はじめに
今回考察していくのは、「ハ115」とも「2式1150馬力発動機」とも呼ばれ、海軍の「栄21型」に相当するとされているエンジンです。本エンジンは空冷星形複列14気筒で、隼1型搭載の「ハ25」の過給機を1段2速式に変更するなど高空性能の改善を図ったもので、隼2型や99式双軽爆2型に搭載されました。これら2機種は戦中期の陸軍を支えた重要な航空機でした。
実は、このハ115エンジンの性能に関して気になる点がありました。一般によく知られているような馬力は発揮できていなかったのではないか?という疑問です。よろしければお付き合いください。
ハ115の性能(一般書籍から)
まずは、各種書籍に紹介されているハ115の性能を書き出してみましょう。
・『日本航空機総集』(1963)
離昇:1130PS 公称:一速1100PS/2850m 二速980PS/6000m(中島)
公称:一速1150PS/2800m 二速990PS/5600m(陸軍)
・『世界の傑作機』(1997)
離昇:1120PS 公称:一速1020PS/2800m 二速980PS/5600m
・『歴史群像 太平洋戦史シリーズ』(2005)
離昇:1120PS 公称:一速1120PS/2800m 二速980PS/5600m
上記のように、なんとひとつも一致するものはありませんでした!!
しかしながら、離昇出力は1100馬力強。公称一速は2800m近辺で1100馬力前後で二速は6000m弱で980~990馬力であるとは言えそうです。
ハ115の性能(一次資料から)
それでは、一次資料を見ていくことにしましょう。『発動機教程(案)(二式一一五〇馬力発動機)』(1944.9)(URL:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8815759)によると、
〈92オクタン〉
離昇:1077PS 公称:一速1070PS/2800m 二速940PS/5600m
〈87オクタン+メタノール〉
離昇:1142PS 公称:一速1150PS/2800m 二速990PS/5600m
※離昇:2800RPM、+300mmHG 公称:2700RPM、+200mmHG
となっています。衝撃の事実です。各種書籍に紹介されている馬力性能は、どうやら水メタノール噴射によって達成されていたかもしれないのです。(※たとえ運転条件が変わらなくても水メタノールを噴射した方がエンジン馬力は向上します。)併せてもう一つ指摘しておきたい点があります。この教程内では離昇出力は「使用禁止」に、公称出力は回転数が毎分2700回転から2600回転に制限されているのです。すなわち1944年9月時点でもハ115エンジンには運転制限が課されており、上記の馬力以下の性能しか発揮できていなかった可能性があるのです。
正確性を期するために、複数の一次資料にあたっていきます。米軍がフィリピンで鹵獲した一式戦に関する文書(PACMIRS No.1658)ではハ115の性能は、
公称:一速1070PS/2800m 二速940PS/5600m 2700RPM、+200mmHG
と記載されており、やはり離昇出力は禁止、回転数は毎分2600回転以下となっていました。この文書の作成時期は44年後半と推測されています。
冒頭に書いたように、ハ115は99式双軽爆2型にも搭載されていました。こちらの一次資料も確認していきます。『九九式双軽爆撃機(二型乙)操縦法』(1943.12)では、回転数・ブースト圧に関しては上記教程案と変わらないものの使用燃料は92オクタンまたは91オクタンとし、
離昇:1120PS 公称:一速1120PS/2800m 二速980PS/5600m
としています。なお、こちらでも回転数は毎分2600回転に制限するという註が入っています。
一方で『飛行機教程(案)[九九式双軽爆撃機(一型二型)]』(1944.10)(URL:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8815754)では、馬力性能の記載はないものの、使用燃料は現行92オクタンとしながら、「将来改修により航空87揮発油及び補助噴射剤噴射を行う」と書かれています。「操縦法」の数値はメタノール噴射を前提としている性能値なのか、92オクタン燃料単体での性能なのかは分かりかねます。
考察
さて、上記のように複数の資料でハ115エンジンの性能を見てきましたが、いくつか言えることがありそうです。
ひとつは、各種書籍で紹介されているハ115エンジンの馬力性能は87オクタンガソリン+水メタノール噴射の組み合わせで得られる性能であって、おそらく大多数の隼2型がそうであったと思われる92オクタン使用時の性能とは異なっている可能性があるということです。
第二は、たとえ92オクタン燃料を使用した馬力性能が上に紹介したようであったとしても、1944年においてもハ115エンジンには運転制限が課されており、予定の馬力性能を実際に発揮することができていなかったのではという可能性です。確かに海軍の栄21型エンジンも当初は想定した運転条件で動かすことができていなかったような節がありますが、最終的には解決に至ったものと考えられます。A6M3、A6M5と隼2型の速度性能はしばしば比較されますが、その速度差の原因はエンジン運転制限を早期に解除できたかそうでないかにありそうです。
まとめ
最後にまとめに入っていきましょう。以上のように、隼2型のエンジン性能は今まで考えられてきたよりも低かった可能性が高いです。零戦との速度性能を比較する際に隼の低性能をエンジン不調による運転制限を理由とする説明は既になされていましたが、もう少し具体的に踏み込んで説明することが出来たのではないかと考えます。
逆に、新たな疑問もいくつか浮かんできました。運転制限下のエンジン性能はどのようなものだったのか?エンジン不調の原因と対策は?運転制限の解除時期は?水メタ搭載のハ115は量産されたのか?それが結局隼3型に進化していったのか?疑問は尽きません。引き続き調査を続行します。
ようやくコロナウイルスの影響も落ち着いてきました。調査のためにいろんなところに足を運びたいものですが、健康が第一ですからもうしばらく我慢したいと思います。今回も最後までお読み頂きありがとうございました。
今回考察していくのは、「ハ115」とも「2式1150馬力発動機」とも呼ばれ、海軍の「栄21型」に相当するとされているエンジンです。本エンジンは空冷星形複列14気筒で、隼1型搭載の「ハ25」の過給機を1段2速式に変更するなど高空性能の改善を図ったもので、隼2型や99式双軽爆2型に搭載されました。これら2機種は戦中期の陸軍を支えた重要な航空機でした。
実は、このハ115エンジンの性能に関して気になる点がありました。一般によく知られているような馬力は発揮できていなかったのではないか?という疑問です。よろしければお付き合いください。
ハ115の性能(一般書籍から)
まずは、各種書籍に紹介されているハ115の性能を書き出してみましょう。
・『日本航空機総集』(1963)
離昇:1130PS 公称:一速1100PS/2850m 二速980PS/6000m(中島)
公称:一速1150PS/2800m 二速990PS/5600m(陸軍)
・『世界の傑作機』(1997)
離昇:1120PS 公称:一速1020PS/2800m 二速980PS/5600m
・『歴史群像 太平洋戦史シリーズ』(2005)
離昇:1120PS 公称:一速1120PS/2800m 二速980PS/5600m
上記のように、なんとひとつも一致するものはありませんでした!!
しかしながら、離昇出力は1100馬力強。公称一速は2800m近辺で1100馬力前後で二速は6000m弱で980~990馬力であるとは言えそうです。
ハ115の性能(一次資料から)
それでは、一次資料を見ていくことにしましょう。『発動機教程(案)(二式一一五〇馬力発動機)』(1944.9)(URL:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8815759)によると、
〈92オクタン〉
離昇:1077PS 公称:一速1070PS/2800m 二速940PS/5600m
〈87オクタン+メタノール〉
離昇:1142PS 公称:一速1150PS/2800m 二速990PS/5600m
※離昇:2800RPM、+300mmHG 公称:2700RPM、+200mmHG
となっています。衝撃の事実です。各種書籍に紹介されている馬力性能は、どうやら水メタノール噴射によって達成されていたかもしれないのです。(※たとえ運転条件が変わらなくても水メタノールを噴射した方がエンジン馬力は向上します。)併せてもう一つ指摘しておきたい点があります。この教程内では離昇出力は「使用禁止」に、公称出力は回転数が毎分2700回転から2600回転に制限されているのです。すなわち1944年9月時点でもハ115エンジンには運転制限が課されており、上記の馬力以下の性能しか発揮できていなかった可能性があるのです。
正確性を期するために、複数の一次資料にあたっていきます。米軍がフィリピンで鹵獲した一式戦に関する文書(PACMIRS No.1658)ではハ115の性能は、
公称:一速1070PS/2800m 二速940PS/5600m 2700RPM、+200mmHG
と記載されており、やはり離昇出力は禁止、回転数は毎分2600回転以下となっていました。この文書の作成時期は44年後半と推測されています。
冒頭に書いたように、ハ115は99式双軽爆2型にも搭載されていました。こちらの一次資料も確認していきます。『九九式双軽爆撃機(二型乙)操縦法』(1943.12)では、回転数・ブースト圧に関しては上記教程案と変わらないものの使用燃料は92オクタンまたは91オクタンとし、
離昇:1120PS 公称:一速1120PS/2800m 二速980PS/5600m
としています。なお、こちらでも回転数は毎分2600回転に制限するという註が入っています。
一方で『飛行機教程(案)[九九式双軽爆撃機(一型二型)]』(1944.10)(URL:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8815754)では、馬力性能の記載はないものの、使用燃料は現行92オクタンとしながら、「将来改修により航空87揮発油及び補助噴射剤噴射を行う」と書かれています。「操縦法」の数値はメタノール噴射を前提としている性能値なのか、92オクタン燃料単体での性能なのかは分かりかねます。
考察
さて、上記のように複数の資料でハ115エンジンの性能を見てきましたが、いくつか言えることがありそうです。
ひとつは、各種書籍で紹介されているハ115エンジンの馬力性能は87オクタンガソリン+水メタノール噴射の組み合わせで得られる性能であって、おそらく大多数の隼2型がそうであったと思われる92オクタン使用時の性能とは異なっている可能性があるということです。
第二は、たとえ92オクタン燃料を使用した馬力性能が上に紹介したようであったとしても、1944年においてもハ115エンジンには運転制限が課されており、予定の馬力性能を実際に発揮することができていなかったのではという可能性です。確かに海軍の栄21型エンジンも当初は想定した運転条件で動かすことができていなかったような節がありますが、最終的には解決に至ったものと考えられます。A6M3、A6M5と隼2型の速度性能はしばしば比較されますが、その速度差の原因はエンジン運転制限を早期に解除できたかそうでないかにありそうです。
まとめ
最後にまとめに入っていきましょう。以上のように、隼2型のエンジン性能は今まで考えられてきたよりも低かった可能性が高いです。零戦との速度性能を比較する際に隼の低性能をエンジン不調による運転制限を理由とする説明は既になされていましたが、もう少し具体的に踏み込んで説明することが出来たのではないかと考えます。
逆に、新たな疑問もいくつか浮かんできました。運転制限下のエンジン性能はどのようなものだったのか?エンジン不調の原因と対策は?運転制限の解除時期は?水メタ搭載のハ115は量産されたのか?それが結局隼3型に進化していったのか?疑問は尽きません。引き続き調査を続行します。
ようやくコロナウイルスの影響も落ち着いてきました。調査のためにいろんなところに足を運びたいものですが、健康が第一ですからもうしばらく我慢したいと思います。今回も最後までお読み頂きありがとうございました。