WW2航空機の性能:WarbirdPerformanceBlog

第二次大戦中の日本軍航空機を中心に、その性能を探ります。

日本海軍(IJNAF)
・A:艦上戦闘機
 96式二号艦上戦闘機(A5M2/Claude)
 零式艦上戦闘機11型/21型(A6M2/Zeke)
・C:艦上偵察機
 二式艦上偵察機(D4Y1-C/Judy)
・D:艦上爆撃機
 彗星(D4Y/Judy)
・E:水上偵察機
 零式水上偵察機(E13A/Jake)
 瑞雲11型(E16A1/Paul)
・G:陸上攻撃機
 一式陸攻(G4M),
 一式陸攻24型(G4M2a)
・H:飛行艇
 97式飛行艇(H6K/Mavis)
 二式大艇12型(H8K2/Emily)
・N:水上戦闘機
 二式水上戦闘機(A6M2-N/Rufe)
・P:陸上爆撃機
 銀河11型(P1Y1/Frances)
・S:夜間戦闘機
 月光11型(J1N1-S/Irving)

日本陸軍(IJAAF)
・戦闘機
 91式戦闘機
 97式戦闘機(キ-27/Nate),
 一式戦闘機一型(キ-43I/Oscar I), , 二型(キ-43II/Oscar II)
 二式戦闘機一型(キ-44I/Tojo I), 二型(キ-44II/Tojo II)
 三式戦闘機一型(キ-61I/Tony I)
 四式戦闘機(キ-84/Frank),
 五式戦闘機一型(キ-100I), 二型(キ-100II)
・軽爆撃機
 97式軽爆撃機(キ-30/Ann)
 98式軽爆撃機(キ-32/Mary)
 99式双軽爆撃機(キ-48/Lily)
・重爆撃機
 97式重爆撃機(キ-21/Sally)
 100式重爆撃機(キ-49/Helen)
・襲撃機
 99式襲撃機(キ-51/Sonia)
・偵察機
 97式司令部偵察機(キ-15/Babs)
 98式直協機(キ-36/Ida)
 99式軍偵察機(キ-51/Sonia)
 100式司令部偵察機(キ-46/Dinah)
・輸送機
 100式輸送機(キ-57/Ki-57)

エンジン一覧(24/12/16追記)
 https://docs.google.com/spreadsheets/d/1-sdBUJIxKHcDvH3tNYwHa3mN64BLQBEfA0218Q44W9E/edit?usp=sharing

はじめに
 かつて『〈考察⑭-2〉誉発動機搭載機の全開高度を比較する:公称高度と全開高度の差について』という記事で、地上運転の結果から計算された公称高度と、実際に規定ブースト圧に達する飛行高度とに差があることについて書きました。「公称高度」と「全開高度」の語句の定義が今になってはあまり良くなかったと思いますが、当該記事の中でその原因を、
①計算方法が間違っている
②空気吸入管・空気取入口の設計が悪い
の2つに求め、どちらも正しそうだという結論を述べました。

 ただ、その後いろいろと調べていく中で、おそらく全開高度の差の原因の大部分は説①、すなわち計算方法が正しくなかったことによるものではないかと思うようになりました。今日の記事では、なぜそう思うに至ったかを説明してみたいと思います。

計算値と実測値の乖離:金星発動機の例
 早速ですが、以下の表は金星40型~60型を装備した飛行機の、計算上の公称高度(ラム圧なし)と実飛行時におけるスロットル全開に達する飛行高度(ラム圧効果あり)の差を示したものです。
全開高度比較(金星)

 見てわかる通り、公称高度が高くなるにつれて計算値と実測値の差が大きくなっていることが分かります。金星50型の2速時に至っては、実測値が計算値を超えている例は一つもありません。ラム圧ありの実測全開高度がラム圧なしの計算値を下回るというのは普通に考えたらあり得ないことです。
 あくまでこれは極端な例であるものの、ほかの発動機においてもこのような傾向は大きく変わりません。では、この公称高度はどのように計算されたものなのでしょうか。

全開高度の計算方法
 当時の計算方法は、地上試験で過給機の圧力比を求めそれをもとに温度の低い高空での圧力比を計算していたと思われます。高空状態を再現できる実験施設があればそんなことはせずに済むのですが、どうやら当時の日本には限られた性能の高空試験設備しかなかったようで、大馬力・高公称高度の発動機の性能は計算に拠るしかなかったと考えられます。

 ところで、過給機の性能は「圧力比」で表されます。これは、過給機に取り入れられた空気と過給機から出てきた空気の圧力の比を示したもので、例えば高度5000mでの圧力比が2.0の過給機があったとしたら、その時のブースト圧は405mmHg×2.0=810mmHgすなわち+50mmHgとなります。(※ここでは吸入管内での圧力損失を考慮しないものとする)

 そして、この圧力比は理論的には吸入温度によって変化します。温度が低ければ低いほど過給機の効率が良くなり、高ければ高いほど悪化します。なので、言ってしまえば暑い日よりも寒い日のほうが全開高度は高くなるといえます。

 具体的な温度による補正式はいくつか知られています。もっとも代表的なのが、Brooksによる、
Rz/R0=1+0.00063R0^2(t0-tz)・・・(1)

というものでしょう。これは1930年代前半に発表されたかなり古い時期の式ですが、国内外で広く用いられました。
 なお、Rzはある高度z(m)での圧力比を示し、R0は地上での圧力比を示しています。同じくtzは高度z(m)での吸入空気温度(℃)を示し、t0は地上での温度を示しています。

 戦中の日本国内でもっぱら用いられたのは、海軍の永野治によって発表された、以下の式です。
永野式
主要な陸海軍の航空発動機はほとんどこの式に拠っていたはずです。(画像は論文から。添字を他と揃えるためにいじっています。)

 ところが、これらの式はまだまだ発動機の馬力も全開高度も低い時期に発表されたものであって、完全なものとは言い難かったようです。

東大航空研究所の粟野誠一によってより合理的な式として発表されたのが以下の式です。なお、Tは絶対温度(K)を示しています。

(Rz-1)/(R0-1)=T0/Tz・・・(4)

また、ロールスロイス社内では以下のような圧力比補正式が用いられていました。

Rz/R0=1+0.002(t0-tz)・・・(5)

 一方で戦時中、計算値と実測値の全開高度の差を調べるために中島飛行機や三菱重工によって行われた飛行実験によって衝撃的な結果が得られます。それが、地上で計測した圧力比と全開高度での圧力比がほとんど同一だったというものです。すなわち、

R0=Ra・・・(6)

この実験こそが、前回記事で紹介した中島飛行機の高空性能試験法の改正案のもととなったと考えられます。

 ここまで紹介した5者の補正式をグラフで表したものが以下となります。
圧力比比較
これは地上の圧力比を2.0としたときの各高度における圧力比の増加具合を表したものです。Brooks式と永野式が6000mまで同じような線を描き、粟野式とロールスロイス式が7000m付近までほとんど重なりあっていることが見て取れます。また、中島式以外が低高度ではあまり差がないことも見て取れます。こうして見ると、Brooks式と永野式は4000mを超える高度では明らかに正確性を欠き、粟野式とロールスロイス式は妥当そうな印象を受けます。

ちなみにグラフ上のダイヤマークは規定ブースト圧を+200mmHgとしたときの全開高度です。
それぞれ、
・Brooks     6185m
・永野      6215m
・粟野      6035m
・ロールスロイス 6030m
・中島      5475m
となります。

衝撃の実験データ
 ところで、上で紹介した中島と三菱の実験結果とは具体的にどういったものだったのでしょうか。その原文は未だに見つけることができていませんが、浅野彌祐「航空ピストン発動機の全開高度」『機械の研究』8巻第2号(1956)に実験結果の表が掲載されています。(著者は元中島飛行機の技師で、戦後は千葉大学工学部の教授を務めた方です。)
全開高度実験結果
個人的にはかなり衝撃的な内容となっています。(ちなみに備考欄は私が追記したものです。)
例えば栄12型の全開高度は計算では4200mでしたが実測値は3400mに、誉11型は約5700mが約4600mになっています。
 興味深いのは火星20型の結果で、2つの実測値は共に1速が1600m前後、2速が4100m前後となっています。海軍による公式スペックでは火星21型や22型の公称高度が1速2100m、2速5500mとなっていながら火星23型では1300m、4100mとなっていることは皆さんご存じかと思いますが、その公称高度の大幅な低下はこの実験結果の影響を受けたものと考えてよいのではないでしょうか。

 また、誉21型の2900RPM、+250mmHg時の全開高度も示されています。かつて私は全開高度から搭載された誉発動機の型式を推定する記事を書いたことがありますが、この実験結果を鑑みるに、いったんその説は振り出しに戻らざるをえなさそうです。

なぜ圧力比が変化しないのか?
 上記の表中に示されている実測値は、空気取入口の末端、気化器直前の壁に孔をあけ、ここから通常の機体備え付けの高度計とは別の高度計に導いてその部分の絶対圧を読みとり、それを標準大気高度で表したものです。つまり、ラム圧効果なしでの全開高度とほとんど同じと考えてよいと思います。
 浅野は「航空ピストン発動機の全開高度」内では圧力比が変化しなかった理由にまでは言及していませんが、別の論文「燃料の気化による遠心過給機圧力比の変化について」において、燃料の気化具合が原因ではないかと述べています。すなわち、低空では燃料が十分に気化するために吸入空気温度が下げられるが、高度が上がるにつれて燃料の蒸発が悪くなるため、気温低下による圧力比の上昇を打ち消しているのではないかという考えです。
 この説は吸気管内に空気しか流れない定時燃料噴射式のエンジンの圧力比の変化を調べることによって確かめられそうですが、残念ながらそういった実飛行データは残されていないようです。上記の実験データにはポート噴射式である金星62型も含まれていますが、このエンジンは水メタノール噴射が行われており、もし噴射位置が過給機の前であったとするならばこの燃料の気化と同じ理屈が適用されると思われます。

実験した発動機以外の全開高度の推定
 続いて、実際に実験した発動機以外の全開高度をどのように推定したら良いかを考えてみます。この実験では、圧力比の高度(=温度)変化による影響が無かったことが実験的に確かめられたとしています。
 そこで、当時圧力比修正の計算に使われていたのは永野式ですから、計算値の全開高度から(3)式を使って地上圧力比を求め、その地上圧力比をそのまま使用して全開高度を求める方法が使えそうです。

例えば金星50型の2速全開高度はブースト圧+200mmHgで6200mです。
つまり圧力比Rzは
Rz=960/344=2.79

となります。このRz=2.79を(3)式に代入してあげると、R0=2.46が得られます。このときの全開高度は約5300mとなりますので、推算値6200mからは900mマイナスということになりそうです。

ちなみに、この永野式を使ってRzからR0を推定する方法で今回の実験に使われた発動機のR0を求め、実測値のRzとの比を計算してグラフに表したものが以下となります。
データがかなり散ってはいますが、おおむね横ばいで、高度が上がるにつれて若干右下がり傾向かなという感じです。サンプル数が少なくデータも散っているため、あまり信用はしないでくださいね。
相関関係

「より正確な」発動機性能グラフ
 最後に、実験結果をもとにして「より正確な」発動機の性能グラフを作成して終わりにしようと思います。ここでは誉12型の全開高度を1速約2200m、2速約5300mとし、GaggとFarrarの式を用いて各高度の2900RPM、+250mmHg時の馬力性能を求めました。濃い実線がその性能です(W.P.はWarbirdPerformanceの意)。ちなみに濃い点線はフルスロットル時の全開高度以下の性能で、薄い点線は従来の推定性能(=海軍の公式スペック)です。
誉12
GaggとFarrarの式は非常にシンプルながらよく実測値と合うことが認められているので今回の計算に使用しました。機会があればこのブログでも紹介したいと思います。
詳しく知りたい方は、
Gagg, Farrar "Altitude Performance of Aircraft Engines Equipped with Gear-Driven Superchargers" SAE Journal (1934)
Pierce "Altitude and the Aircraft Engine" SAE Journal (1940)
を読んでみてください。
日本語の方がよいという方は、
浅野彌祐『アメリカの航空発動機性能曲線作製法』内燃機関(1943)
をご覧ください。

まとめ
 というわけで今回は、戦時中の日本陸海軍の航空発動機の全開高度が計算値と実測時に大きな乖離があったことについて、その原因は過給機圧力比の補正計算式に不備があったことであるという考えをご紹介しました。
 ただし、なぜ飛行試験では圧力比の変化がほとんど見られなかったかについては、まだまだ議論の余地がありそうです。例えば、吸入管内での圧力損失の影響を考えてみる必要や、燃料の気化と温度の関係について調べてみる必要がありそうです。
 また、今回はこの実験結果のみから「より正確な」全開高度を求めてみましたが、空気取入口のラム圧効率の観点からも見てみる必要があると考えています。今回は金星50型の2速全開高度を約5300mと見積もりましたが、実は最高速度時の空気取入口の効率から計算してみると、もう少し低くなって5000m弱くらいまで下がるのではないかと推測しています。この空気取入口に関する考察はまだまだ皆さんにお見せできるほどのものではありませんが、記事になっていないところでも色々考えているということで(笑)

ということで、今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
疑問やご感想などありましたら遠慮なくコメントくださいますと励みになります。
引き続きよろしくお願いいたします。<(_ _)>

参考文献
浅野彌祐『アメリカの航空発動機性能曲線作製法』内燃機関(1943)
浅野彌祐『燃料の気化による遠心過給機圧力比の変化について』日本機械学会誌(1954)
浅野彌祐『航空ピストン発動機の全開高度』機械の研究(1956)
粟野誠一『遠心型過給機圧力比の温度修正式に就て』航空研究所彙報(1941)
粟野誠一『航空発動機の性能推定法』航空研究所報告(1944)
永野治『航空発動機の性能解析と高空性能推算法』日本航空学会誌(1939)
渡部一郎『航空ピストン発動機の高空性能』日本航空学会誌(1954)
Gagg, Farrar "Altitude Performance of Aircraft Engines Equipped with Gear-Driven Superchargers" SAE Journal (1934)
Hooker, Reed, Yarker "The Performance of a Supercharged Aero Engine" (1997)
Pierce "Altitude and the Aircraft Engine" SAE Journal (1940)

はじめに
 みなさまご無沙汰しております。今回は久しぶりの考察シリーズということで誉発動機の性能について考えてみます。タイトルにもある通り、今日の記事では考察⑱で行った誉21型の公称高度の変化とその理由について深掘りしていきたいと思っています。
 さっそくですが考察⑱では、
(1)誉21型の公称高度が時期によって大きく三つに分けられること
(2)そしてその二つめから三つめへの変化の理由に気化器の改修が関係しているのではないかということ
(3)また誉10型についても同様の公称高度の変化が起きているのではないかということ
の3点の可能性を指摘しましたが、あくまで指摘しただけで具体的な仮説を立てるというところまで論を進めることはできませんでした。しかしながら、今回の記事ではこの公称高度の変化+馬力性能の変化についてある程度の根拠をもとに仮説を提示してみたいと思います。

 ちなみに、ややこしくなりますのでこの記事では制式名称付与前であっても「誉21型」、「誉12型」等の名称を用い、略符号や試作名称は必要な場合を除き使いませんのでご了承ください。

誉21型の最初期の性能について
 前回記事で指摘したように、誉21型の性能は以下の3種類のものに大別できると考えています。

【初期】 離昇:2000PS 公称:1880PS@2000m前後 1700PS@6000m前後
【中期】 離昇:2000PS 公称:1900PS@1800m前後 1700PS@6400m前後
【後期】 離昇:1990PS 公称:1860PS@1750m前後 1625PS@6100m前後
※なお、上記の数字は資料によって馬力で10~20PS、公称高度で100~200mの差がありますので「前後」という表示を付けさせてもらっています。

 さてこのうち、あくまで私の知る限りですが、初期のものは昭和17年3月から、中期は昭和18年2月から、後期のものは昭和19年12月から確認することができます。これらのうち、まずは初期の性能がどういった性質のものかを考えてみます。

 初期の性能は、おそらく完成前の推定値と考えられます。その根拠のひとつは、昭和17年3月1日付で海軍航空本部によって作成された「試製発動機一覧表」という資料です。この資料の中では、誉21型は「十五試ル号改一〇一(NK9H)」として離昇2000PS、公称1880PS@1800m/1700PS@5800mの性能が与えられており、記事中に「製造中」と書かれているのです。

 ところで、誉21型の試作1号機の完成時期はいつなのでしょうか?調べてみたところはっきりとしたものは分かりませんでしたが、こちらの性能表によると昭和17年10月には地上運転試験が行われていますので、1号機の完成は昭和17年3月と10月の間のどこかということになりそうです。

 ちなみに誉21型試作1号機の完成以降も初期の性能は一時資料の中に見ることができます。例えば昭和18年1月作成の「試作機一覧表」では紫電や彩雲の欄で1700PS@6000mの表記があります。この資料内では性能の根拠を推算書や性能計算書に求めていますが、その最高速度発揮時の高度が6000mになっていることからも、性能計算書の作成時期から考えて1700PS@6000mは誉21型実機完成前の推定性能と考えてよいでしょう。

 そして、中期の1700PS@6400mこそが試作機による実測性能であったと考えられます。その根拠としては、先ほど示した性能グラフに加えて、昭和18年2月17日に中島飛行機が作成した「陸海軍試作発動機要目性能一覧表」を挙げたいと思います。この資料中では「ハ45(NK9H、NK9K)」の性能が「実測性能」として表記されているのです。

 以上のことから、初期の性能は試作機完成前の予想性能で、中期の性能は試作機完成後の性能であると考えられそうです。また、この時の性能は、圧縮比8.0、3000RPM、+350mmHgのフルスペックの性能だといえます。
※ただし、この実測性能は地上運転の結果求められた高空性能であって飛行試験の結果得られたものではないと思われます。

誉12型の性能
 続けて誉21型の後期の性能を考える前に、少し脱線して一度誉12型の性能について考えてみたいと思います。

誉12型の性能は、
 離昇:1825PS 公称:1670PS@2400m 1495PS@6550m
というものが一般的です。
 しかし、前回の記事では、奥宮・堀越『零戦』内の、1944年7月15日に堀越技師が航本、空技廠に提出したとされる『最近の戦闘機の性能解析表』にて、誉22型(NK9K)の運転制限下の2速公称性能1570馬力@6850mとしているデータや、NK9H-B(=誉12型)の性能を1520馬力@6800mとしている愛知航空機関係の資料をご紹介しました。これらの存在をどう考えればよいのでしょうか。

 ヒントは意外と手近なところにありました。何度も引用している誉21型の性能グラフから誉12型の運転条件で性能を拾ってみると、以下のようになりました。

離昇:1825PS@0m (2900RPM、+400mmHg)
公称:1700PS@2450m 1560PS@6850m (2900RPM、+250mmHg)

 いかがでしょうか。『零戦』内に出てきた誉22型運転制限下の性能と10馬力の差はありますが、ほとんど同一の2速公称高度を得ることができました。すなわち、この1560PS(1570PS)@6850mという数字は、誉21型の中期の性能と対応したものである、圧縮比8.0の時の性能であるといえそうです。

 となると、愛知航空機関係の1520馬力@6800mとしている資料は、圧縮比7.0の誉12型仕様の性能だと考えると辻褄があいそうです。この愛知航空機関係の資料というのは愛知航空機の尾崎紀男技師のノートのことで、昭和19年2月20日の『NK9BハB7用ハNK9BHトナル』との項で以下のような性能を読み取ることができます。

離昇:1760PS
公称:1790PS@2350m 1520PS@6800m
※ただし、公称1速の1790馬力は明らかに1690馬力の間違いか。また、別のページには離昇1780馬力、公称2速1530馬力と読み取れる部分あり。

これらの情報から、中期のフルスペック時および運転制限時の誉21型の性能、および誉12型の性能について考えを整理することができたかと思います。それでは、いよいよ公称高度の低下とそれに伴う性能の低下について考えていきます。

公称高度低下の理由を探る
 前回の記事(考察⑱)では、中期から後期にかけての2速公称高度の低下は気化器の改修にあると考えました。というのも木村昇陸軍技術少佐のノートに、1943年12月30日の項でハ45について『気化器改修セルモノハ300m高度下ル(中央噴射)』との記述があり、それが中期の6400m→後期の6100mへの変化と一致するのです。そして、その改修内容とは、航本機密第148号によって指示された、スロットル部円周から噴出させていた燃料を、中央部に設けた噴出管から噴出させる改造のことだと推理しました。
 ただ、公称高度の低下に関係しそうな改修はもうひとつありそうなのです。先ほど紹介した尾崎技師のノート『NK9BハB7用ハNK9BHトナル』の項を再現したものが以下の画像となります。
NK9BはB7用はNK9BHとなる(19-2-20)
 赤字のものが紹介した先ほど誉12型の性能ですが、注目してほしいのは緑色の線です。メタノール・スリンガー噴射によるものと推察されるこの線によって、公称高度が1速は150m、2速は400m低下していることが読み取れると思います。もしかしたら、木村少佐のいう「気化器改修」とは、メタノール噴射の翼車噴射を指している可能性があるのです。
 以下の画像は誉発動機の取扱説明書からの抜粋です。もし、翼車噴射改修前の噴射方式を「中央噴射」と呼称していたとすると、100mの差はありますが尾崎技師ノートと木村少佐ノートは同じものを指していることとなります。
誉12型取説
 また、1520PS@6800mが翼車噴射時の性能ではないのなら、逆算的に中期の誉21型の性能である1700PS@6400mと運転制限時の性能である1560PS@6850mも翼車噴射時の性能ではないことになります。実際、翼車噴射は誉21型試1号機からの仕様ではなかったようですので、辻褄はあいそうです。
 (ちなみにこの尾崎技師ノートでは誉11型の性能が従来知られているものよりも若干良くなっていますが、それについて考えるのはまたの機会ということで。)

 ちなみに誉12型の性能で注意しなければならないのは、尾崎技師ノートの1520PS@6800mの全開高度を6550mに下げても広く知られている誉12型の性能にはならないという点です。
 以下の画像は尾崎技師ノートから作成した2つの誉12型の性能グラフです。黒い実線が一般的に知られる誉12型の性能(性能A)で、赤い点線が翼車噴射未実装の誉12型の性能(性能B)を示しています。(性能Bの公称高度以上の馬力はデータがありませんでした。)
誉12型性能比較
 見てわかるように、地上公称馬力はほとんど同一なのにも関わらず高度馬力は性能Aが性能Bをわずかに下回っています。これは公称時の機械効率等が悪化していることを示しています。一方で離昇馬力は性能Aが性能Bを大きく上回っており、なんとも不思議です。これは私の勝手な推測ですが、公称地上馬力が同じなことから地上馬力自体は実測値だが、離昇、高度馬力の計算が性能Bでは単純な計算式が用いられ、性能Aではより詳細な検討が行われたのではと考えています。

後期の誉21型の性能
 さて、最後に誉21型の最終的な性能について考えてみます。以下は誉21型の中期後期の性能を比較したものです。一見して分かるように、後期中期と比べて公称高度が下がっていることに加え、全高度にわたって馬力も劣っていることが見て取れます。すなわち、両者の性能差は公称高度の低下ではなく何か別の要素が関係していると言えます。
誉21型性能比較
 この性能低下の要因として真っ先に挙げられるのが圧縮比の低下ではないでしょうか。手前味噌で恐縮ですが、考察⑰にて量産型の誉21型の圧縮比は7.2であった可能性を指摘させていただきました。圧縮比を8.0から7.2にした場合の具体的な馬力の変化がどれくらいになるかは分かりませんが、参考までに中期誉21型(圧縮比8.0)から誉12型(同7.0)への2900RPM、+250mmHg時の地上公称馬力性能の減少具合を比較してみると、
 1速:1550÷1570=98.7% ⇒ 1.3%の馬力減
 2速:1235÷1280=96.5% ⇒ 3.5%の馬力減

続いて中期誉21型(圧縮比8.0)から後期誉21型(圧縮比7.2?)への3000RPM、+350mmHg時の地上公称馬力の減り具合を比較してみると、
 1速:1760÷1790=98.3% ⇒ 1.7%の馬力減
 2速:1375÷1420=96.8% ⇒ 3.2%の馬力減
となり、かなり近い数値を示しています。これだけで圧縮比が原因とは言えませんが、ともかく後期の誉21型には馬力の低下に関わる何らかの仕様変更があったことは間違いないと思われます。

まとめ
 というわけでまとめに入りたいと思います。今回の記事ではまず、誉21型の性能を初期・中期・後期の3つの時期に分け、初期は実機完成前の推定性能であり、中期は実機完成後の実測性能であると考えました。続いて、誉21型の性能グラフと尾崎技師ノートのデータを参照しながら、2900RPMの運転条件での、圧縮比8.0のときと7.0の時の性能を比較し、さらに公称高度低下の原因がメタノール噴射方式の変更にあるのではないかと考えました。最後に、誉21型の後期の性能は公称高度の低下に加え、全高度域での馬力の低下が見られることを確認し、それが何らかの仕様変更に基づくものと考え圧縮比の低下がその最たる候補なのではないかと考えました。

 これらの仮説は誉21型の性能の変遷を矛盾なく説明することができそうですが、当然ながらまだまだ多くの謎が隠されています。例えば、昭和18年12月付で作成された「誉発動機取扱説明書」では、誉21型を翼車噴射式としながら2速公称高度を6100mではなく6400mとしています。いっぽうで誉12型の2速公称高度は6550mとなっています。
 また、考察⑱で公称高度低下の原因と考えた気化器の改修についての検討も必要です。この改修はいかにも吸気管内の圧力損失が大きくなりそうですので、もしかしたら誉21型では6400m⇒6100m以上の、誉12型では6850m⇒6550m以上の公称高度の低下が最終的には起きていた可能性があります。実際、誉12型(または同等の発動機)搭載機と考えられる速度データを見ると、全開高度は6200~6500m程度となっているのです。それに、公称高度の変化と比べると離昇馬力の変化が小さいことも疑問です。

 要するに分からないことがもっと増えたということで、誉エンジンの謎はますます深まるばかりです。もし誉21型、12型の一次資料をご存じのかたがいらっしゃいましたらぜひコメント欄等で教えていただけますと幸いです。もちろんご感想や誤りのご指摘もお待ちしております。
 というわけで、今回もお読みいただきありがとうございました。次回の更新がいつになるか分かりませんが、資料は色々と取り寄せているところですので近い将来皆様に紹介できると良いなと思っています。あまり期待しないで待っていただけると幸いです。笑

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