はじめに
 F6F「ヘルキャット」とF4U「コルセア」といえば、第二次大戦中の米海軍の主力戦闘機です。その両者のどちらが優秀かという点については、常に議論が行われています。しかし、一般的にはヘルキャットは艦上機として扱いやすく格闘戦も可能なかわりにコルセアに比べて低速で、一方のコルセアは扱いに癖があるものの速度に優れるといった印象を持たれているのではないでしょうか。
 しかしながら、果たしてそれは本当なのでしょうか。同じ性能のエンジンを搭載し、同じような大きさの両機にどこまで速度差がつくのでしょうか。今回は、両機の実測値を比較しながらこの疑問について考えてみたいと思います。
 なお、今回はF6F-3/5とF4U-1の比較とします。なぜならばF4U-1の搭載するR-2800-8エンジンとF6F-3/5のR-2800-10エンジンでは馬力性能が同一ですが、F4U-4以降ではエンジン性能がかなり向上しており、もはや今回のテーマには不適だからです。

両機の諸元比較
F6FandF4U
 それでは両機の諸元を簡単に比較してみましょう。上記のデータは、両機のAircraft Characteristics & Performance(記事の途中にリンクあります)から抜き出していますが、コルセアについては寸法データがこまかかったので四捨五入しています。
 さて、上の表を見比べてみると、両者にはほとんど差がないことが分かります。ただし、翼面積はややコルセアの方が小さく、重量も軽そうです。また、コルセアは胴体の断面積をエンジン直径ギリギリに切り詰めていますから、前面投影面積という点でもコルセアに分があります。
 また、ヘルキャットは排気管が推力式になっていますが、F4U-1の時点ではコルセアはまだ推力式にはなっていないことは、このあと最高速度を比較していくなかで考慮しておくべきポイントのひとつです。

エンジンの説明
R2800
 続いて、両機の搭載するエンジンについても触れておきましょう。「ダブルワスプ」と呼ばれるこのエンジンは、空冷星型18気筒で離陸時には2000馬力を発揮するエンジンです。
 過給機は2段2速式となっており、初段過給機のギアは2速、二段目は固定式となっています。低高度では2段目だけを作動させる「ニュートラル」、中高度では初段を1速にした「ロー」、高高度では2速にした「ハイ」の三つを飛行高度によって使い分けます。このため、馬力(=最高速)のグラフでは、三つのピークを持つことになります。
 また、運転条件に関しては、離陸(take-off)、戦時緊急(war emergency)、軍用(military)、常用(normal)の4種類が設定されており、常用運転以外は時間制限が設けられています。また、戦時緊急出力運転については水噴射装置が必要となります。前述のように、ヘルキャットは-10、コルセアは-8を搭載していましたが、両者の違いは気化器の取り付け位置や空気流路などで、発動機の性能自体には違いはないと言ってよいと思います。

最高速度:ヘルキャット
F6F
 それでは本題に入ります。まずはF6Fヘルキャットの最高速度性能を見ていきましょう。上記のグラフは、いつものようにWWII Aircraft Performance様で紹介されているデータをまとめたものです。このままでは見づらいと思いますので、いつものように別タブで開いて頂くようお願い致します。
 ここで抜き出したデータは、米英軍による試験での実測値と、Aircraft Charasteristics and PerformanceやStandard Aircraft Characteristicsと呼ばれる米海軍作成のデータ表に基づいています。なお、同サイトには最高速度に関するデータとして、企業作成の仕様書や気化器関連の実験データもありますが、それは含めませんでした。また、2速過給機の速度データがないものも含んでいません。以下、リンクを貼ります。
ヘルキャットのページ
それぞれのデータ:          

 さて、この表はヘルキャットの2速過給機使用時の最高速度を示しています(原文が英語だったのでそのまま英語で作ってしまいました。見にくかったら申し訳ありません)。また、試験時の機体の状態もわかる範囲で書いています。というのも、時期によってヘルキャットの外形には差があり、パイロンの有無なども試験結果に大きな影響を及ぼすからです。
 まず"cowl type"ですが、ヘルキャットのカウリングには大きく分けて3種類があります:F6F-3初期の排気管直前に膨らみがあってカウルフラップが下面にもあるタイプ、-3後期の排気管直前に膨らみがあるが下面のカウルフラップがないタイプ、-5 のそのどちらもないタイプです。
F6Fearlytype
F6Flatetype
 ただ、試験レポートに添付されている写真では下面のカウルフラップの有無の判別が難しいので、今回は排気管直前の膨らみがあるものを"early"、ないものを"late"としています。
 "windshield"は、風防のことです。上の写真のように、前期型と後期型では前面のガラスの形状が異なります。
 "muzzle cover"とは、機関銃の砲口のカバーのことです。基本的には日本でも試験時にはこのようなカバーをして計測していたはずで、二式水戦の試験結果では、カバーがないと4ノット程度速度が低下していました。
 "pylon"は読んで字のごとくです。ヘルキャットには主翼下にそれぞれ1か所ずつ爆弾用のパイロンがありました。そのほかロケット弾用のレールや胴体下には増槽用の懸吊架がありました。

 では、具体的な最高速度の中身を見ていきましょう。まずF6F-3についてですが、④は20mm機関砲装備型でパイロンも右翼下に付いているので他より多少遅いのですが、それ以外の①~⑥に関しては軍用出力で380mph前後を記録していることが分かります。ただ、備考の欄に記入したようにヘルキャットには気化器に問題があったようで、②や③でこのような問題に遭遇しています。
 ⑥を見ると、実測値ではありませんが戦時緊急出力において、パイロンの有無で12mphの差が生じています。単純計算で1つ6mphとすると、全開高度の差を無視すれば一応④と⑤の速度差ピッタリにはなります。ですが、①や②と③、⑤を比較しても、カウリングや風防の違いによるはっきりとした性能差はいまいち読み取れません。ちなみに⑦は英軍仕様のF6F-3です。

 いっぽうF6F-5を見てみると、⑧で一気に391mphまで速度が向上しています。⑨は両翼のパイロンおよびロケットランチャーを装備していますので、その分を加味するとクリーン状態ではやはり390mph程度になるかと思います。⑩についても同様です。
 ⑧のレポート内にて、以前のF6F-3との速度差についても考察されていますが、そこではカウリングと塗装仕上げの変更による空気抵抗の低下が主原因とされています。先に貼った写真のように、確かに米海軍の塗装は大戦途中に変わっています。しかも⑧はパイロンも片方付いていますから、標準的なクリーン状態のF6F-5は軍用出力で390mph以上を出せていたと考えて良いのではないでしょうか。-3と比較して、約10mphの速度向上といった感じです。
 ちなみに⑧では、以前と比較してピトー管の静圧の取る位置を変えているみたいです("Relocation of the pitot tube static line"とあります)。このおかげで誤差が小さくなったようですが、話によると、このピトー管の問題でヘルキャットの速度が低めに計算されていたという話もあるようですので、10mphの速度向上にはこの影響も幾分あるかもしれません。
 ⑪は英軍仕様のF6F-5です。不思議と、⑦も⑪も英軍が計測したものは米軍のものよりも性能が悪くなっています。加えて⑪は軍用出力の全開高度が1500ft(約500m)近く低くなっています。なぜでしょうか?

最高速度:コルセア
F4U
 続いて、コルセアの性能を見ていきます。これもヘルキャット同様、WWII Aircraft Performance様のサイトより性能試験時およびACPの2速過給機使用時の最高速度を抜粋しています。
コルセアのページ
それぞれのデータ:      

 ヘルキャットと同様、コルセアもF4U-1のバリエーション内でいくつかの差異があります。その代表的なものがキャノピー(canopy)です。上の写真はいわゆる「バードケージ」と呼ばれる枠の多いタイプですが、後期生産型は下の写真のように枠の少ないバブルキャノピーに変更されています。
birdcage
bubblecanopy
 また、地上滑走時の視界向上のため尾輪(tail wheel)の高さも高められました。初期の機体は尾輪がすっぽり胴体内に収まっているのに対し、途中から尾輪タイヤが格納時でも少しはみ出しているのは、このせいでしょうか。ちなみに、このような改修が施された後期生産型は、非公式にF4U-1Aと呼称されています。F4U-1Dは爆弾やロケット弾の搭載が可能となった戦闘爆撃機型です。はっきりした時期は不明ですが、プロペラ(propeller)も13ft4inのものから、より効率の良い13ft1inのものに変更されています。
 F3Aはブリュースター社製造のF4Uのことで(その中でもF4U-1のブ社製造分なのでF3A-1とすべきでした。失礼いたしました。)、FG-1はグッドイヤー社製造のF4U-1のことです。また、Corsair IIは英海軍用に翼端が切断されたF4U-1で、Corsair IVは同様にFG-1の英海軍向けのことを指します。翼端を少し短くしなければ、英海軍空母の格納庫の天井につっかえてしまうのだそうです。

 さて、具体的なデータを見ていきましょう。①、③、④を見る限り、13ft4inのプロペラを装備している機体は軍用出力で390~395mphを計測していることが分かります。また、初期型風防の方が、アレスティング・フック(arresting hook)が無い方が良い成績を残しているように見えますが、尾輪の高さについてはそこまではっきりした差は見られません。一方で英軍計測の⑥は①、③、④よりも10mph低速です。
 ②については、その他の機体と比較して大幅な性能向上が見られます。このことについて、試験報告書では①と比較したうえでプロペラ効率の増大と、アレスティング・フックの有無やカウル・フラップの形状変更などによる抵抗減少をその要因に挙げています。
 ⑤は実測値ではないものの、実際の試験を基に作成されておりコルセアの一種の公式スペックと見ることができます。プロペラがどちらなのかは不明ですが、性能や添付の図を見る限りは13ft1inのものと考えてよさそうです。ちなみにF4U-1のACPもあるのですが、そこでは軍用出力の最高速度は407mph@23900ft、戦時緊急では417mph@19900ftとしています。なお、パイロン等はないクリーン状態と思われます。
 要するに、13ft1inのプロペラを装備した機体は、クリーン状態の軍用出力で410mph前後は出せるのではないでしょうか。また、水噴射時は420mph前後を発揮できるものと考えられます。
 ここでも不思議なことに、英軍計測の⑦は新型プロペラ装備にもかかわらず、米軍よりも10mph程度低速となっています。

まとめ:両者の比較
 ここまで見てきたところで、両者の比較をしてまとめたいと思います。タイトルにもある、ヘルキャットとコルセアのどちらが速い?という疑問について答えるとすると、少なくともF6F-5と13ft4inのプロペラを装備したF4U-1の間には、ほとんど最高速度に差はないと考えてよいと思います。
F6FvsF4U
 これは、F6Fの⑧とF4Uの③の軍用出力時の速度を比較したものです。この時のF6F-5はニュートラルで馬力が出なかったことが報告されているので点線で示しましたが、ローおよびハイ時での速度差がほとんどないことが分かってもらえるのではと思います。(ニュートラルでも本来の馬力が出ていれば低速での速度差はもっと減ると思いますが、コルセアの方がニュートラルでの全開高度が少し高いのでその分ヘルキャットは不利かもしれません。)
 さて、諸元の比較でも触れたようにヘルキャットの方が空気抵抗が大きいにも関わらず、なぜこのような結果になったのか考えてみると、ひとつは排気管がヘルキャットでは推力式であった一方でF4U-1では非推力式であったことが挙げられると思います。また、プロペラの換装でコルセアが大きく性能を向上させていることから、プロペラに効率の差があったかもしれません。そのため、13ft1inのプロペラを装備するコルセアには、ヘルキャットはもう追いつけなくなってしまいます。また、先に触れたようにもしかしたらピトー管の問題もあるかもしれません。

 ところで、新たな疑問もいくつか浮上してきました。そのひとつは、戦時緊急出力使用時の速度向上幅です。米軍データでは、ヘルキャットは軍用出力時と戦時緊急出力時の速度差がほとんどない一方でコルセアについては15mph近い速度向上が見られるのです。これもプロペラの問題でしょうか。
 もうひとつは、米軍の試験値と英軍の試験値に差が見られるという点です。今さっきの戦時緊急出力の性能向上幅という点でいえば、英軍の試験に基づくとヘルキャットの方が大きいですし、なにより一貫して英軍の速度データの方が米軍のものよりも低くなっています。この原因はよく分かりません。もしかしたら機体の外表面の状態などが英軍の方がより実戦に近かったのかもしれませんし、標準大気状態に補正する際や空気の圧縮性に関する計算方法が米英で少し違うのかもしれません。そういえば、FW190Aの速度性能を考察した記事でも、米軍試験値は英軍試験値よりも良い結果となっていました。別々の国同士の試験結果をそのまま比較することの危うさを改めて痛感しています。

 ということで、今回はヘルキャットとコルセアの最高速度について考えてみました。両者は永遠のライバルといった感じで、その優劣論争はこの先も続きそうですが、意外とコルセアの方が常に優速というわけではないんだということが今回判明しました。しかし、戦闘機の良しあしは速度だけではありません。皆さんも色々な観点から両者を比較してみてはいかがでしょうか。
 今回も最後までお読み頂きありがとうございました。感想・疑問・異論・反論なんでもお待ちしております。どうぞお気軽にコメント頂ければ幸いでです。