WW2航空機の性能:WarbirdPerformanceBlog

第二次大戦中の日本軍航空機を中心に、その性能を探ります。

2019年12月

はじめに
 続きの続きということで、零戦52型(A6M5)の速度性能について考えてみました。今回も少しお付き合いいただければと思います。

 ひとくちに零戦52型と言っても何種類かに分けられますから、まずはその紹介からしていきましょう。52型の特徴といえば第一に推力式単排気管の装備が挙げられます。今まで捨てていた排気を後方に噴射しその反作用で推力を得る装置です。このロケット効果によってエンジン馬力が事実上向上したことになり、速度・上昇性能共に向上します。ただし、52型の初期の機体にはこの単排気管が間に合わず、32型と同様の集合排気管のままでした。
 もう一つの52型の特徴は丸く整形された11m幅の主翼です。32型は翼端を角型に切り取っただけでしたが、52型では丸く形を整えることで空力的に有利となりました。
A6M5tanhaikikan

 52型はその後徐々に武装が強化されていきます。52甲型は翼内の20mm機銃をドラム弾倉からベルト給弾式に改め、装弾数を一門100発から125発に増加させたタイプで、52乙型は機首の7mm機銃の片側を13mmに換装したタイプ。52丙型は各翼一門ずつ13mm機銃を増設したタイプです。
 さらに52型になって零戦の弱点だった防弾もようやく強化されていきました。無印52型で自動消火装置が、おそらく乙型の途中から防弾ガラスが、そして丙型からパイロットの装甲板と防弾タンクが装備されました。
 
 ところで、実は52型の積んでいたエンジンは3種類あります。当初は32型/22型と同じ栄21型を装備していましたが、途中から栄31甲型という、零戦53型に搭載予定だった栄31型からメタノール噴射装置を省いたものが装備されています。というよりも、本来なら栄31型を装備したかったのにメタノール噴射装置の不具合でそれが叶わなかったという方が適切でしょうか。このエンジンは過給機の設定が変更されたので栄21型と比べてエンジンの全開高度が上がっています。その後栄31甲型の過給機を栄21型と同じに戻した栄31乙型というのも52型に装備されました。細かい補機類を除けば実質栄21型と同じです。

以上が簡単ですが52型各型の説明です。ざっくり言えば52型は大きく、
  ①零戦52型(集合排気管装備型)
  ②零戦52型
  ③零戦52甲型
  ④零戦52乙型
  ⑤零戦52丙型
に分けられます。
細かい変更点はここでは追及しません。それでは本題に突入していきましょう。

①集合排気管装備型の性能
 トップバッターは集合排気管装備型です。この機体の性能については、確たる数字が残っているわけではありません。なので状況証拠から考察していきたいと思います。
 まず、52型の1号機は製造番号3904(A6M3からの連番)で、時期は43年8月とされています。それから2か月ほど製造が続き、10月中旬の4104号から単排気管となったらしいのです。
 そこで見てほしいのが、米軍が戦地で鹵獲した零戦の操縦マニュアルです(JICPOA Item #5981)。添付のように、21型~52型までの性能が記載されています。
JICPOA5981

 零戦52型の最高速度は一般に6000mで305kt(565km/h)とされていますが、この資料中では5900mで294kt(545km/h)となっています。20km/hも低速なのは非常に不思議です。最初私はこれを見たとき、「32型の数値と間違っているのでは?」と思いました。しかし、このマニュアルの日付が43年10月になっているのに気づき、やっぱり間違っていないような気がしてきました。なぜなら、上述した52型1号機の製造時期とぴったり合うからです。
 6000mまでの上昇時間は7分27秒となっており、これもはじめは21型と全く同じ数値なので「どうせ誤植でしょ」と思っていましたが、52型の集合排気管装備型だと思えば合点がいくのです。なぜなら52型は表中の機体の中で一番重く(22型とはほぼ同じ)、かつ主翼面積が一番小さいですから、22型よりちょっと遅いくらいになると丁度良いのです。なお、本資料中での52型の自重は1873kg、標準全備重量は2686kgでした。
 ところで雑誌「丸」には宮崎賢治氏が文、藤井英明氏がイラストの『情熱零戦』という記事が連載されています。零戦を非常に深くまで考察しており大変おもしろいのですが、2018年10月号で52型集合排気管装備の性能として、製造番号4087号機の高度6257.5mで297.4kt(551km/h)という数値を紹介されています。この数値がどこまで較正された数字なのかは分かりかねますが、集合排気管型の最高速度が高度6000m付近で545~550km/h程度というのは非常に妥当なところではないでしょうか。(なので栄21型の扱いに慣熟していれば32型もそれくらいは出していたでしょう。)

②零戦52型(単排気管装備型)の性能
 さて、一般的に零戦52型の速度性能は高度6000mで305kt(565km/h)と言われていると書きましたが、これは堀越・奥宮共著『零戦』にて実測値として紹介されている数字です。上昇性能については、実はデータが見つかっていません。6000mまで7分1秒という数字がよく知られていますが、これは本当は52甲型の数字なのです。ただ52型と52甲型の重量差がほとんどないことを鑑みれば、上昇性能にもほとんど差は無かったと考えて差し支えないでしょう。
 ところで先述した『情熱零戦』10月号には単排気管型の速度性能も載っていました。4524号機が6340mで301.5kt(558km/h)、4600号機が6282mで300kt(556km/h)だそうです。

③零戦52甲型の性能
 どんどん行きます。52甲型の性能は公式の数値が残っていました。最高速度は高度3350mで290kt(537km/h)、6000mで302kt(559km/h)。上昇時間は6000mまで7分1秒、8000mまで10分33秒です。三菱資料ではこのときの全備重量を2686kgとしていますが、これは集合排気管装備時の52型と全く同じ数字ですから(本来ならもっと重いはず。わざわざ合わせたのか?)少し疑問が残ります。
 ちなみに『情熱零戦』18年12月号には甲型(4660号機)の速度値として5886mで298.6kt(553km/h)とあります。52甲型は52型と比較し主翼下面の弾倉の膨らみが無くなっていますから、空力学上有利なのかと思っていましたが、大して影響はないようです。むしろ悪化している感さえありますが、何故なんでしょうか?

④零戦52乙型の性能
 52乙型の性能についてはほとんど情報が無いのですが、機首の機銃が一門変わっただけなので実質的には52甲型と同じかやや低速と考えて良いのではないでしょうか。ただそれは栄21型装備時の話です。零戦52甲型の途中から栄31甲型を装備した機体が現れます。
栄21型と31甲型の性能を比較すると、

       栄21型        栄31甲型
離昇 1130馬力               1100馬力
公  1100馬力(2850m)  1080馬力(2700m)
称    980馬力(6000m)    950馬力(7000m)

のようになります。低速での性能は多少下がりましたが高高度性能が向上しています。なので最高速度を発揮する高度も高くなることが想像できますが、具体的にはどのようになるのでしょうか?
 なんと、栄31甲型搭載機と思われる機体の性能が『情熱零戦』12月号に載っていました!!(※本記事は多分に『情熱零戦』に依存しています。)
 それによると、5088号機は6640mで297.5kt(551km/h)、5110号機が6712.5mで299.5kt(555km/h)、5170号機では6880mで293kt(543km/h)となっています。おおむね高度6000m後半で550km/h前後といったところでしょうか。

⑤零戦52丙型の性能
 最後は52丙型です。この型は度重なる改造の結果、全備重量は52型初期から400kg近くも増加(全備2955~3150kg。資料によって異なる)。主翼も銃身が2門新たに飛び出たりと抵抗が増加した結果、武装や防弾は過去最強の零戦となりましたが飛行性能は過去最悪となってしまったようです。『世界の傑作機』では52丙型の性能を最高速度は高度6000mで292kt(541km/h)、上昇時間は6000mまで9分57秒としています。ただしその元資料を見たことがないのもあって、性能がちょっと悪すぎるような気もしています。
 参考として零戦62型の性能値も見てみましょう。62型は52丙型と外見はほぼ同じで、胴体に爆弾を、両翼下に増槽を装備可能にしたタイプですから、52丙型の性能にかなり近いと考えられます。『航空技術の全貌』では、62型の性能として、最高速度が高度2750mで270kt(500km/h)、6400mで293kt(543km/h)。上昇時間が6000mまで7分58秒(全備3000kg)と書かれています。
 最高速度はやはり540km/h少々まで低下してしまったようです。上昇時間も6000mまで少なくとも8分近くはかかると考えて良いようです。
 ところで、海軍の諸元表では52丙型の性能として52甲型の数値が記されていることがありますから注意が必要です。数字の流用は零戦だけに留まらず雷電なんかにも見られます。

まとめ
 今回の記事はかなり長くなってしまいました。最後まで読んでいただきありがとうございます。最後に簡単なまとめをしたいと思います。

上記の考察の結果、
・52型集合排気管装備型は高度6000mで545~550km/h
・52型単排気管装備型は高度6000mで560km/h前後
・52甲/乙型で栄21型装備型は高度6000mで555km/h前後
・52甲/乙型で栄31甲型装備型は高度6500~7000mで550km/h前後
・52丙型は栄31乙型装備なら高度6000mで、31甲型装備なら6500m付近で540km/h+α
を発揮できると私は考えます。皆さんはいかがに考えますでしょうか?

 零戦の速度性能の考察シリーズはこれにて区切りとしたいと思います。新たな情報を入手したら都度更新していきたいと思っているので、その際はよろしくお願いします。

 ちなみに、今回の考察に登場した『情熱零戦』は、過去の連載記事が一冊の本にまとめられています。今回紹介した性能関連の記事は新しいのでまだ書籍化の範囲外ですが、続編が刊行されればきっと含まれると思います。かなりマニアックですが非常に興味深い本ですので、皆さんも読んでみてはいかがでしょうか。


 

①主要寸法
 全長      8.850m
 全幅    10.580m
 全高(三点)       3.036m
   (水平)       3.489m
 翼面積           16.80m^2

②発動機
 名称  D.B.601Aa / R.A.1000 R.C.41I
 性能
  1分制限  1175PS@0m       2500RPM 1.45kg/cm^3
  5分制限  1045PS@0m       2400RPM 1.35kg/cm^3
         1100PS@3700m 2400RPM 1.35kg/cm^3
30分制限    950PS@0m          2300RPM 1.27kg/cm^3
         1050PS@4100m 2400RPM 1.27kg/cm^3

③試作機の性能(2020/5/16微修正)
 機体  M.M.445
 重量  2815kg
  高度    最高速度    上昇時間
        0m   491km/h
  1000m   514km/h   0'34"
  2000m   538km/h   1'19"
  3000m   562km/h   2'26"
  4000m   584km/h   3'27"
  5000m   598km/h   4'40"
  5200m   599km/h
  6000m   583km/h   6'13"

④初期量産機性能(1941.12)
 機体  M.M.7731~7848(Serie III)
 重量  3085kg
  高度    最高速度    上昇時間
  2000m                    1'30"
  4000m   570km/h   3'46"
  5000m   585km/h   4'57"
  6000m   590km/h   6'23"
  7000m   578km/h
  8000m                    10'49"
  実用上昇限度  10400m

⑤量産機領収成績
 機体  M.M.9486
 重量  2937kg
  高度    最高速度    上昇時間
        0m   496km/h
  1000m   515km/h   0'52"
  2000m   534km/h   1'48"
  3000m   552km/h   2'47"
  4000m   570km/h   3'49"
  5000m   584km/h   4'57"
  6000m   591km/h   6'26"
  実用上昇限度  10550m

⑥取扱説明書記載性能(Serie IX~XI)
 重量  2930kg
  高度    最高速度  上昇時間
        0m   498km/h
  1000m   521km/h   
  2000m   544km/h   1'28"
  3000m   566km/h   2'28"
  4000m   586km/h   3'32"
  5000m   596km/h   4'40"
  5600m   599km/h
  6000m   587km/h   5'55"
  7000m   585km/h
  実用上昇限度  11500m
  絶対上昇限度  11700m

mc202sideview

はじめに
 前回の続きということで、今回は零戦32型/22型(A6M3)の性能について考えていこうと思います。まずは簡単に32型と22型とはどんな機体だったのかを振り返ります。

 零式艦上戦闘機32型は、命名規則の変わる前は零式2号艦上戦闘機、通称「2号零戦」とも呼ばれた零戦21型の後継機です。エンジンは過給機を1段1速式の栄12型から1段2速式の栄21型に換装し、高高度性能が大きく向上。装弾数の少なさが弱点だった20mm機関銃は1門あたり60発から100発に増やされました。それに何と言っても一番の特徴は翼端をスパッと切り取って翼幅を12mから11mに縮めたことでしょう。これは①折り畳み翼を廃止して工作の簡便化を図る②横転性能の向上を図る③弾倉の大型化によって増えた空気抵抗の相殺を図る等の狙いがあったようです。
 これらの改造の結果、多少旋回性能の低下はありましたが全般的に大きく性能が向上しました。但しひとつだけ大きく性能を落としたものがありました。航続性能です。エンジンの換装によって胴体内の燃料タンク容量が減ったのに加え燃費も悪化したため、航続距離が21型の6割程度にまで落ちてしまったのです。丁度戦局はガダルカナル攻防戦の時期で、これが大変な問題となりました。

 零戦22型は、そういった状況下で急遽開発された機体です。航続力回復のために翼内に補助燃料タンクを増設。それによって重量が増加したため、折り畳み式12m翼幅の主翼を復活させました。32型も22型もどちらもA6M3の略符号が与えられており、区別はされていません。

 細かい変更点はもっとありますが、主要なものはこれぐらいかと思います。では、本題の性能についてみていきましょう!

32型=545km/h、22型541km/hは本当か?
 いろんな書籍を見ると32型は高度6000mで294kt(545km/h)、22型は同高度で292kt(541km/h)が最高速度だと書いてあります。普通は「なるほど。32型のほうが主翼が短い分空気抵抗が少ないのでちょっぴり速いんだな」と思いますよね。でもその推理は間違っているかもしれません。
32gataIMAG0062-
 上に貼ったのは堀越・奥宮共著『零戦』の昭和28年版です。おそらく色々な出版物のベースになっている資料だと思います。確かに速度性能は32型が294kt、22型が292ktになっているのですが、注目してほしいのは32型の下の方にある註です。「性能は翼幅12米のもの」て書いてあるんですよね。ということは294ktも292ktもどちらも22型の性能ってことになります。これは一体どういうことなのでしょうか。ちなみにこの表記は以下のように版が変わっても残っていますから誤植ではなさそうです。
sonorama

プロトタイプたちの性能
 本当の性能はどんなものだったのでしょう。それを探るために、開発当初にさかのぼってみます。
 零戦21型445号機は翼端を32型のように切断・角型に整形されて試験が行われました。結果は以下の通りです。
   全速  291.5kt(540km/h)@4550m
   上昇  6000mまで7'38"
   出典  杉田親美著『三菱海軍戦闘機設計の真実』国書刊行会
 零戦21型に比べ、予想通り10km/hほど速くなっています。一方で上昇性能はやや下がりました。重量に差がないのなら、翼面積が大きい方が定常上昇には有利です。

 一方で、零戦32型の試験機として、栄21型エンジンを搭載し21型と同様の主翼を使ったものの性能も残されています。以下に紹介すると、
   速度  291.5kt(540km/h)@6000m
   上昇  6000mまで6'47"
   出典  webサイト『零戦再考』(URL:http://www.warbirds.jp/truth/zeke.html)
 奇しくも最高速度は540km/hとエンジン換装前と比べて約10km/hの向上となりました。さらに上昇性能も大きく向上しています。

 まとめると、翼端切断で+10km/h、エンジン換装で+10km/hのスピードアップです。栄21型搭載試験機には主翼下面の弾倉バルジがあったかどうかは分かりませんが、32型は21型に比べて15~20km/h程度の速度向上があるのは間違いないように思えます。

海軍の測定性能
 では、海軍の公式な性能値はどれほどだったのでしょうか?実は資料によってかなりバラバラです。それに32型と22型をはっきり区別しているわけでもなさそうで、どっちの主翼タイプで計測したのか判断がつきません。それでもなんとか分類してみると、
           32型            22型
 最高速度  280kt(519km/h)@3450m   281kt(520km/h)@3250m
       290kt(537km/h)@6150m   292kt(541km/h)@5900m
 上昇時間   3000mまで 3'13"
        4000mまで 4'12"                  4000mまで 4'31"
        5000mまで 5'27"                  5000mまで 5'59"
        6000mまで 7'05"                  6000mまで 7'19"
というようになります。なんと32型の方が遅いということになります。但し、栄21型エンジンには当初かなり取り扱いに苦労したようで、32型試作機の中には高度5645mで286kt(530km/h)というちょっと残念な性能値も残されています。32型の生産が始まってからもエンジン問題は続いていたようですが、最終的に解決に至ったようですので、22型の方が優速なのはエンジンの取り扱いに慣熟したからと見ると納得できるのではないでしょうか。
 ちなみに上で貼った『零戦』のスキャンの32型の上昇時間が7'19"になっていたかと思いますが、これで分かる通り22型の性能ですね。

まとめ
 今回はまとめるのが難しいですが、少なくとも言えるのは、栄21型搭載の零戦は高度6000m付近で540km/h前後を発揮できたのは間違いありません。そして発動機の扱いが安定して以降は22型の主翼で540km/h程度が出せていますので、32型が545km/hを発揮しても何ら不思議はありません。そして『零戦』で書かれている通り12m幅の主翼で545km/hが発揮できるのならば11m幅の32型は550km/h近く出せても全くおかしくないことになりますし、私は実際に出していたと考えます。これは52型初期型の集合排気管装備機の性能から類推することができるのですが、それは次回にしたいと思います。

↑このページのトップヘ