WW2航空機の性能:WarbirdPerformanceBlog

第二次大戦中の日本軍航空機を中心に、その性能を探ります。

2020年09月

はじめに
 前回記事にて、誉発動機搭載機の全開高度から搭載発動機のサブタイプの推測を行いましたが、表にプロットした上でアバウトに当てはめただけで、全開高度と公称高度の差についての説明は一切していませんでした。今回はその件に関してコメントを頂いたということもあり、説明を加えてみたいと思います。

 まず初めに、語句の定義を定めたいと思います。この記事内では、
・「公称高度」とは、地上運転の結果から計算された公称運転条件で最大馬力を発揮する高度のこととします。この場合飛行速度によるラム圧効果は考慮されていません。
・「全開高度」とは、実際に規定ブースト圧を維持できる上限の高度のこととします。一般にラム圧効果により公称高度よりも高くなると考えられます。

例えば、誉11型の二速公称高度は5700mとされていますが、紫電改の試験飛行の際の全開高度は5600mでした。ではなぜ公称高度よりも全開高度の方が低くなっているのでしょうか。これには二つのアプローチが考えられます。

説①:計算方法が間違っている
 第一の説は、そもそも公称高度の算出方法が間違っているというものです。誉発動機だけでなく、大戦中の日本軍機は計算上の公称高度よりも実際の全開高度が低くなるということを経験していました。例えば、火星21型を搭載した一式陸上攻撃機22型は、公称高度5500mを大きく下回る4600mにて最高速度を記録しています。
 この現象の原因として考えられたのが計算方法の誤りでした。三菱は独自に再測定した結果火星20型の公称高度を4800mとしているようですし、中島飛行機荻窪製作所の設計部も昭和19年8月に発動機の高空性能試験法の改正案を出しています。

説②:空気吸入管・空気取入口の設計が悪い
 第二の説は、空気吸入管・空気取入口の設計が影響しているというものです。中島飛行機のある研究報告では空気取入口の空気抵抗によっては全開高度の低下もあり得るとされています。
 また具体的事例のひとつとして、キ44(のちの二式戦闘機「鍾馗」)試作時にも公称高度と全開高度の差が問題となり、様々な空気吸入管が試されたことがあります。その結果、具体的な全開高度については不明ですが最高速度が550km/h程度から約620km/hまで向上したということです。
 もうひとつの具体例として、一式陸上攻撃機のエンジンを火星11型から火星15型に換装するに際して、二種類の空気取入口が試されています。一つはエンジンカウル内に開口しているもので、もうひとつはカウル外に突出したものでしたが、前者の全開高度が5900mだったのに対して後者は6200mと300mの差が生じるという結果となっています。

結論:どちらも正しそう
 二つの説は、どちらが正しいのでしょうか?おそらくどちらも正しいのだと思います。計算方法については、誉21型の公称高度は昭和19年のどこかのタイミングで6400mから6100mに変わっている*1のですが、上記の中島飛行機の試験法の改正を受けた結果とも考えられます。
 空気吸入管や空気取入口の設計のまずさが誉発動機の公称高度と全開高度との差を生んだことに関しても、下図に示すように紫電の空気取入口の形状は試作1号機と量産機とでは相当の違いがあります(毎度のごとく手書きの絵ですいません)。1号機と量産機の間にも何度も設計変更が繰り返されており、悪い設計の空気取入口での全開高度が5600mで、改善された結果が5900mという数値なのかもしれません。
airintakeN1K1-J
 ちなみに紫電改の空気取入口も試作中に何度も形状が変わっていますから、5600mという数値も試作時の数値で、量産型では紫電同様に6000m付近まで向上している可能性があります。
airintakeN1K2-J
 ところで、四式戦闘機「疾風」の空気取入口は試作を通じて特段形状変更はなされていないようです。上述した鍾馗の設計時の経験が上手く活きた結果と考えられます。
airintakeKI84
(*1)紫電改の取扱説明書を見ると、19年1月時点の仮取説では6400mだが12月の取説では6100mになっている。

まとめ
 さて、今回は誉発動機搭載機の公称高度と全開高度の差の原因について考えてみました。皆さんはどのように考えられますでしょうか?なにかお考えがあれば是非コメントお願い致します。
 ところで、誉搭載機で残されている性能値に大きな差がある機体と言えば彩雲が残っていますが、635km/hを計測したとされる8号機の機首形状が不明なため、今回は考察に含みませんでした。ただし、試製烈風なんかも含めて強制冷却ファンの効果というのも気になるところではあります。それは次回以降の宿題ということで。
 それでは今回も最後までお読みいただきありがとうございました。一気に秋らしくなり、朝晩は寒いくらいですね。皆さんもお体に気を付けてお過ごしください。

参考文献
内田政太郎「2式戦闘機「鍾馗」」『日本傑作機物語』酣燈社(1959)
渡部一郎『航空ピストン発動機の高空性能』日本航空学会誌(1954)

はじめに
 今回のテーマは誉(ハ45)発動機搭載機の全開高度(=フルスロットル高度=最高速度を発揮した高度)を比較することで、どの機体にどの種類のエンジンが載っていたのか考えてみようというものです。というのも「この機体はこの型の誉エンジンを搭載して試験しました」といった資料はまず残っておらず、おおまかな傾向を見出す必要があると考えたからです。まずは誉発動機の種類をおさらいしましょう。

おさらい
 誉発動機は星形18気筒の空冷エンジンで、各型共通してシリンダーの内径×行程は130mm×150mmです。誉は以下の3タイプが制式化されました。

誉11型/NK9B/ハ45-11
・離昇:1820馬力/2900RPM/+400mmHg
・公称:1650馬力(2000m)・1440馬力(5700m)/2900RPM/+250mmHg
・圧縮比:7.0
・過給機:インペラ直径320mm 増速比5.47(一速)、7.49(二速)

誉12型/NK9H-B/ハ45特/ハ45-12
・離昇:1820馬力/2900RPM/+400mmHg
・公称:1670馬力(2400m)・1495馬力(6550m)/2900RPM/+250mmHg
・圧縮比:7.0
・過給機:インペラ直径320mm 増速比5.81(一速)、7.95(二速)

誉21型/NK9H/ハ45/ハ45-21
・離昇:1990馬力/3000RPM/+500mmHg
・公称:1860馬力(1750m)・1625馬力(6100m)/3000RPM/+350mmHg
・圧縮比:8.0
・過給機:インペラ直径320mm 増速比5.81(一速)、7.95(二速)

この他、減速比を0.5から0.422とした誉22型も存在しますが、性能は誉21型に準じるということで。
また、誉21型は不調のため相当の期間運転制限が実施されており、運転制限下の性能は誉12型とほとんど同様と考えられます(陸軍も同様)。

いざ比較
 これらを踏まえたうえで、誉エンジン搭載機の2速全開高度での実測最高速度値をグラフに落とし込んでいきましょう。
※縦軸にkmて書いてありますがmの間違いです。ごめんなさい。
ハ45搭載機全開高度比較ver2
 高度5,600mで紫電①、紫電改、天雷が固まっていますが、これはハ45-11搭載と断定してよいでしょう。また、高度6,500m周辺にて最高速度を発揮した試製烈風①および疾風①はハ45-12相当のエンジンを搭載していたと考えてよいと思います。
 一方で高度5,900mにおいて最高速度を計測した銀河と紫電②は、たぶんハ45-11相当のエンジン搭載でよいと思いますが、自信度は75%くらいです。同様に高度6,200mの流星と試製烈風②も75%くらいの自信ですがハ45-12搭載と考えます。
 疾風②は6,120mで631km/hを計測していますが「3000rpm、+350mmHgにて」という情報があるので、これはハ45-21搭載と考えてよさそうです。但し高度を6,210mとする資料もあり、ハ45-12搭載の可能性も捨てきれません。
 これらの中で彩雲のデータが一番悩ましく、彩雲①は6,100mで609km/hを計測しており、彩雲②は6,400mで635km/hを計測したという資料がありますが、①がハ45-11で②がハ45-12とする推論も成り立ちますし、一方で①がハ45-12で②がハ45-21とする推論も十分に成り立つのです。今のところ後者の可能性のほうがやや高いと考えています。
 なお、それぞれ赤・青・緑で、想定される搭載発動機を枠で囲ってみました。加えて、スペックシート上の全開高度を直線で示しています。

 今まで混然と「誉発動機を搭載したが、発動機不調のため予定の速度が出ず、、、」といった話がなされていましたが、その機体がどのタイプの誉発動機を搭載していたかを考えることで大きくその評価は変わるはずです。今回グラフ上で示してみたことで、新たなアイデアのヒントになればと思います。

余談
 ところで、このグラフを見て思うのですが、紫電改が運転制限下で高度6,000mで620km/hを発揮したという話にはふたつの考え方があると思っています。
 すなわち、ひとつはこの高度6,000mとはきり良く整えただけで実際は6,000~6,500mの間のどこかで620km/hを出したという考え方です。ハ45-12型の全開高度が6550mだとすると、6000mで最高速度を発揮するのは変だからです。
 もうひとつは確かに高度6,000mで620km/hを出したが、これはあくまで高度6,000mでの最大速度であり、全開高度では620km/h+αを出すことができるという考え方です。もしそうだとすると紫電改は予想以上に高性能ということになりますが、個人的には前者の可能性が高いと感じています。

 気が付いたらブログ始めてから一年が経過していました。始めたばかりの頃は一週間近く誰も訪問者が居ないということもありましたが、今やのべ1,000人以上の方に来て頂いているようで大変恐縮です。

 最近は各機体の詳細な性能データの入手が手詰まり状態となっており、なかなか更新できていないような状況です。今後は海外のマイナー機体の詳細性能などでお茶を濁すかもしれません。もちろん「考察」シリーズも引き続き更新していくつもりです。どうぞご期待ください!

 あと、本ブログで紹介した資料の詳しい探し方や、ソースなどが知りたい方はお気軽にコメントやメールを下されば可能な限り対応致します。出張が多い仕事なので返事が遅くなるかもしれません。予めご承知おきください。ちなみにメールアドレスは「warbirdperformance(アットマーク)gmail.com」です。

 また、なにか資料をお持ちの方や「実はこうなんじゃないか?」といったご意見をお持ちの方は是非お気軽にコメント欄などにご記入頂ければと思います。色々と議論できれば良いなとも思っております。

今回は更新はただの一周年のご挨拶でした。引き続き今後ともどうぞよろしくお願い致します<(_ _)>
IMG_7818
このまえ所沢で撮ったT-1です。

↑このページのトップヘ