はじめに
前回記事にて、誉発動機搭載機の全開高度から搭載発動機のサブタイプの推測を行いましたが、表にプロットした上でアバウトに当てはめただけで、全開高度と公称高度の差についての説明は一切していませんでした。今回はその件に関してコメントを頂いたということもあり、説明を加えてみたいと思います。
まず初めに、語句の定義を定めたいと思います。この記事内では、
・「公称高度」とは、地上運転の結果から計算された公称運転条件で最大馬力を発揮する高度のこととします。この場合飛行速度によるラム圧効果は考慮されていません。
・「全開高度」とは、実際に規定ブースト圧を維持できる上限の高度のこととします。一般にラム圧効果により公称高度よりも高くなると考えられます。
例えば、誉11型の二速公称高度は5700mとされていますが、紫電改の試験飛行の際の全開高度は5600mでした。ではなぜ公称高度よりも全開高度の方が低くなっているのでしょうか。これには二つのアプローチが考えられます。
説①:計算方法が間違っている
第一の説は、そもそも公称高度の算出方法が間違っているというものです。誉発動機だけでなく、大戦中の日本軍機は計算上の公称高度よりも実際の全開高度が低くなるということを経験していました。例えば、火星21型を搭載した一式陸上攻撃機22型は、公称高度5500mを大きく下回る4600mにて最高速度を記録しています。
この現象の原因として考えられたのが計算方法の誤りでした。三菱は独自に再測定した結果火星20型の公称高度を4800mとしているようですし、中島飛行機荻窪製作所の設計部も昭和19年8月に発動機の高空性能試験法の改正案を出しています。
説②:空気吸入管・空気取入口の設計が悪い
第二の説は、空気吸入管・空気取入口の設計が影響しているというものです。中島飛行機のある研究報告では空気取入口の空気抵抗によっては全開高度の低下もあり得るとされています。
また具体的事例のひとつとして、キ44(のちの二式戦闘機「鍾馗」)試作時にも公称高度と全開高度の差が問題となり、様々な空気吸入管が試されたことがあります。その結果、具体的な全開高度については不明ですが最高速度が550km/h程度から約620km/hまで向上したということです。
もうひとつの具体例として、一式陸上攻撃機のエンジンを火星11型から火星15型に換装するに際して、二種類の空気取入口が試されています。一つはエンジンカウル内に開口しているもので、もうひとつはカウル外に突出したものでしたが、前者の全開高度が5900mだったのに対して後者は6200mと300mの差が生じるという結果となっています。
結論:どちらも正しそう
二つの説は、どちらが正しいのでしょうか?おそらくどちらも正しいのだと思います。計算方法については、誉21型の公称高度は昭和19年のどこかのタイミングで6400mから6100mに変わっている*1のですが、上記の中島飛行機の試験法の改正を受けた結果とも考えられます。
前回記事にて、誉発動機搭載機の全開高度から搭載発動機のサブタイプの推測を行いましたが、表にプロットした上でアバウトに当てはめただけで、全開高度と公称高度の差についての説明は一切していませんでした。今回はその件に関してコメントを頂いたということもあり、説明を加えてみたいと思います。
まず初めに、語句の定義を定めたいと思います。この記事内では、
・「公称高度」とは、地上運転の結果から計算された公称運転条件で最大馬力を発揮する高度のこととします。この場合飛行速度によるラム圧効果は考慮されていません。
・「全開高度」とは、実際に規定ブースト圧を維持できる上限の高度のこととします。一般にラム圧効果により公称高度よりも高くなると考えられます。
例えば、誉11型の二速公称高度は5700mとされていますが、紫電改の試験飛行の際の全開高度は5600mでした。ではなぜ公称高度よりも全開高度の方が低くなっているのでしょうか。これには二つのアプローチが考えられます。
説①:計算方法が間違っている
第一の説は、そもそも公称高度の算出方法が間違っているというものです。誉発動機だけでなく、大戦中の日本軍機は計算上の公称高度よりも実際の全開高度が低くなるということを経験していました。例えば、火星21型を搭載した一式陸上攻撃機22型は、公称高度5500mを大きく下回る4600mにて最高速度を記録しています。
この現象の原因として考えられたのが計算方法の誤りでした。三菱は独自に再測定した結果火星20型の公称高度を4800mとしているようですし、中島飛行機荻窪製作所の設計部も昭和19年8月に発動機の高空性能試験法の改正案を出しています。
説②:空気吸入管・空気取入口の設計が悪い
第二の説は、空気吸入管・空気取入口の設計が影響しているというものです。中島飛行機のある研究報告では空気取入口の空気抵抗によっては全開高度の低下もあり得るとされています。
また具体的事例のひとつとして、キ44(のちの二式戦闘機「鍾馗」)試作時にも公称高度と全開高度の差が問題となり、様々な空気吸入管が試されたことがあります。その結果、具体的な全開高度については不明ですが最高速度が550km/h程度から約620km/hまで向上したということです。
もうひとつの具体例として、一式陸上攻撃機のエンジンを火星11型から火星15型に換装するに際して、二種類の空気取入口が試されています。一つはエンジンカウル内に開口しているもので、もうひとつはカウル外に突出したものでしたが、前者の全開高度が5900mだったのに対して後者は6200mと300mの差が生じるという結果となっています。
結論:どちらも正しそう
二つの説は、どちらが正しいのでしょうか?おそらくどちらも正しいのだと思います。計算方法については、誉21型の公称高度は昭和19年のどこかのタイミングで6400mから6100mに変わっている*1のですが、上記の中島飛行機の試験法の改正を受けた結果とも考えられます。
空気吸入管や空気取入口の設計のまずさが誉発動機の公称高度と全開高度との差を生んだことに関しても、下図に示すように紫電の空気取入口の形状は試作1号機と量産機とでは相当の違いがあります(毎度のごとく手書きの絵ですいません)。1号機と量産機の間にも何度も設計変更が繰り返されており、悪い設計の空気取入口での全開高度が5600mで、改善された結果が5900mという数値なのかもしれません。
ちなみに紫電改の空気取入口も試作中に何度も形状が変わっていますから、5600mという数値も試作時の数値で、量産型では紫電同様に6000m付近まで向上している可能性があります。
ところで、四式戦闘機「疾風」の空気取入口は試作を通じて特段形状変更はなされていないようです。上述した鍾馗の設計時の経験が上手く活きた結果と考えられます。
さて、今回は誉発動機搭載機の公称高度と全開高度の差の原因について考えてみました。皆さんはどのように考えられますでしょうか?なにかお考えがあれば是非コメントお願い致します。
ところで、誉搭載機で残されている性能値に大きな差がある機体と言えば彩雲が残っていますが、635km/hを計測したとされる8号機の機首形状が不明なため、今回は考察に含みませんでした。ただし、試製烈風なんかも含めて強制冷却ファンの効果というのも気になるところではあります。それは次回以降の宿題ということで。
それでは今回も最後までお読みいただきありがとうございました。一気に秋らしくなり、朝晩は寒いくらいですね。皆さんもお体に気を付けてお過ごしください。
参考文献
内田政太郎「2式戦闘機「鍾馗」」『日本傑作機物語』酣燈社(1959)
渡部一郎『航空ピストン発動機の高空性能』日本航空学会誌(1954)
ちなみに紫電改の空気取入口も試作中に何度も形状が変わっていますから、5600mという数値も試作時の数値で、量産型では紫電同様に6000m付近まで向上している可能性があります。
ところで、四式戦闘機「疾風」の空気取入口は試作を通じて特段形状変更はなされていないようです。上述した鍾馗の設計時の経験が上手く活きた結果と考えられます。
さて、今回は誉発動機搭載機の公称高度と全開高度の差の原因について考えてみました。皆さんはどのように考えられますでしょうか?なにかお考えがあれば是非コメントお願い致します。
ところで、誉搭載機で残されている性能値に大きな差がある機体と言えば彩雲が残っていますが、635km/hを計測したとされる8号機の機首形状が不明なため、今回は考察に含みませんでした。ただし、試製烈風なんかも含めて強制冷却ファンの効果というのも気になるところではあります。それは次回以降の宿題ということで。
それでは今回も最後までお読みいただきありがとうございました。一気に秋らしくなり、朝晩は寒いくらいですね。皆さんもお体に気を付けてお過ごしください。
参考文献
内田政太郎「2式戦闘機「鍾馗」」『日本傑作機物語』酣燈社(1959)
渡部一郎『航空ピストン発動機の高空性能』日本航空学会誌(1954)