はじめに
前回記事にて零戦の横転率について考察してみましたが、コメント欄にて零戦21型に関するあるレポートを紹介してもらいました。そのレポートが非常に興味深かったので、横転性能の部分に着目して、前回の記事の補足を試みてみたいと思います。
レポートの要旨
このレポートでは、零戦21型に各種計測機器を取り付けたうえでF4Fと模擬空戦を行い、その空戦性能のデータを得ることを目的としています。
合計二度の模擬空戦が行われ、一度目は1943年3月18日にF4F-3を相手として、二度目はXF4F-8に対して同年3月31日に実施されています。
その結果、以下のような結論が得られたようです。
・零戦の補助翼は120mph以下でしか完全に展開せず、速度が上がるにつれて効果がひどく失われていくこと
・昇降舵は最大揚力係数を発揮するのに十分な効きであること
・旋回時の縦安定性は素晴らしいものであること
・失速特性は良好で最大揚力係数付近での空戦機動が可能であること
本題へ
本レポートの内容自体は私自身まだよく理解できていない部分も多々ありますが、今回は横転性能に着目するということで、このレポートに掲載されている速度に対するpb/2Vのグラフに着目してみたいと思います(PDFの53頁)。
pb/2Vは航空機の横転性能を示す指標のひとつで、翼端が描く螺旋角を表しています。pは1秒間の横転率をラジアンで表したもの。bは翼幅でVは飛行速度です。しかし、ここでは難解な航空工学的な話は一切せず、pb/2Vのデータから横転率(度毎秒)を計算できるということのみに注目します。本レポートから零戦の各速度における横転率を計算し、前回記事で紹介したNACAレポートのグラフに重ねてみることにします。
本記事では3月31日に実施された二度目の模擬空戦にて得られたpb/2Vのデータを使用します(理由は後で説明します)。なおPDF7頁(レポート上は6頁)の表の下の段落にある「100mphでpb/2Vは0.14に達し得る」とは、とりあえず二度目の模擬空戦時の左ロールの場合と仮定して、以下の画像のグラフを基に計算を行います。(上が右回転で下が左回転です)
なお、NACAレポートNo.868の165頁のグラフを一部加工したうえで本グラフを転写すると以下のようになります。
計算式
それでは、このデータを基にして、前回記事の表に重ねられるように計算をしてみます。もし間違っていれば指摘をお願いします。他の機体のデータでも数回計算してみましたが、グラフ読み取り値とは概ね±2度以内には収まっておりました。
こうなりました
ところで、今回も注意して頂きたいのが、この零戦21型のデータは操舵力が一定ではないということです。グラフ上に表示した横転率も、大まかな傾向はこれでつかむことが出来ますが、50ポンドで計測されている他の機体と比較することは適切ではないということは改めて強調しておきます。
模擬空戦を行ったという事実から、このデータが実戦状態に即したものであることは間違いないと思われますが、パイロット個々人の技量や操縦方法によってもデータは大きく異なってしまいます。
その一例として、本レポートにおける二回の模擬空戦のpb/2Vの値を比較してみます。
青が一度目で赤が二度目です。結構な差があることが分かると思います。これに関しては、高速時にラダーを踏み込んでいるかどうかも影響しているようです。
いずれにせよ、今回得られた零戦21型の横転率グラフを用いて「何マイルにおいては零戦の方が〇〇よりも何度ロールが劣っている」という話は決してすべきではないと考えます。
まとめ
それでは、まとめに入りたいと思います。今回のデータはあくまで一定の操舵力で計測したものではないため他機と比較する際には注意が必要ですが、F4Fとの模擬空戦時のデータから、実戦状態において零戦21型の補助翼は、100mph台のかなりの低速域において極めて効果的であることが分かりました。一方で高速域においては効果的からはほど遠いことも改めて確認することが出来ました。このセッティングは第二次大戦中の他国戦闘機と比較しても相当低速に振っていることがグラフから見て取ることができます。それゆえ、低速時の零戦21型の運動性能は同時代の他国戦闘機と比較して傑出したものであると判断することができます。
s9723さま、今回は貴重な資料のシェアありがとうございました。またコメントお待ちしております。
最後までお読み頂いた読者の皆様もありがとうございました。ご意見ご感想等ありましたら、コメント欄にて是非よろしくお願いいたします。
前回記事にて零戦の横転率について考察してみましたが、コメント欄にて零戦21型に関するあるレポートを紹介してもらいました。そのレポートが非常に興味深かったので、横転性能の部分に着目して、前回の記事の補足を試みてみたいと思います。
レポートの要旨
このレポートでは、零戦21型に各種計測機器を取り付けたうえでF4Fと模擬空戦を行い、その空戦性能のデータを得ることを目的としています。
合計二度の模擬空戦が行われ、一度目は1943年3月18日にF4F-3を相手として、二度目はXF4F-8に対して同年3月31日に実施されています。
その結果、以下のような結論が得られたようです。
・零戦の補助翼は120mph以下でしか完全に展開せず、速度が上がるにつれて効果がひどく失われていくこと
・昇降舵は最大揚力係数を発揮するのに十分な効きであること
・旋回時の縦安定性は素晴らしいものであること
・失速特性は良好で最大揚力係数付近での空戦機動が可能であること
本題へ
本レポートの内容自体は私自身まだよく理解できていない部分も多々ありますが、今回は横転性能に着目するということで、このレポートに掲載されている速度に対するpb/2Vのグラフに着目してみたいと思います(PDFの53頁)。
pb/2Vは航空機の横転性能を示す指標のひとつで、翼端が描く螺旋角を表しています。pは1秒間の横転率をラジアンで表したもの。bは翼幅でVは飛行速度です。しかし、ここでは難解な航空工学的な話は一切せず、pb/2Vのデータから横転率(度毎秒)を計算できるということのみに注目します。本レポートから零戦の各速度における横転率を計算し、前回記事で紹介したNACAレポートのグラフに重ねてみることにします。
本記事では3月31日に実施された二度目の模擬空戦にて得られたpb/2Vのデータを使用します(理由は後で説明します)。なおPDF7頁(レポート上は6頁)の表の下の段落にある「100mphでpb/2Vは0.14に達し得る」とは、とりあえず二度目の模擬空戦時の左ロールの場合と仮定して、以下の画像のグラフを基に計算を行います。(上が右回転で下が左回転です)
なお、NACAレポートNo.868の165頁のグラフを一部加工したうえで本グラフを転写すると以下のようになります。
こうして見て頂くと分かると思いますが、右回転のデータ(緑色)がNACAレポートNo.868に使用されている操舵力不明の零戦のデータと非常に似通っているのです。ひょっとしたらこのデータが引用元なのではないかと疑っています。ですので、一回目の模擬空戦データではなくこちらを選択しました。
計算式
それでは、このデータを基にして、前回記事の表に重ねられるように計算をしてみます。もし間違っていれば指摘をお願いします。他の機体のデータでも数回計算してみましたが、グラフ読み取り値とは概ね±2度以内には収まっておりました。
横転率(deg./s)=[("pb/2v"×2v(ft/s,TAS))÷b(翼幅。零戦は39.33ft)]×180/π
こうなりました
ということで、計算した結果こんな感じになりました。線がどうしても歪になってしまっている点はどうかご容赦ください。零戦21型のデータは160mph以下の部分も含まれますからグラフを左に延長しています。こうして見ると、やはり零戦21型の補助翼の効きは概ね100~200mphの間の低速時に偏重しているようです。
続いて、前回紹介した零戦32型のデータもここに重ねてみましょう。
注意点
続いて、前回紹介した零戦32型のデータもここに重ねてみましょう。
右回転の方が悪いのはトルクの影響かとは思いますが、32型ではそこまでの差が無いのは気になることろです。また、高速時の横転性能は、零戦21型と比べて32型ではどこまで向上しているのでしょうか。もしかしたらほとんど差はないのかもしれません。
注意点
模擬空戦を行ったという事実から、このデータが実戦状態に即したものであることは間違いないと思われますが、パイロット個々人の技量や操縦方法によってもデータは大きく異なってしまいます。
その一例として、本レポートにおける二回の模擬空戦のpb/2Vの値を比較してみます。
青が一度目で赤が二度目です。結構な差があることが分かると思います。これに関しては、高速時にラダーを踏み込んでいるかどうかも影響しているようです。
いずれにせよ、今回得られた零戦21型の横転率グラフを用いて「何マイルにおいては零戦の方が〇〇よりも何度ロールが劣っている」という話は決してすべきではないと考えます。
まとめ
それでは、まとめに入りたいと思います。今回のデータはあくまで一定の操舵力で計測したものではないため他機と比較する際には注意が必要ですが、F4Fとの模擬空戦時のデータから、実戦状態において零戦21型の補助翼は、100mph台のかなりの低速域において極めて効果的であることが分かりました。一方で高速域においては効果的からはほど遠いことも改めて確認することが出来ました。このセッティングは第二次大戦中の他国戦闘機と比較しても相当低速に振っていることがグラフから見て取ることができます。それゆえ、低速時の零戦21型の運動性能は同時代の他国戦闘機と比較して傑出したものであると判断することができます。
s9723さま、今回は貴重な資料のシェアありがとうございました。またコメントお待ちしております。
最後までお読み頂いた読者の皆様もありがとうございました。ご意見ご感想等ありましたら、コメント欄にて是非よろしくお願いいたします。