WW2航空機の性能:WarbirdPerformanceBlog

第二次大戦中の日本軍航空機を中心に、その性能を探ります。

2020年12月

はじめに
 前回の記事の終わりに予告した通り、今回は日本版戦時緊急出力("War Emergency Power"、"W.E.P.")である「戦闘馬力」について書いてみようと思います。
 そもそも、どうやら戦争後期になって日本も戦闘馬力を導入したらしいことは既に古峰文三氏が指摘していました。例えば「丸」編集部編『最強戦闘機 紫電改』(2010)の124頁にて、『昭和19年に入ると敵新鋭戦闘機との性能差を埋めるために運転時間の制限を緩和して離昇馬力に相当する運転を10分程度の目安で許容する規定が検討され始め』、『昭和19年12月から公認された』と書かれています。
 それでは、具体的にはどのような機種、エンジンでこの戦闘馬力が許容されたのでしょうか?それを知る手掛かりがアジア歴史資料センターにありました。

「戦闘馬力」の詳細
 早速以下の画像を見てください。昭和19年10月26日付の海軍公報(軍極秘)です。ざっと目を通してみてください。
S20No.13164
ポイントとしては、
・現用機を改造によらず性能向上させることが目的
・使用者の意図に応じて10分以内の連続使用が許容される
・適用機種、発動機が定められている
といったところが挙げられるでしょうか。基本的には離昇馬力と同様の運転条件のようですが、アツタ20型のみどういうわけか異なっています。雷電の公称馬力での最高速度を5500mで590km/h程度と仮定すれば、戦闘馬力での速度は4000~5000mで600km/h+αくらいにはなりそうです。
 一方で、紫電や彩雲、一式陸攻などは「実験中につき当分の間現状通り使用のこと」とあります。これはつまり裏を返せば各種機体で戦闘馬力の試験を行った/行っていることを意味し、当然最高速度速度の向上の程度も試験されていると思われます。実際どのくらいの向上が見られたのか非常に気になるところです。
 もうひとつ気になる点があるとすれば、誉10型でも戦闘馬力が許容されていることでしょうか。今までのイメージでは誉発動機は非常にデリケートなものという印象でしたが、少なくとも毎分2900回転、+400mmHgまでは比較的安定して回すことができたひとつの傍証になると思います。

 ところで、防衛研究所内には「栄発動機三一型」の仮取扱説明書が所蔵されています。昭和19年5月付のものなのですが、運転諸元には離昇運転、公称運転に加えて「仮称戦闘馬力公称運転」の欄があり、10分間の使用が許容されています。となると、過去記事「〈考察⑩〉栄31型の馬力性能について」にて表中で栄31型の真の公称出力としたものは「戦闘馬力」使用時の性能で、表中で「栄31甲型」と性能としたものが「公称馬力」の性能と考えてよさそうです。また、栄31型がこのようであるならば陸軍版のハ115IIでの運転条件も気になるところです。一式戦2型と比べて3型で性能向上がほとんど見られないのは、あくまで公称馬力時の運転条件には変更がなかったからなのかもしれません。

まとめ
 それでは今回のまとめです。日本でも1944年から離昇馬力と同等の運転条件で10分間の連続運転を許容する「戦闘馬力」の検討が始まり、実験を経て44年末には正式に導入されたと考えられます。しかしながら、この戦闘馬力で計測されたと思われる速度性能値等は今のところ確認できていません。また、44年10月時点では零戦や雷電での戦闘馬力の使用は認められていますが、紫電などでは認められていませんでした。その後適用範囲が広がったのかどうかについては分かりません。同様に、陸軍の状況についても分かっていません。引き続き調査を続けていきたいと思います。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!!皆様のご意見ご感想もお待ちしております!!

みなさんこんにちは。今回の記事は短いですが、前に書いた記事の補足となります。

 8月に書いた記事で雷電33型と火星26型について書きましたが、その中で火星26型と26甲型の違いについて「今ここで何が正解かを答えることはできそうにありません」としましたが、案外簡単に判明しましたので報告します。
 アジ歴で海軍公報(「秘」のほう)を見ていたところ、1945年1月6日付のこんなものを見つけました。以下の画像を見てください。
航本機密第60号
 はっきり答えが書いてあると思います。無印の火星26型は「火星23甲型の減速比を0.625に変更し高度性能を向上せるもの」とあります。一方で火星26甲型では「火星26型の減速装置を差し当たり火星23甲型と同一とせるもの」と書いてありますから、つまり減速比は0.5ということになります。すなわち、両者の違いは減速比にあったということで間違いなさそうです。一方で雷電33型装備発動機はこの表を見る限り火星26甲型となりますね。雷電33型への疑問が一歩ずつ氷解していっています。

 ところで気になるのが表中の「誉発動機21甲型」です。シリンダーのフィンを砂型で成型し、誉12型相当に制限使用するもののことを指すようです。誉21型も1945年4月19日付の内令兵で4月1日にさかのぼって制式採用されていますが、そこでも誉12型の性能に制限使用となっています。結局のところフィンの成型方法がどうであれ運転制限は終戦まで解除されなかったのでしょうか。調査を続行します。

 ちなみにそんな中、アメリカ軍のWar Emergency Powerに相当する「戦闘馬力」が日本でも戦争末期に認められていた可能性があります。次回はそれについて書いてみようと思います。

 それでは、今回も最後までお読みいただきありがとうございました。皆様のご意見ご感想お待ちしております<(_ _)>

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