットもあります。しかしながら、航空機の進歩によって離陸速度と最大速度との幅が大きくなると固定ピッチプロペラでは次第に都合が悪くなってしまいました。なぜなら、飛行機というのは前に進んでいますから、相対風を加味すると離陸時・巡航時・最大全速時でそれぞれ最適なピッチ角というのは異なっているのです。
 この問題の解決のために、量産78号機から2段可変ピッチ機構を持つ金属3翅のデ・ハビランド社製のプロペラが装備されました。これによって、固定ピッチプロペラを装備した量産初号機(K9787)と比較し、可変ピッチプロペラ装備機(K9793)は重量が50kgほど増加したにも関わらず、最高速度は約7km/h向上し、離陸滑走距離に至っては3/4程度まで短縮することができました。一方で上昇性能については悪化してしまいました。
 プロペラの改良は続きます。今度は定回転プロペラの導入です。これはエンジン回転数を一定に保つためにピッチ角が自動で調整されるという代物で、高・低の2段しか操作できなかった2段可変ピッチに比べて非常に効率的にエンジンのパワーをプロペラに伝えることができるようになりました。これによる上昇性能への影響は絶大で、2段可変ピッチ装備機(K9793)と比較すると、ある定回転プロペラ装備機(N3171)の20000ftへの上昇時間は約50kgの重量増加にもかかわらず、11.4分から7.7分へと大幅な向上を見ています。この低回転プロペラへの換装作業は、BOBを目前にして急ピッチで進められました。
 以上のように、Mk.Iのプロペラは木製2翅固定ピッチ⇒金属3翅2段可変ピッチ⇒金属3翅定回転と経て、上昇性能や離陸滑走距離が大幅に向上しました。参考に、3種類のプロペラ毎に性能比較表を作成しました。概ね性能が向上していることが読み取れると思います。しかしながら、定回転プロペラ機の最高速度は低下してしまっています。一体何が起きたのでしょうか?
初期型スピットファイアの諸元比較A

2.実用性の向上と、それに伴う空気抵抗の増加
 実は、当初スピットファイアに防弾装備と呼ばれるものはありませんでした。ですが、もちろん時代の流れとして量産途中から防弾装備が追加されていきます。すなわち、風防前面の防弾ガラスと、パイロットおよび燃料タンク用の防弾鋼板です。加えて、視界を良好にするために、風防が直線的なものから丸みを帯びたドーム型のものに変更されました。こういった改造は、日本で言えば雷電でも見られます。さらに、後方警戒のためのバック・ミラーも風防上部に取付けられたり、敵味方識別装置(IFF)が追加されたり、20mm機関砲を装備する機体まで現れました。このような改修の結果、機体重量は増え、空気抵抗も増加することになりました。
 例えば、防弾ガラスの有無による最高速度への影響は6mph(約9.7km/h)とされ、同じくIFFのアンテナ線による影響は2mph(約3.2km/h)とされています。
 上の表中のN3171号機は、ドーム型風防および防弾ガラスは装備していたもののバックミラーの装備は無かったようなので、より実戦状態に近い機体の速度はこれよりももう少し低く350mph(560km/h強)程度であったと考えられます。
 最初期のMk.Iの風防と、各種改修後の風防とを比較したイラストを参考として添付します。量産途中に実用性向上のため細かな改修が行われ、その結果多少の性能低下をもたらすことは国や機体を問わずあります。逆に言えば、性能低下と引き換えにしても必要な改修であったともとれます。
スピットファイア風防比較

3.オクタン価の向上
 ところで、スピットファイアMk.Iの装備していた発動機はマーリンIIもしくはIIIです。両者は基本的に同一のものですが、マーリンIIIは定回転プロペラを装備できるようになっています。使用燃料のオクタン価は「87」で、同時代のドイツや日本と変わりはありませんでした。戦闘時には回転数3000rpm、ブースト圧が+6.25ポンド毎平方インチの運転が5分間許容されており、試験時の水平最大速度もおおむねこの条件で測定されています。
 一方で、米国では既に100オクタン燃料が使用されており、1940年春には英空軍でも使用が開始されます。これによってマーリンII/IIIの許容ブースト圧が従来の+6.25ポンドから一気に+12.0ポンドまで向上し、以下のグラフのように、これまでの全開高度以下での性能が大幅に強化されました。
スピットファイアMk.Iブースト圧向上
 最高速度の向上自体は5mph(約8km/h)程度に過ぎませんが、全開高度以下での同高度での速度は50km/h近く向上するなど、低高度では大幅なパワーアップを果たしました。ちなみに、これでも2段可変ピッチ時代のMk.Iの速度にはかないません。

Mk.Iまとめ
 ということで、スピットファイアMk.Iの性能の変遷を3つの視点から考えてきました。単純な最高速度だけ見れば、木製固定ピッチや2段可変ピッチプロペラを装備していた頃の機体の方が優速なのですが、戦場に求められたのは、速度の低下がありつつも速度以外の実用性が大きく向上していた機体であったと言えます。また、100オクタン燃料の導入によって、最高速度という点でみれば初期の機体にはかないませんが、低高度帯での速度性能は大幅に向上しています。

おまけ:スピットファイアMk.IIの性能
 Mk.Iの話をしたので、同じくBOBを戦ったMk.IIにも触れたいと思います。どうにもMk.IIはMk.Iと比較して性能向上幅が小さく、影が薄くなりがちです。
 まず、Mk.IとMk.IIの最大の違いはエンジンです。Mk.IIに搭載されたのはマーリンXIIというエンジンで、100オクタン燃料の使用を前提としています。そのため、高オクタン燃料の導入に合わせてマーリンII/IIIと比較して過給機インペラの増速比が上げられています。それ以外としては、よくMk.IIはロートル社製の幅広のプロペラブレードが特徴と説明されることがありますが、必ずしもこれはMk.IIのみに装備されたわけではありません。Mk.Iでも同種のプロペラを装備した機体がありますし、逆にMk.Iのプロペラを装備しているMk.IIも確認されています。
 もし外見だけで判断するのであれば、Mk.IIのみに存在する、機首右舷のプロペラの付根付近の小さなバルジが識別点です。Mk.IとMk.IIではエンジンの始動方式が異なり、このバルジの中にはエンジン始動用のコフマン・スターターが納められています。
マーリン1段1速型比較A
 さて、Mk.IIの性能ですが、よく知られているのは量産初号機「P7280」の試験結果でしょう。これによると、20000ftまでの上昇時間は約40秒向上し、上昇限度も3000ftほど高くなっていますが、肝心の最高速度はMk.IのN3171号機と同じ354mph(569.7km/h)に留まっています。
 P7280号機は、56kgの重量増加はあるものの、外見的にはN3171号機と基本的には同一です。それ以外の相違点は、上述の機首部分のバルジと、ラジエーターがモリス・タイプに変更されている程度ですが、このラジエーターの違いについてはよく分かりません。
mk.Iとmk.II比較(速度)
mk.Iとmk.II比較(上昇率)
 上のグラフがN3171(Mk.I/紫)とP7280(Mk.II/赤)の速度の比較です。P7280号機のブースト圧は+9.0ポンドで測定されています。Mk.Iとの比較のために、+6.25ポンド時の推定速度を点線で表しています。下のグラフは同じ2機の上昇率の比較グラフです。
 重量の差がありながらも上昇率がはっきりと優位な点で、発動機そのものの問題とはあまり考えられません。とすると、P7280号機の方には余計な空気抵抗があるか、3000rpm時にプロペラの効率が落ちていることが考えられます(実は同様の傾向がN3171でもあった模様)。
 P7280号機の試験レポートには、「マーリンXIIの馬力増加分を考慮すると、全開高度以下の性能向上は期待以下である」と書かれています。一方で、続けて「公称高度以上の上昇性能の向上は、上昇限度の向上と共に、満足できるものである」とされています。

 一方で、スピットファイアMk.IにマーリンXIIを装備したMk.IIのプロトタイプである「K9791」は様々なプロペラを装備して速度テストを行っていますが、おおむね18000ft(5500m)前後で365~370mph(590km/h前後)を記録しています。やはりP7280号機の速度が出ないのはプロペラの問題で、実際のところは590km/hぐらいは出たのではないでしょうか。
 ちなみにMk.IIもMk.Iと同様のちにブースト圧が+12.0ポンドまで許容されており、上記グラフよりも実戦での低空性能は向上しています。

まとめ
 それでは今回のまとめに移ります。シルバースピットファイア以来のスピットファイアの記事でしたが、今回の記事ではMk.Iの性能の変遷と、Mk.IIの性能について書いてみました。
 Mk.Iについては、BOB時の性能は、量産初期と比較すると最高速度は劣っていますが、その他の面では向上していることが分かって頂けたかと思います。そして、そのキーワードは、プロペラ、実用性そしてオクタン価だと考えます。
 一方でMk.IIについては、エンジン換装による馬力向上を考慮すると、量産初号機の試験結果は速度の面でいささか物足りないものがありますが、他の機体の試験結果をみると、実際はもう少し速度が出ていた可能性があります。この原因はプロペラのミスマッチかもしれません。一方で上昇性能に関しては、馬力向上に見合う性能の向上があったことが分かりました。

今回も、最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ、ご意見ご感想をお聞かせください。
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※本記事はWEBサイト「WWII Aircraft Performance」内の資料を主に参考にして書いています。