はじめに
 栄31型と言えば零戦53/63型に搭載される予定で、水メタノール噴射装置の追加によってパワーアップを狙っていたものの様々な事情から戦力化することはなかったエンジンです。今日はこの栄31型とそのサブタイプの馬力性能について考えていきたいと思います。

 ところで、今回何故栄31型の考察記事を書こうかと思ったかというと、月刊誌「丸」内の連載記事「情熱零戦」(文:宮崎賢治氏、イラスト:藤井秀明氏)で丁度その話題について取り扱っていたからです。私は実は毎月「丸」を買っているわけではなくて航空機関連の特集の時だけ購入するのですが、「情熱零戦」の記事だけはちらっと本屋さんで確認して、おもしろそうならその記事のためだけに買っちゃいます。2ページの記事ですが、1370円分の価値はあると思います。

 それでは本題に入っていきましょう。今回の私の主張は、「一般に知られている栄31型のエンジン性能は、実は栄31甲型のものである」というものです。

栄31型とはなにか?
 そもそも栄31型とはなんなのでしょう。簡単に言えば栄21型の2速過給機羽根車の増速比を増し、水メタノール噴射装置を追加したエンジンです。これによって出力を増大させて零戦52型に搭載し、零戦53型としてさらなる性能向上を目指していました。しかしながら、技術的トラブルや人員不足等もあって栄31型の生産は捗らず、予定されていた零戦53型の量産はスケジュール通り進みませんでした。その穴を埋めるために作られたのが、とりあえず栄31型から水メタノール噴射装置を取り除いた栄31甲型と、栄31型から水メタを取り除き過給機を栄21型と同じものに戻した栄31乙型です。ですので実質的には栄31乙型は栄21型と同等の性能と考えて良いでしょう。
 以上の前提条件を踏まえて、考察に入っていきます。

今まで知られていた栄31型の馬力性能
 まずは、今まで考えられてきた栄31型の性能についてです。堀越・奥宮著『零戦』では公称馬力を高度7000mで950馬力としていますし、『世界の傑作機』でも離昇1100馬力、公称2700mで1080馬力、7000mで950馬力としています。各書籍でも栄31型の性能としてこの数字が用いられていることが多いと思います。
 これは決して裏付けのない数字ではありません。「栄31型」の性能として一次資料にも登場する数字です。1944年10月付の『零式艦上戦闘機取扱説明書』では以下のようになっています。
 離昇  1100ps 2800rpm +300mmHg
 公称  1080ps@2700m 2700rpm +200mmHg
       950ps@7000m 2700rpm +200mmHg
 一方で、戦後三菱がまとめた資料によると、栄31型の性能は上記の取扱説明書記載のものとほとんど同一ですが公称2速の部分のみ10分以下の制限において高度7000m、2800rpm、+300mmHGで950馬力を発揮するとしています。以上のように、確かに各書籍で出てくる栄31型の性能は一次資料でも確認できるものなのです。

一次資料中の疑問点
 しかしながら、これらの一次資料には疑問点が存在します。まずは取扱説明書内の数値について、明らかにおかしいのは公称回転数もブースト圧も栄21型と変わっていないという点です。水メタノール噴射は耐ノッキング性能を向上させ許容ブースト圧を上げるのが最大の目的ですから、栄21型と運転条件が変わっていないというのはあり得ません。

 その反論になりそうなのが三菱資料で、公称2速で水メタノール噴射によって離昇運転と同様の2800rpm、+300mmHGを実現したうえで高度7000mで950馬力を発揮するというのであれば、筋が通っています。ただし、+300mmHgでの全開高度が7000mなのであれば、公称+200mmHgの栄31甲型の全開高度は7000m以上、おそらく7500~8000m近くになるということを意味しています。
 それでは栄31甲型を搭載した零戦の全開高度は実際は高度何mだったのでしょうか?過去記事『〈考察⑥-3〉零戦52型(A6M5)の速度性能について』にて栄31甲型を装備した零戦の速度性能を紹介しましたし、今月の「丸」7月号の「情熱零戦」ではより詳細な性能値が掲載されています。それらを見てみると全開高度は約6800m付近になっています。つまり高度7000mで+300mmHgという運転条件はほぼ100%あり得ないのです。三菱は戦後に資料をまとめたため、水メタノール噴射時の運転条件と、そうでないときの運転条件を取り違えた可能性が高いです。

では本当の栄31型の性能は?
 ここまで今まで知られていた栄31型の性能は誤っていたということを論証してきました。それでは肝心の栄31型の本当の性能はどんなものだったのでしょうか?
 戦後すぐに占領軍の指示で三菱が提出した資料があります(URL:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8815801)。その資料中に「栄31型」として一速が2100mで1180馬力、二速が5950mで1090馬力という表記をみることが出来ます。また、「情熱零戦」2020年6月号では三菱曾根技師のノートの記述としてメタノール噴射の栄21型の性能と共に「仮称栄31型」の性能も紹介されており、公称馬力は前述のリンク付資料と同様で、離昇出力は1110馬力とし、運転条件は全て2800rpm、+300mmHgとなっています。これが真実の栄31型の性能であったと私は考えます。そして、これまで栄31型の性能だと考えられていた数値は栄31甲型のものであったと考えるのが自然だと思います。

まとめ
 それではまとめに入ります。栄31型として知られていた性能は栄31甲型の性能値だと考えられます。その理由として、
・運転条件が栄21型と同一。
・栄31甲型搭載機の2速全開高度の実測値が約6800mであり、7000mに近い。
ことが挙げられます。

栄31型シリーズの性能を以下にまとめてみましょう。
sakae31table
 栄31型の公称出力は水メタノール噴射時のもので、使用時間は10分間のみです。21型と31甲型の公称一速の馬力差・高度差については明確な答えが見つけられていません。

 最後に、零戦53型の性能はどういったものが予想されていたのでしょうか。昭和19年5月1日付の実験機性能表では高度6000mで315ノット(583km/h)とされています。10ノット程度の速度向上が期待されていたようです。もし零戦53型の量産が上手くいっていれば、金星62型に換装した零戦64型は不要だったかもしれませんね。

今回も最後までお読みいただきどうもありがとうございました。