WW2航空機の性能:WarbirdPerformanceBlog

第二次大戦中の日本軍航空機を中心に、その性能を探ります。

タグ:零戦

はじめに
 前回記事にて零戦の横転率について考察してみましたが、コメント欄にて零戦21型に関するあるレポートを紹介してもらいました。そのレポートが非常に興味深かったので、横転性能の部分に着目して、前回の記事の補足を試みてみたいと思います。

レポートの要旨
 このレポートでは、零戦21型に各種計測機器を取り付けたうえでF4Fと模擬空戦を行い、その空戦性能のデータを得ることを目的としています。
 合計二度の模擬空戦が行われ、一度目は1943年3月18日にF4F-3を相手として、二度目はXF4F-8に対して同年3月31日に実施されています。
その結果、以下のような結論が得られたようです。
・零戦の補助翼は120mph以下でしか完全に展開せず、速度が上がるにつれて効果がひどく失われていくこと
・昇降舵は最大揚力係数を発揮するのに十分な効きであること
・旋回時の縦安定性は素晴らしいものであること
・失速特性は良好で最大揚力係数付近での空戦機動が可能であること

本題へ
 本レポートの内容自体は私自身まだよく理解できていない部分も多々ありますが、今回は横転性能に着目するということで、このレポートに掲載されている速度に対するpb/2Vのグラフに着目してみたいと思います(PDFの53頁)。
 pb/2Vは航空機の横転性能を示す指標のひとつで、翼端が描く螺旋角を表しています。pは1秒間の横転率をラジアンで表したもの。bは翼幅でVは飛行速度です。しかし、ここでは難解な航空工学的な話は一切せず、pb/2Vのデータから横転率(度毎秒)を計算できるということのみに注目します。本レポートから零戦の各速度における横転率を計算し、前回記事で紹介したNACAレポートのグラフに重ねてみることにします。
 本記事では3月31日に実施された二度目の模擬空戦にて得られたpb/2Vのデータを使用します(理由は後で説明します)。なおPDF7頁(レポート上は6頁)の表の下の段落にある「100mphでpb/2Vは0.14に達し得る」とは、とりあえず二度目の模擬空戦時の左ロールの場合と仮定して、以下の画像のグラフを基に計算を行います。(上が右回転で下が左回転です)
pbわる2v(2)
 なお、NACAレポートNo.868の165頁のグラフを一部加工したうえで本グラフを転写すると以下のようになります。
pbわる2vグラフzero
 こうして見て頂くと分かると思いますが、右回転のデータ(緑色)がNACAレポートNo.868に使用されている操舵力不明の零戦のデータと非常に似通っているのです。ひょっとしたらこのデータが引用元なのではないかと疑っています。ですので、一回目の模擬空戦データではなくこちらを選択しました。

計算式
 それでは、このデータを基にして、前回記事の表に重ねられるように計算をしてみます。もし間違っていれば指摘をお願いします。他の機体のデータでも数回計算してみましたが、グラフ読み取り値とは概ね±2度以内には収まっておりました。
横転率(deg./s)=[("pb/2v"×2v(ft/s,TAS))÷b(翼幅。零戦は39.33ft)]×180/π

こうなりました
横転率グラフzeke
 ということで、計算した結果こんな感じになりました。線がどうしても歪になってしまっている点はどうかご容赦ください。零戦21型のデータは160mph以下の部分も含まれますからグラフを左に延長しています。こうして見ると、やはり零戦21型の補助翼の効きは概ね100~200mphの間の低速時に偏重しているようです。
 続いて、前回紹介した零戦32型のデータもここに重ねてみましょう。
横転率グラフzekeANDhamp
 右回転の方が悪いのはトルクの影響かとは思いますが、32型ではそこまでの差が無いのは気になることろです。また、高速時の横転性能は、零戦21型と比べて32型ではどこまで向上しているのでしょうか。もしかしたらほとんど差はないのかもしれません。

注意点
 ところで、今回も注意して頂きたいのが、この零戦21型のデータは操舵力が一定ではないということです。グラフ上に表示した横転率も、大まかな傾向はこれでつかむことが出来ますが、50ポンドで計測されている他の機体と比較することは適切ではないということは改めて強調しておきます。
 模擬空戦を行ったという事実から、このデータが実戦状態に即したものであることは間違いないと思われますが、パイロット個々人の技量や操縦方法によってもデータは大きく異なってしまいます。
 その一例として、本レポートにおける二回の模擬空戦のpb/2Vの値を比較してみます。
pbわる2vフライト比較
 青が一度目で赤が二度目です。結構な差があることが分かると思います。これに関しては、高速時にラダーを踏み込んでいるかどうかも影響しているようです。
 いずれにせよ、今回得られた零戦21型の横転率グラフを用いて「何マイルにおいては零戦の方が〇〇よりも何度ロールが劣っている」という話は決してすべきではないと考えます。

まとめ
 それでは、まとめに入りたいと思います。今回のデータはあくまで一定の操舵力で計測したものではないため他機と比較する際には注意が必要ですが、F4Fとの模擬空戦時のデータから、実戦状態において零戦21型の補助翼は、100mph台のかなりの低速域において極めて効果的であることが分かりました。一方で高速域においては効果的からはほど遠いことも改めて確認することが出来ました。このセッティングは第二次大戦中の他国戦闘機と比較しても相当低速に振っていることがグラフから見て取ることができます。それゆえ、低速時の零戦21型の運動性能は同時代の他国戦闘機と比較して傑出したものであると判断することができます。


 s9723さま、今回は貴重な資料のシェアありがとうございました。またコメントお待ちしております。
最後までお読み頂いた読者の皆様もありがとうございました。ご意見ご感想等ありましたら、コメント欄にて是非よろしくお願いいたします。 

はじめに
 「第二次大戦で最も運動性の優れた戦闘機は何か?」と問われたら、零戦と答える人も少なくないのではないでしょうか。軽量化を徹底し、そのサイズと比較して大きな主翼を持つ本機は、零戦52型に関する米軍レポートをして「零戦とは格闘戦をしてはならない」と言わしめています。
 それならば、なぜ米戦闘機は零戦はじめ日本の戦闘機に対して有利に戦闘を進めることができたのでしょうか?それには戦術的な問題、乗員の問題、装備の問題、物量の問題など数多くの要素が絡んでいるため、答えることは容易ではありません。しかしながら、零戦はじめ日本軍機の持つ操縦上の特性という観点で考えるのであれば、「高速時の劣悪な横転性能」が挙げられます。確かに零戦は特に低速域については非常に良好な運動性能を持ち、高速域においても昇降舵・方向舵の効きは保持されていましたが、補助翼が高速飛行時に非常に重くなるという欠点を持っていました。
 最初に引用した米軍レポートでは、高速時に非常に重くなる補助翼の傾向から「零戦52型に後ろにつかれた場合は、横転、急降下、高速旋回で引き離せ」と書かれており、零戦が得意とする低速・低高度の格闘戦の土俵にそもそも上がらないよう勧告されています。格闘戦に乗ってくれない以上、零戦は速度に勝る敵戦闘機に対して受動的にふるまうしかなく、たとえ熟練したパイロットであっても「墜とされないが墜とせない」状況となってしまいました。

具体的なデータの検討
 それでは、零戦の横転性能は具体的にはどの程度のものだったのでしょうか。よく引用されるのは以下に添付するNACAレポートNo.868の図47のグラフだと思います。
roll rate
 このグラフを見る限り、確かに零戦(21型と考えられる)の横転率(ロールレート)は最低レベルであることが確認できると思います。が、果たしてこのグラフをそのまま鵜呑みにしても大丈夫なのでしょうか?これは高度10000ftにて各速度(IAS)における50ポンドの力で操縦桿を操作した場合の横転率(度毎秒)を示したものですが、零戦のみ何ポンドなのか不明となっています。これは非常に大きな問題で、高速時は舵が重くなるのでそこまで影響はないかもしれませんが、低速時の横転率に対する影響は著しいものがあると考えています。

次の画像を見てください。
hamp roll rate
 これは英軍が鹵獲した零戦32型とスピットファイア(とトマホーク)の横転率を比較したグラフです。赤が零戦32型の左回転、青が右回転で、オレンジがスピットファイアです。横軸の速度はEASを使用しています。これを見る限り、零戦はスピットよりも低速で大きく上回り、高速時でもほとんど差はないように見えます。見えますが、しかしここには数字のトリックが隠されています。零戦は50ポンドの力で操舵しているのですが、スピットは30ポンドなのです。
hamp roll rate2
 上の画像は、共に30ポンドの力で操舵した場合の横転率を表しています。あれだけ優秀に見えた零戦32型の低速での横転率もこのスピットと比較するとそこまで極端な差はなく、逆に高速時の差が開いてしまっていることが分かります。
 以上のことより、操舵力が不明のデータを使用して零戦の横転率を判断するのは全く不適当と考えます。

もう少し正確な横転率比較の提案
 ということで、上で紹介した零戦32型の操舵力50ポンドでの横転率グラフをNACAレポートNo.868に重ねてみようと思います。要注意点として、NACAのものはIAS、英軍のものはEASを使用しているということがありますが、高度10000ftでのCAS380mphにおけるEASは375mphと5mph程度の範囲内に収まることから許容できる程度の差と判断しました。

hamp roll rate4
分かりやすいように、零戦のライバルとなる機種にも色を付けています。
赤・・・零戦32型(左回転)
青・・・零戦32型(右回転)
緑・・・零戦21型(操舵力不明)
オレンジ・・・スピットファイア(金属エルロン)
灰色・・・スピットファイア(羽布エルロン)
水色・・・F4F-3
紫色・・・F6F-3
となっています。書いてて思いましたがP-40Fにも色を付けてあげればよかったですね。

 さて、表の中身を見てみると、やはり零戦の高速時の横転率は結局最低レベルにあることが確認できると思います。併せて、タイフーンや羽布スピットの横転率も零戦に負けず劣らず悪いことが分かります。逆に、低速時の零戦の横転率は高い水準にあり、160mphにおいてはFw190にも並ぶほどとなっています。しかしながら200mphを超えるころからこの優位性は次第に失われていき、250mphを超えるとほとんどの機体よりも劣ってしまいます。
 一方で米海軍機は全体として見ると決して横転性能は良好とは言えませんが、少なくとも零戦に対しては250mph以上で良好な横転率を示しています。

横転率を良くするには?
 それでは横転率向上のためにはどのような方策が考えられるのでしょうか。これにはいくつかの手段がありますが、低速時・高速時で手段が異なるのもまた事実です。
 例えば低速時の横転性能を高めるためには、大きく、軽量な補助翼があると良いのですが、これは高速時の横転性能を悪化させます。高速時の横転性能を良くするには、主翼の剛性を高め、エルロンを金属張りにするなどの手段がありますが、重量増加に繋がり低速時の横転性能を悪化させてしまいます。
 全般的な方策としては、翼幅を小さくしたり、操舵力軽減のためにタブを装備したりパワーアシストをつけたり、飛行速度によって使用する補助翼を分けたり、などが考えられますが、結局のところ設計者・使用者がどの速度域を重視し、どの程度の操舵力を許容するかに尽きると思います。
 零戦であれば、そもそも21型の初期の段階で横転性能の悪さは指摘されており、タブの導入や翼端の短縮によって解決が図られてきました。また主翼の剛性も段階的に高められており、日本海軍が横転性能に全く無頓着であったという訳ではありません。しかしながら、主眼をおいていたのはあくまで低速時の横転性能であったとこは疑いようがないと考えます。艦上戦闘機という特性上、特に低速時の操舵に力点を置いていたこともあるでしょう。

まとめ
 以上のことを踏まえて、まとめに入りたいと思います。結論として、零戦の高速時の横転性能が劣悪だったことは間違いありません。一方で、横転性能全般が悪かったわけではなく、低速時の横転性能は少なくとも32型以降については良好な部類に入ります。
 横転性能について(当然横転性能だけの話ではないが)、低速~高速のどこにピークを持ってくるかは設計次第であり、あちらを立てればこちらが立たないという話になります。今回紹介したグラフを見る限り、日本や初期の英軍は低速時を重視し、米海軍は全速度帯を通じてなるべく同等の横転率となるように調整しているように見えます。一方で米陸軍は高速時の横転性能が良好となっています。

 航空機の設計は全体のバランスを常に考えながら行われています。我々は後知恵であれはこう、これはこうと色々言ってしまいがちですが、当時の状況や運用思想を考慮する必要があると思います。そのうえで言えることがあるとすれば、
「もう少し高速時の横転性能に気を配っても良かったのでは?」


参考資料
米軍レポート(PDF)
英軍レポート(PDF)
※WWII Aircraft Performanceより
NACAレポートNo.868(PDF)

はじめに
 タイトルのとおり海軍の零戦21型と陸軍の隼I型を性能の面から比較します。この手の比較は様々なメディアでやり尽くされている感がありますが、当ブログ得意の一次史料データを基にして考察していきたいと思います。今回もお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

前提条件
 まずは機体の寸法や重量等について簡単な表をつくってみました。隼のデータは『一式戦闘機説明書』(昭和17年1月)から、零戦21型のデータは『取扱説明書 零式艦上戦闘機』(昭和19年10月)に拠っています。
隼1vs零戦21(spec)
 両者を比較してみると、隼のほうが零戦よりも一回り小さいことが分かります。重量はというと隼が大幅に軽く、正規重量で比べると400kg近くも軽いようです。
 なお、一次資料にもいくつかあってそれぞれ微妙に数字が違うのですが、どれも大きくは違わないので今回は上記の資料のデータを使用します。おそらく速度・上昇性能測定時の寸法・重量もこれと大きく異ならないだろうという前提のもとで論を進めていきます。


続いてエンジン性能についても比較してみます。これも取扱説明書から数値を抜き出しています。
隼1vs零戦21(enginetable)
 オクタン価が異なるために栄12型のほうがブースト圧が高くなっています。また、過給機の羽根車直径、増速比ともに栄12型の方が強化されているので、ブースト圧の差にも関わらず全開高度はハ25よりも高くなっています。一方でハ25は回転数を上げることで栄12型に対抗しており、地上や全開高度における馬力性能は栄12型に勝っていることが読み取れます。プロペラは直径は同じ2.9mで定回転式なのも同様ですが、隼はブレードが1枚少なくなっています。


 お次は速度性能、上昇性能についてです。I型の性能については当ブログ内の記事「一式戦闘機一型(キ43-I)「隼」の性能/Ki-43I Oscar」に、零戦21型については同じく「〈考察⑥-1〉零戦11・21型(A6M2)の速度性能について」に基づいて比較していきます。両者の性能を表にまとめてみると以下のようになります。
隼1vs零戦21(speedtable)
隼1vs零戦21(climbtable)
ぱっと見てわかるのは低高度帯での差はあまりないけれども、高度が高くなるにつれ速度性能は零戦の方が良くなり、上昇性能は隼の方が良くなるということでしょうか。


なお、それぞれの翼面荷重および馬力荷重は以下のようになります。
隼1vs零戦21(ratio)


グラフ化してみました
 ここまでは数字の羅列だけでしたが、視覚的に、直感的に理解しやすいように、高度とエンジン馬力、最高速度、上昇時間の関係をグラフで表してみました。青線が零戦21型(栄12型)、緑線が隼I型(ハ25)を示しています。なお、下記グラフには一部推測が含まれることをご了承ください。
隼1vs零戦21(engine)
隼1vs零戦21(speedandclimb)修正

(※2020/7/22画像微修正)
 隼と零戦の性能の関係性がぐっと分かりやすくなったのではないでしょうか?高度3000m半ばまではハ25の方が高馬力ですが4000mを超えると栄12型の方が優勢となり、速度性能にもはっきりと差がついていることが分かります。
 逆に上昇性能については高度が上がっていくにつれて両者の差は広がる一方なのが分かります。これは単純に隼の方がかなり軽いからでしょう。

疑問点
 ここで一つの疑問点が浮かび上がります。すなわち「なぜ隼のほうが零戦よりも小型・軽量かつ低高度での馬力が大きいのにも関わらず、4000m以下での速度性能がほとんど変わらないのか?」という疑問です。
 飛行機をより高速にしたければ、エンジン馬力を向上させるか、空気抵抗を軽減させることが重要になってきます。この場合ではエンジン馬力は隼の方が高いので、零戦の方が空気抵抗が少ないからというのが答えではないでしょうか。
 一方で、よく誤解されがちですが重量の増減は実はそこまで速度性能には影響がありません。重量が大きい方がたくさん揚力を必要とするので迎え角が大きくなり、結果として空気抵抗が増加することには繋がりますが、機体のサイズを小さくしたり機体の形状を滑らかにするほうがよっぽど効果的です。

そこで、この空気抵抗の差を生んだのはどこなのかを挙げてみると、
1.主翼・・・隼の前進翼 vs 零戦のテーパー翼
2.主脚・・・カバーなしの隼 vs カバーありの零戦
3.尾輪・・・固定式の隼 vs 格納式の零戦
4.風防・・・角型の隼 vs 曲線の零戦
といったところでしょうか。

 一方でプロペラ枚数の違いによる性能差は不思議とそこまで感じられません。零戦の設計者である堀越二郎氏も実は二枚プロペラにしたがっていた節がありますが、振動問題のため三枚に変更したようです。この辺りの影響は正直あまりよく分かりません。もしかしたら隼も3枚ペラにしたらそれなりにスピードアップするのでしょうか?

まとめ
 という訳で今回の考察はここまでとなります。
まとめると、
(1)速度に関しては4000m弱までは零戦も隼も大差はないが、それ以上になるとエンジン過給機の性能から大きく差がつく
(2)軽量な分だけ隼の方が上昇力が良好である。
(3)低高度では、両者のエンジン馬力差にも関わらず零戦と隼の速度差はほとんどない。これは零戦の方が空気抵抗が小さいからと考えられる。
といった感じです。

 ところで、零戦21型はその後主翼外板の厚みを増やしたことで剛性が増し、高速飛行時にシワが生じなくなったとのことで最高速度が約530km/hまで向上しています。隼I型も主翼の強度に不安を抱えており実戦においても空戦中に主翼が折れる事故が発生していましたから、零戦同様に主翼を厚くすれば速度性能が向上する可能性があります。参考までに、改修後の零戦21型の急降下制限速度は630km/hですが、隼I型は500km/hと極めて低い数値となっています。


今回も最後までお読みいただきありがとうございました。もし好評なら今度は隼II型vs零戦32/22型もやってみようかなと思います。

はじめに
 栄31型と言えば零戦53/63型に搭載される予定で、水メタノール噴射装置の追加によってパワーアップを狙っていたものの様々な事情から戦力化することはなかったエンジンです。今日はこの栄31型とそのサブタイプの馬力性能について考えていきたいと思います。

 ところで、今回何故栄31型の考察記事を書こうかと思ったかというと、月刊誌「丸」内の連載記事「情熱零戦」(文:宮崎賢治氏、イラスト:藤井秀明氏)で丁度その話題について取り扱っていたからです。私は実は毎月「丸」を買っているわけではなくて航空機関連の特集の時だけ購入するのですが、「情熱零戦」の記事だけはちらっと本屋さんで確認して、おもしろそうならその記事のためだけに買っちゃいます。2ページの記事ですが、1370円分の価値はあると思います。

 それでは本題に入っていきましょう。今回の私の主張は、「一般に知られている栄31型のエンジン性能は、実は栄31甲型のものである」というものです。

栄31型とはなにか?
 そもそも栄31型とはなんなのでしょう。簡単に言えば栄21型の2速過給機羽根車の増速比を増し、水メタノール噴射装置を追加したエンジンです。これによって出力を増大させて零戦52型に搭載し、零戦53型としてさらなる性能向上を目指していました。しかしながら、技術的トラブルや人員不足等もあって栄31型の生産は捗らず、予定されていた零戦53型の量産はスケジュール通り進みませんでした。その穴を埋めるために作られたのが、とりあえず栄31型から水メタノール噴射装置を取り除いた栄31甲型と、栄31型から水メタを取り除き過給機を栄21型と同じものに戻した栄31乙型です。ですので実質的には栄31乙型は栄21型と同等の性能と考えて良いでしょう。
 以上の前提条件を踏まえて、考察に入っていきます。

今まで知られていた栄31型の馬力性能
 まずは、今まで考えられてきた栄31型の性能についてです。堀越・奥宮著『零戦』では公称馬力を高度7000mで950馬力としていますし、『世界の傑作機』でも離昇1100馬力、公称2700mで1080馬力、7000mで950馬力としています。各書籍でも栄31型の性能としてこの数字が用いられていることが多いと思います。
 これは決して裏付けのない数字ではありません。「栄31型」の性能として一次資料にも登場する数字です。1944年10月付の『零式艦上戦闘機取扱説明書』では以下のようになっています。
 離昇  1100ps 2800rpm +300mmHg
 公称  1080ps@2700m 2700rpm +200mmHg
       950ps@7000m 2700rpm +200mmHg
 一方で、戦後三菱がまとめた資料によると、栄31型の性能は上記の取扱説明書記載のものとほとんど同一ですが公称2速の部分のみ10分以下の制限において高度7000m、2800rpm、+300mmHGで950馬力を発揮するとしています。以上のように、確かに各書籍で出てくる栄31型の性能は一次資料でも確認できるものなのです。

一次資料中の疑問点
 しかしながら、これらの一次資料には疑問点が存在します。まずは取扱説明書内の数値について、明らかにおかしいのは公称回転数もブースト圧も栄21型と変わっていないという点です。水メタノール噴射は耐ノッキング性能を向上させ許容ブースト圧を上げるのが最大の目的ですから、栄21型と運転条件が変わっていないというのはあり得ません。

 その反論になりそうなのが三菱資料で、公称2速で水メタノール噴射によって離昇運転と同様の2800rpm、+300mmHGを実現したうえで高度7000mで950馬力を発揮するというのであれば、筋が通っています。ただし、+300mmHgでの全開高度が7000mなのであれば、公称+200mmHgの栄31甲型の全開高度は7000m以上、おそらく7500~8000m近くになるということを意味しています。
 それでは栄31甲型を搭載した零戦の全開高度は実際は高度何mだったのでしょうか?過去記事『〈考察⑥-3〉零戦52型(A6M5)の速度性能について』にて栄31甲型を装備した零戦の速度性能を紹介しましたし、今月の「丸」7月号の「情熱零戦」ではより詳細な性能値が掲載されています。それらを見てみると全開高度は約6800m付近になっています。つまり高度7000mで+300mmHgという運転条件はほぼ100%あり得ないのです。三菱は戦後に資料をまとめたため、水メタノール噴射時の運転条件と、そうでないときの運転条件を取り違えた可能性が高いです。

では本当の栄31型の性能は?
 ここまで今まで知られていた栄31型の性能は誤っていたということを論証してきました。それでは肝心の栄31型の本当の性能はどんなものだったのでしょうか?
 戦後すぐに占領軍の指示で三菱が提出した資料があります(URL:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8815801)。その資料中に「栄31型」として一速が2100mで1180馬力、二速が5950mで1090馬力という表記をみることが出来ます。また、「情熱零戦」2020年6月号では三菱曾根技師のノートの記述としてメタノール噴射の栄21型の性能と共に「仮称栄31型」の性能も紹介されており、公称馬力は前述のリンク付資料と同様で、離昇出力は1110馬力とし、運転条件は全て2800rpm、+300mmHgとなっています。これが真実の栄31型の性能であったと私は考えます。そして、これまで栄31型の性能だと考えられていた数値は栄31甲型のものであったと考えるのが自然だと思います。

まとめ
 それではまとめに入ります。栄31型として知られていた性能は栄31甲型の性能値だと考えられます。その理由として、
・運転条件が栄21型と同一。
・栄31甲型搭載機の2速全開高度の実測値が約6800mであり、7000mに近い。
ことが挙げられます。

栄31型シリーズの性能を以下にまとめてみましょう。
sakae31table
 栄31型の公称出力は水メタノール噴射時のもので、使用時間は10分間のみです。21型と31甲型の公称一速の馬力差・高度差については明確な答えが見つけられていません。

 最後に、零戦53型の性能はどういったものが予想されていたのでしょうか。昭和19年5月1日付の実験機性能表では高度6000mで315ノット(583km/h)とされています。10ノット程度の速度向上が期待されていたようです。もし零戦53型の量産が上手くいっていれば、金星62型に換装した零戦64型は不要だったかもしれませんね。

今回も最後までお読みいただきどうもありがとうございました。

はじめに
 続きの続きということで、零戦52型(A6M5)の速度性能について考えてみました。今回も少しお付き合いいただければと思います。

 ひとくちに零戦52型と言っても何種類かに分けられますから、まずはその紹介からしていきましょう。52型の特徴といえば第一に推力式単排気管の装備が挙げられます。今まで捨てていた排気を後方に噴射しその反作用で推力を得る装置です。このロケット効果によってエンジン馬力が事実上向上したことになり、速度・上昇性能共に向上します。ただし、52型の初期の機体にはこの単排気管が間に合わず、32型と同様の集合排気管のままでした。
 もう一つの52型の特徴は丸く整形された11m幅の主翼です。32型は翼端を角型に切り取っただけでしたが、52型では丸く形を整えることで空力的に有利となりました。
A6M5tanhaikikan

 52型はその後徐々に武装が強化されていきます。52甲型は翼内の20mm機銃をドラム弾倉からベルト給弾式に改め、装弾数を一門100発から125発に増加させたタイプで、52乙型は機首の7mm機銃の片側を13mmに換装したタイプ。52丙型は各翼一門ずつ13mm機銃を増設したタイプです。
 さらに52型になって零戦の弱点だった防弾もようやく強化されていきました。無印52型で自動消火装置が、おそらく乙型の途中から防弾ガラスが、そして丙型からパイロットの装甲板と防弾タンクが装備されました。
 
 ところで、実は52型の積んでいたエンジンは3種類あります。当初は32型/22型と同じ栄21型を装備していましたが、途中から栄31甲型という、零戦53型に搭載予定だった栄31型からメタノール噴射装置を省いたものが装備されています。というよりも、本来なら栄31型を装備したかったのにメタノール噴射装置の不具合でそれが叶わなかったという方が適切でしょうか。このエンジンは過給機の設定が変更されたので栄21型と比べてエンジンの全開高度が上がっています。その後栄31甲型の過給機を栄21型と同じに戻した栄31乙型というのも52型に装備されました。細かい補機類を除けば実質栄21型と同じです。

以上が簡単ですが52型各型の説明です。ざっくり言えば52型は大きく、
  ①零戦52型(集合排気管装備型)
  ②零戦52型
  ③零戦52甲型
  ④零戦52乙型
  ⑤零戦52丙型
に分けられます。
細かい変更点はここでは追及しません。それでは本題に突入していきましょう。

①集合排気管装備型の性能
 トップバッターは集合排気管装備型です。この機体の性能については、確たる数字が残っているわけではありません。なので状況証拠から考察していきたいと思います。
 まず、52型の1号機は製造番号3904(A6M3からの連番)で、時期は43年8月とされています。それから2か月ほど製造が続き、10月中旬の4104号から単排気管となったらしいのです。
 そこで見てほしいのが、米軍が戦地で鹵獲した零戦の操縦マニュアルです(JICPOA Item #5981)。添付のように、21型~52型までの性能が記載されています。
JICPOA5981

 零戦52型の最高速度は一般に6000mで305kt(565km/h)とされていますが、この資料中では5900mで294kt(545km/h)となっています。20km/hも低速なのは非常に不思議です。最初私はこれを見たとき、「32型の数値と間違っているのでは?」と思いました。しかし、このマニュアルの日付が43年10月になっているのに気づき、やっぱり間違っていないような気がしてきました。なぜなら、上述した52型1号機の製造時期とぴったり合うからです。
 6000mまでの上昇時間は7分27秒となっており、これもはじめは21型と全く同じ数値なので「どうせ誤植でしょ」と思っていましたが、52型の集合排気管装備型だと思えば合点がいくのです。なぜなら52型は表中の機体の中で一番重く(22型とはほぼ同じ)、かつ主翼面積が一番小さいですから、22型よりちょっと遅いくらいになると丁度良いのです。なお、本資料中での52型の自重は1873kg、標準全備重量は2686kgでした。
 ところで雑誌「丸」には宮崎賢治氏が文、藤井英明氏がイラストの『情熱零戦』という記事が連載されています。零戦を非常に深くまで考察しており大変おもしろいのですが、2018年10月号で52型集合排気管装備の性能として、製造番号4087号機の高度6257.5mで297.4kt(551km/h)という数値を紹介されています。この数値がどこまで較正された数字なのかは分かりかねますが、集合排気管型の最高速度が高度6000m付近で545~550km/h程度というのは非常に妥当なところではないでしょうか。(なので栄21型の扱いに慣熟していれば32型もそれくらいは出していたでしょう。)

②零戦52型(単排気管装備型)の性能
 さて、一般的に零戦52型の速度性能は高度6000mで305kt(565km/h)と言われていると書きましたが、これは堀越・奥宮共著『零戦』にて実測値として紹介されている数字です。上昇性能については、実はデータが見つかっていません。6000mまで7分1秒という数字がよく知られていますが、これは本当は52甲型の数字なのです。ただ52型と52甲型の重量差がほとんどないことを鑑みれば、上昇性能にもほとんど差は無かったと考えて差し支えないでしょう。
 ところで先述した『情熱零戦』10月号には単排気管型の速度性能も載っていました。4524号機が6340mで301.5kt(558km/h)、4600号機が6282mで300kt(556km/h)だそうです。

③零戦52甲型の性能
 どんどん行きます。52甲型の性能は公式の数値が残っていました。最高速度は高度3350mで290kt(537km/h)、6000mで302kt(559km/h)。上昇時間は6000mまで7分1秒、8000mまで10分33秒です。三菱資料ではこのときの全備重量を2686kgとしていますが、これは集合排気管装備時の52型と全く同じ数字ですから(本来ならもっと重いはず。わざわざ合わせたのか?)少し疑問が残ります。
 ちなみに『情熱零戦』18年12月号には甲型(4660号機)の速度値として5886mで298.6kt(553km/h)とあります。52甲型は52型と比較し主翼下面の弾倉の膨らみが無くなっていますから、空力学上有利なのかと思っていましたが、大して影響はないようです。むしろ悪化している感さえありますが、何故なんでしょうか?

④零戦52乙型の性能
 52乙型の性能についてはほとんど情報が無いのですが、機首の機銃が一門変わっただけなので実質的には52甲型と同じかやや低速と考えて良いのではないでしょうか。ただそれは栄21型装備時の話です。零戦52甲型の途中から栄31甲型を装備した機体が現れます。
栄21型と31甲型の性能を比較すると、

       栄21型        栄31甲型
離昇 1130馬力               1100馬力
公  1100馬力(2850m)  1080馬力(2700m)
称    980馬力(6000m)    950馬力(7000m)

のようになります。低速での性能は多少下がりましたが高高度性能が向上しています。なので最高速度を発揮する高度も高くなることが想像できますが、具体的にはどのようになるのでしょうか?
 なんと、栄31甲型搭載機と思われる機体の性能が『情熱零戦』12月号に載っていました!!(※本記事は多分に『情熱零戦』に依存しています。)
 それによると、5088号機は6640mで297.5kt(551km/h)、5110号機が6712.5mで299.5kt(555km/h)、5170号機では6880mで293kt(543km/h)となっています。おおむね高度6000m後半で550km/h前後といったところでしょうか。

⑤零戦52丙型の性能
 最後は52丙型です。この型は度重なる改造の結果、全備重量は52型初期から400kg近くも増加(全備2955~3150kg。資料によって異なる)。主翼も銃身が2門新たに飛び出たりと抵抗が増加した結果、武装や防弾は過去最強の零戦となりましたが飛行性能は過去最悪となってしまったようです。『世界の傑作機』では52丙型の性能を最高速度は高度6000mで292kt(541km/h)、上昇時間は6000mまで9分57秒としています。ただしその元資料を見たことがないのもあって、性能がちょっと悪すぎるような気もしています。
 参考として零戦62型の性能値も見てみましょう。62型は52丙型と外見はほぼ同じで、胴体に爆弾を、両翼下に増槽を装備可能にしたタイプですから、52丙型の性能にかなり近いと考えられます。『航空技術の全貌』では、62型の性能として、最高速度が高度2750mで270kt(500km/h)、6400mで293kt(543km/h)。上昇時間が6000mまで7分58秒(全備3000kg)と書かれています。
 最高速度はやはり540km/h少々まで低下してしまったようです。上昇時間も6000mまで少なくとも8分近くはかかると考えて良いようです。
 ところで、海軍の諸元表では52丙型の性能として52甲型の数値が記されていることがありますから注意が必要です。数字の流用は零戦だけに留まらず雷電なんかにも見られます。

まとめ
 今回の記事はかなり長くなってしまいました。最後まで読んでいただきありがとうございます。最後に簡単なまとめをしたいと思います。

上記の考察の結果、
・52型集合排気管装備型は高度6000mで545~550km/h
・52型単排気管装備型は高度6000mで560km/h前後
・52甲/乙型で栄21型装備型は高度6000mで555km/h前後
・52甲/乙型で栄31甲型装備型は高度6500~7000mで550km/h前後
・52丙型は栄31乙型装備なら高度6000mで、31甲型装備なら6500m付近で540km/h+α
を発揮できると私は考えます。皆さんはいかがに考えますでしょうか?

 零戦の速度性能の考察シリーズはこれにて区切りとしたいと思います。新たな情報を入手したら都度更新していきたいと思っているので、その際はよろしくお願いします。

 ちなみに、今回の考察に登場した『情熱零戦』は、過去の連載記事が一冊の本にまとめられています。今回紹介した性能関連の記事は新しいのでまだ書籍化の範囲外ですが、続編が刊行されればきっと含まれると思います。かなりマニアックですが非常に興味深い本ですので、皆さんも読んでみてはいかがでしょうか。


 

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